「あたたかくなったら」
ウィルウィナは
「あー、なんだ、その話か」
「えっ?」
深刻さを
「それ、初めての話じゃないよ? しょっちゅういってるじゃない」
「しょっちゅう? う……
「なにいってるの。しょっちゅうもしょっちゅうよ。
ウィルウィナの目が見開かれた。ついでに口も大きく開けられた。
「『ああ、もう私お
「えええ……」
ウィルウィナは泣きそうになった。というか、泣いた。
「でも、はっきりとは聞いてなかったな。――ウィル、あと何年くらい、生きられるの?」
「…………早ければ、あなたと死ぬのが同じくらい……遅ければ、もう少し…………」
「そっか。じゃ、一緒にふたりで死ねるかも知れないんだ」
「あたし、ウィルにひとつだけお願いがあるの。っと、その前に聞いておかないとか。……エルフって、お墓を作るの?」
「……お墓?」
何故そんなことを? とウィルウィナの思考が真っ先に
「……人間みたいな石のお墓は、作らない……。どんな身分のエルフも、死んだ後は同じ……。ほんの数人が森のどこかに深く深く穴を掘って
「じゃあ、無理かも知れないか……人間は、エルフの森に埋めてもらえないよね」
「ミーネ?」
「あたし、ウィルと同じお墓に入りたいんだ」
今度こそ、ウィルウィナは言葉を失った。
「あたしなんかじゃ、ウィルと結婚は認めてもらえないものね。人間だし、女だし。でも、毎日をこうしてウィルと過ごせるだけでいいの。ね、ウィル。あたしが
「…………」
「ウィル?」
「い……いるわ……一緒にいる……いるに決まってるじゃない……。いえ、一緒にいさせて……」
裸のウィルウィナが流す涙がランプの光を受け、いくつもの
「私、さっきもいったけど、たくさん恋人を、愛人を作ってきた……。でも、ミーネ……あなたで最後にしようと思っているの……。あなたと一緒に、静かに、残りの時間を過ごしたい……」
「でも、ウィルは
「本当よ。
「ふふふ。わかった、信じてあげる。その代わり、約束を破ったらひどいからね?」
「ミーネ……多分あなたが先に
長い脚の
「そして、そのお墓に私も入るわ。あなたがよければ、一緒の
「いいの? ウィルは女王なのに、しきたりを無視して」
「いいの。死んだ後くらい、自由になりたい。私にとっては、あなたの方が大切なの。……でもミーネ、あなたはまだ若いのだから、今からお墓に入る時のことなんて考えなくていいのよ……」
うん、とうなずいたミーネの手が再び帆布の上で走り出した。
姿を
このふたりにとってそれは、無言でも成立する会話の時間に他ならない。
部屋を淡い灯りが満たし、光と陰を浮き上がらせる。この
「ミーネ、今度から、今から私の耳もちゃんと描いて」
「いいの? それに、こんな立派なお胸のエルフがいるなんておかしいっていわれるわ」
「ちゃんとここにいるじゃない。もうすぐ、フードを被らなくても表を歩けるようになるし……」
「そっか……街を歩く時も、周りの目を気にしなくていいんだ……いいね……」
「ミーネ、好きよ。愛してる」
「わかってるってば。――あたしもだからね、ウィル」
「うん」
「早く、あたたかくなればいいね」
「そうね……」
また、木炭が帆布の上を走る音だけが聞こえ始める。
裸の女王は画架と帆布越しに恋人を見つめ、画家の卵である女性は、自分の目と心に
◇ ◇ ◇
時は、
あの時起こった
「今年の冬の終わりは、かなりずれ込むようですね……」
一日のほとんどを屋敷の屋内で過ごし、いいところ庭に出るのがせいぜいで、この一ヶ月は門から外にさえ出ていないフィルフィナは小さく息を
リルルから目が離せないというのではない。
が、心の
「とはいっても、去年も三月の末までかなり冷え込みましたからね。季節がずれているのでしょうか……早く、あたたかくなってくれるといいのですが……」
あたたかく、なったら。
「あたたかく、なったら……」
あたたかくなると、なにかが変わるのだろうか。
自ら作った心の
世界はもう、これ以上直りようもないくらい、元に戻ってしまったというのに。
心を閉じ込められたフィルフィナを救ったのは、玄関から聞こえて来た呼び
「こんにちは、フィルフィナさん!」
「よう、フィル」
応対に出たフィルフィナが
「ようこそ、ティコ君。それにダージェ。今日も寒いですね」
フィルフィナはティコから花束を受け取り、花の香りを
「ええ。でも魔界よりもあたたかいです。とはいっても、明るくなった魔界も以前みたいに氷の世界じゃなくなりました。地上にはかないませんが、やっぱり明るいっていうのはいいですね!」
「おい、こんな玄関先で話し込むな。寒いのは寒いんだ、早く中に入れよ」
「ダージェ様は真冬でも、上半身裸で平気じゃないですか」
「人を
「ふふ」
フィルフィナは
「中にお入り下さいね。お嬢様の
「いつもすまねぇな。このティコがここに来たがってどうしようもねぇんだよ」
「あー、ダージェ様ったらボクのせいにして。ダージェ様だってリルル様のお顔を見たいくせに。今日だって『ティコ、そろそろリルルのところに行かねえか?』とかそわそわしてたのに」
「だから! なんでお前はいつも俺の
「いはいいはいいはいいはい!」
ティコの口の両脇に指を突っ込んで広げるダージェ、広げられて
「そういや、ニコルの野郎は? 今日はいねえのか?」
「ニコル様は早朝に顔を見せられたきりで、島の方に行っておられます。今日は第五の移民団が船で到着するので、その
「もうそんなになるのか。これで島の人口はどれくらいなんだ」
「千人に到達したとのことです」
「そろそろ
「そうですね……」
「リルル様、失礼します!」
「おいおいおい、お嬢さん、こっちじゃフローレシアだったか、とにかく
「ティコ君は特別です」
「ああ、もう、どうして可愛いガキにはみんな甘いんだ。俺も可愛く生まれりゃよかった」
「ダージェ様が可愛くなっても中身が生意気ですから、無理です」
「この野郎!」
「ひゃあああ!」
「はいはい、お静かにお静かに。ここは遊び場ではありませんよ」
「ほら見ろ、お前のせいで怒られたじゃねぇか」
「ダージェ様もいけないんですよー」
そういったティコは寝室の扉の前で立ち止まり、失礼します! と折り目正しい礼をしてから扉を開けた。
「それでは、わたしはお茶の用意にでも……」
と、居間を出ようと足を向けたフィルフィナの耳に、玄関がバン! と
髪の中に
「ニコル様……?」
「フィル!」
声と共に
「すまない、
「ニコル様、それは」
フィルフィナはいいかけて、言葉を飲み込んだ。ニコルがここにいるということは、物置に設置した
単に、大勢力がなにかが
力だけでは解決しないような問題――。
「なんだ、
ニコルの
「ダージェ、来てくれていたのか」
「フィルフィナさん、安心してください! リルル様はボクが命に
「
「わかりました、よろしくお願いします」
フィルフィナの目がキッ、と細められた。久しぶりの戦う自分の目だった。
「ニコル様、事情は向かいながら
「うん」
ニコルとフィルフィナは部屋を飛び出した。
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