「赤い懺悔」
それは、
目の前にいる、白い聖女から
「あな……た…………」
ティターニャも例外に当たらず、言葉を失っていた。
今さっき島に
島のほぼ全ての民から絶大な信頼を受け、高貴さすら
白い法衣を
聖女としての名をかなぐり捨て、その
「――エヴァせんせ?」
午前の勉強が終わり、外で遊ぶために浜辺に
「あー、エヴァせんせがリロットごっこしてる」
「リロットはリルルちゃん王妃様なのにね」
「ねー、エヴァせんせ。どうしてリロットのかっこうをしているの?」
五人が七人、七人が十人、十人が十五人――。事態を飲み込んでいないが故に、
年齢も種族もバラバラで、共通しているのは、本当の親はこの島には今、いないということと。
そして、優しい『エヴァせんせ』を心から
「あなたたち…………」
エヴァレーが、顔から赤いマスクを外した。その
マスクが払われ、覚悟に張り詰めていた目から、力が
「みんな、いい子にしていますか」
「うん、ぼくたちいい子だよ」
「ケンカもしてない。なかよくしてる」
「そう……それは本当にいいことですね……」
「あ、ずるい、エヴァせんせになでてもらってる」
「エヴァせんせ、あたしたちもいい子にしてるよ。だからなでて」
「はい。みんなこっちに来てね」
子供たちは
「あなたたち、よく聞いてくださいね」
「うん、よく聞くよ」
「先生は今から島を出て行かなくてはいけなくなりました。みんな、元気で病気も
「いつ帰ってくるの?」
エヴァレーに抱きついた人間の男の子が
「お出かけするんでしょ? いつ帰って来るの? 晩ご飯には間に合う?」
「先生はもう、帰って来ません」
「え?」
子供たちの顔の笑みが、
「帰ってこないって、どうして?」
「せんせーのおうちはここでしょ?」
「先生のおうちはここではなくなったの。先生はもうここにいることができないの。先生は今からあのお船で出ていきます。だからみんな――」
子供たちが、表情が消えた顔で
きっかり十秒の、たったひとりも声を上げない間が、人で
――そこからは、電撃のように速かった。
「だめェ――――!!」
エヴァレーに抱きついていた男の子が、彼女の体を全力の両腕両脚でしがみつくようにして
「せんせい、だめぇ! でていっちゃだめ!!」
「みんなぁ! エヴァせんせいをつかまえてぇ――!!」
今しがたまでエヴァレーの
「
「だめ! だめだめ! ぜったいにだめ!!」
「みんなぁ――!! エヴァせんせがぁ、しまをでていくっていってるよぉ――――!!」
子供の一人が、その体のどこから出ているのかと思わせるほどの大音声を張り上げた。晴れきった青い空の天井まで届くような高く
「わぁぁぁ――――――――!!」
「うわわわわ」
どこに
慌てたのは人の壁を作っている大人たちも同じだった。
「エヴァせんせ、いかないでぇ!!」
壁を作っている大人たちをまさしく壁と同じにして乗り越え、
「
「どうしてぇ! ボクたちがきらいになったの!? ボクたちがわるいこだからでていくの!?」
「先生は、あなたたちを殺そうとしました!!」
さすがにその
「島に来る前、孤児院を作る前、先生は王都の街に火をかけようとしたのです! 王都をメチャクチャにする悪者の仲間で、その手伝いをしたのです!!」
「なんでぇ! せんせがそんなことするはずないよぉ!!」
「先生は昔、大変なお金持ちの家の娘でした!!」
子供たちは
それは、半年以上をエヴァレーと寝食を共にした子供たちでも、聞かされていないことだったからだ。
「……先生は、本当に身分の高い貴族の一人娘でした。
目を見開いたまま、瞬きを忘れた子供たちは、
王都の
その中でエヴァがどれだけ
日に三食どころか、日に一食にも
自分の分量をギリギリまで減じても、野菜の一切れ、肉の一切れが多く子供たちに行き渡るように
そして、子供たちは、エヴァからこの一言を、決して耳にしたことはなかった。
自分たちが
この島に着いてから、一度たりとも口にしたことのない言葉。
――『お腹が空いた』という言葉を。
「……先生は、生きていることが嫌でした。面白くなかったのです。貴族の娘だから、なにもかもが親に決められた人生が、本当に嫌でした……。したいことも許されず、なりたいものを目指すこともできず、親が選んだ結婚相手と結婚して、子供を産むだけの人生が。たまらなくたまらなく嫌で、先生はこう思うようになりました。
――こんな世界、
歌うように罪が流れる。五人の子供にしがみつかれ、二百人の子供たちの
同じく子供たちに囲まれながら、己の罪を
「先生はそのために、王都を
エヴァレーの肩が震えていた。自分の罪を数えることの
「そのためにどれだけの人が怪我をし、家をなくし、死んでしまうか……そんなことはわかっていたのに、そんな簡単なことはわかりきっていたのに、先生はただ、
「せんせぇ!」
体の戦慄きが顔の戦慄きに伝わり、自分の告白の重さに耐えきれなくなったエヴァレーの
誰ひとりとして、この優しい母を浜に転がすまいと
「うそだよ! せんせはそんなことしないよ!」
「せんせはうそをついてる! ボクたちにはいつもいってるじゃないか! うそをついちゃだめだって! しょうじきにならないとだめだって!」
「
その
「この島に罪人はいられません。島に住む人たちがそう決めたのです。だから、私はこの島を去らなくてはならない……ごめんなさい、今まで黙っていて。ごめんなさい、今まで隠していて……私は知られるのが
「じゃあ、いいじゃん!!」
エヴァレーのお腹にしがみつく男の子が叫んだ。母を呼びとめる叫びだった。
「あたらしいせんせぇになったんだったら、いいじゃん!! ボクたち、せんせぇがわるいことしないってわかってるよ!! せんせぇはボクたちにいつもごはんをわけてくれてたじゃん!! ふとんがないからってボクをぎゅっとしてねてくれたじゃん!!」
「エヴァせんせはあたしたちをころしたりするの!? しないでしょ!? しないよね!?」
「ねえ、せんせぇ!!」
「せんせ、こたえてよぉぉ!!」
「わ――――」
エヴァの胸の中でいちばん熱い部分が、感情の熱に焼かれて
「わ……わたしに……わたしには…………」
それに、エヴァが
この場にいる子供たちの全員が、エヴァの命なのだ。
自分の心を、魂を支えるものたちの声に、
「あなたたちを殺すことなんて、で……できないっ……!!」
それは真実の
エヴァは、この瞬間、知った。
今、ここで初めて、エヴァレーは――本当に、死んだのだと。
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