「第09話 そして、春――」
「奇跡を、信じますか?」
その中で、一年中
この島では、幸せな時間しか流れていなかった。
「無事、丸く収まってよかったね、ニコル君」
メージェ島の南西に大きな
南海の
「ええ、本当に、色々と……」
この塔に出入りを許された数少ない人物であるニコルは、
大きな盤の上には戦士や怪物、勇者や魔王といった小さな人形が並べられ、戦場を
若い男性とも女性のどちらとも見えない、その中間であるようなどこか無機質な美しさを
「ロシュ、お茶のお代わりをもらえるかな」
「はい、
テーブルの近くに立って
「ああ、
「作ったらいいじゃないですか」
「そんなの面白くないよ。自分で作ったら、自分の
フェレスは微笑んだ。
「自分に都合が悪いことがあるから、世の中は面白い。今ロシュが
「皮肉をいわせるようにしたら……」
「それだって自分の
「元マスター、それ以上ニコルお兄様に接近したら、
「ねえ、面白いだろう?」
ニコルの手に自分の手を重ねようとしたフェレスは、
ニコルが盤上の
「……ニコル君、悪かったね、君には
「フェレスさんはこの世界において、ある意味神のようなものでしょう」
「
「フェレスさんの手助けがなければ、今の状況はあり得ませんでした。感謝しています」
「ありがとう、そういってもらえるといくらか気が晴れるよ……。それでニコル君、
「他世界からの干渉があるというのは、本当のことなんですか?」
「可能性は十分あるよ」
「それがいつ起こることなのかはわからない。本当に起こるかどうかもわからない。ただいえるのは、起こっても不思議ではないということだね。ダージェ君やウィルが話した通りに」
「…………
「備えたまえ、ニコル君。その備えは
「やめてください。今でも国王なんていわれると身がすくみます。……本当は僕に国を運営する才覚はありません。僕には政治もなにもわからない。もしも外国で誰かが僕の寝首を
「なら、どうするんだい?」
「その
「なんだ、よくわかってるじゃないか。それで十分だよ。君がなにからなにまで器用にやる必要はない。なんでも
「はい」
「そして、その愛らしい微笑みで周囲をメロメロにすることだよ。ああ、なんて
「これだから元マスターをニコルお兄様と二人きりにできないのです」
「なんだ、ボクが
フェレスは
「それと……聞きたいことはもうひとつあるんです……」
「リルル嬢が目覚める可能性があるか、ということだね」
カップに
いつもの作り物めいた整った顔で、優しく微笑んでいる表情があった。
「世界の
「……でしょうね……。今、この世界は、リルルの夢見る力が支えているのですものね……」
「でもね」
フェレスはいった。
「希望を持つというのは、大事だよ」
「…………不可能なことに、ですか」
「ニコル君、覚えておくんだ。希望は人生の
「人生……道筋……」
ニコルは心の眼で自分の背後を振り返った。今まで歩いてきた道があるはずだった。
「人でないボクが人生を
「…………」
「ニコル君、君は幸せになってくれ。君のようなよい少年が幸せになれないのは、世界の
「はい……」
「やれやれ。ボクも本当に役に立たないな。ここで今、魔法をかけてリルル嬢を眠りから
「――フェレスさん、もうひとつだけ、聞かせてください」
「聞きたがりのニコル君だね。いいよ。特別に君のキスなしで答えてあげよう」
「奇跡というものの存在を、信じますか?」
ニコルとフェレスの視線が、すち合った。
海からの風が吹きつけ、流れて行くだけの時間を置いてから、フェレスは口を開いた。
「信じるよ。いや、信じるしかないはずだ。ニコル君、君も見てきたはずだ。この世界は、奇跡の
「この世界が……」
「この場でボクと君、ロシュが
「…………」
「そして君とリルル嬢が出会い、様々な
「はい…………」
「そして、君の望む奇跡を引き寄せるのが、君の希望の力なんだ」
フェレスはカップを持ち上げ、唇をつけてそれを戻し、手を引いた。
「――ニコル君、絶望する必要はないよ。人が望む
ニコルに言葉はなかった。ただ、
合図もなく二人は同時に席を立つ。それが二人の空気感だった。
「この勝負は、ここまでにしておこうか。このままにしておけばまたニコル君が来てくれるしね。また迷ったらここに来たまえよ。ボクは君に会えることをなによりの喜びにしているよ」
フェレスが盤上越しに手を差し伸べ、ニコルは
握手が
「おや、ロシュ、何故駒を動かすんだね。勝手に動かしてはダメじゃないか」
「元マスターが握手と見せかけて、こっそり大将の駒の位置をズラしたからです」
「わははははははは!」
「笑っても
「うううううううう!」
「泣いてもダメです」
「あはは」
ニコルは
「フェレスさん、これからもよろしくお願いしますね。いつまでも僕の味方でいてください」
「ああ、ロシュに殺されない限りそうさせてもらうよ」
では、と一礼してニコルは下りの階段に向かい、ロシュもまたその後に続いた。
「――希望を信じたまえよ、ニコル君……」
フェレスは祈るように
それは、この世界の全てを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます