「第08話 過ぎ行く冬」
「ある日の、なんでもない王都の朝」
冬の太陽が地平線からようやくその重い腰を上げた早朝――午前七時ちょうどを
十五秒ほどでそれが鳴り終わり、へばりつくような
「いいかァ、
ぎゅうぎゅう詰めにすれば五百人は入れられそうな部屋、そんな広い空間は
昨日まで、全員が真っ黒い背広とズボンに身を固めていた男たちだった。
「ティーグレ組は昨日で解散したァ!! ややこしい
「へい、組長!!」
体格のいい三百人ほど、それぞれに目立つ傷が
「組長じゃねェ!! 俺たちはもう
「へい、組合長!!」
「じゃあうちの
「ひとつ!!」
一分の
「いつもニコニコ笑顔で
「
》!!」
「助け合い話し合いよりよい社会!!」
「
「おお、なかなか決まったじゃねェか」
虎獣人――
「今日から俺たちは『ティーグレ
ヘイ!! と声が
「ふわあ」
不運にもあくびに
蜥蜴獣人の大口から、
――風が吹いた。
「なんだァ手前ェ!!」
「ぐぇェェッ!!」
「この輝かしい
「組合長、組合長!!」
「拳骨振るう子悪い奴、拳骨振るう子悪い奴!!」
蜥蜴獣人に馬乗りになり、
「い、いけねェ、いけねェ、俺としたことが……おい、ガラリス! 大丈夫か!!」
「だ……大丈夫だ、あに……組合長……」
顔の形が明らかに変形しているガラリスが必死に
「すまんな、つい興奮しちまった。俺を許してくれ」
「お……俺が悪いんだ……いいってことよ……」
「おい、ガラリスを
「…………」
ティーグレが
周囲の組員――
「見苦しいところを見せちまったな」
ティーグレが再び一同を前にする。その白い背広に赤い染みが点々と付いていた。
「俺もまだ
「ヘイ、組合長!!」
「よし!! では全員、会長の
ティーグレが百八十度振り返り、天井が高い部屋の奥、広い
「フィルフィナ会長、おはようございます!!」
「会長、おはようございます!!」
三百人の男たちに一斉の礼をされた写真――メイド服のフィルフィナが
◇ ◇ ◇
「
「あたしゃ意地なんか張ってないよ。嫌なものは嫌なんだよ。どうしてそんなとこに移らなきゃならないんだい」
早朝のアーダディス家――平民住宅街の一角、お
四人以上は住むのは無理そうな小さな家の
「この家ももう建て付けがかなり
「雨漏りはこの前ロシュに直させたし、隙間風なんかは
小さなメガネを使い新聞を読む祖母――ローレルが、ぎらりと
「いいかい、ニコル。この家はあたしが嫁入りした時、
「それは知ってるけれどさあ」
「それに、だ」
「人間には中身と
「僕は勘違いしているかい? 婆ちゃん」
「お前は……………………街の
「ニコルは
「そうだった。あたしの孫なら当然か」
「婆ちゃんだってそこまでわかってるなら、勘違いなんかしないよ。婆ちゃんだって昔からずっと苦労してきたんだ。ここからくらい、楽に暮らしたっていいじゃないか」
「まだわかってないのかい、お前は」
ローレルは新聞を
「あたしゃ今で十分幸せなんだ。寝る家もある、着る服もある、三食食べられてお茶までできてる。こんな恵まれてるのに、他になにを望むんだい?」
「だから、もっといい家で、もっといい服で、もっといい食事をしたって」
「今で十分
「それは……器の穴を
「だろ。お前でもすぐわかる理屈なのに、世の中の連中ときたら、穴を塞がずに必死になって注ぐ水を増やすんだ。それでいて、水が穴からダダ
「母さん……」
「ニコル、お
助けを求めるように視線を向けたニコルに、
「あたしたちはこれで十分。お前という子を持てて幸せ過ぎるぐらいだよ。これ以上なにかを望んだら本当にバチが当たっちゃう。ニコル、お前はお前のこと、お前を
「うん……」
「それにフォーチュネットの屋敷なんかに移ったら、服や身なりも上等にしなきゃいけないし、言葉遣いだって変えなきゃならんだろ。ああ、うざったい。あたしは今が気楽でいちばんいいね。ソフィア、お前だってそうだろ?」
「ええ。あたしには気楽な服とエプロンが似合ってますから」
「そういうことだ。これがあたしらの中身で器なんだ。ま、ニコル――お前の中身はあたしらと違って大きいから、お前はもうちっと器を大きくしな。狭すぎる器も考えもんだ。かといってこの近所に王様らしい格好で来るんじゃないよ。
「ニコル、
フォーチュネットの屋敷に
「うん。――フォーチュネットの父さんもようやく目が覚めてくれたんだ。本当良かったよ……」
「あんのクソ旦那かい。若い頃苦労したといっても、根は貴族様だったわけだ。しょうがないね」
「お生まれがお生まれだし、調子が良かった頃のフォーチュネットの家を幼い
「そんなんだから今頃バチが当たって、リルルがあんなことになったんだ。まったくクソ親父だ」
「婆ちゃん、いい過ぎだよ」
「……まあ、今頃とはいえ改心できただけでも、マシだったと見るべきかね。――なんだいこの新聞、昨日と同じようなことしか書いてないじゃないか。まったく面白くない新聞だ」
孫の
「ニコル。お祖母ちゃんはいうほど旦那様を嫌ってないよ。誤解しないでくれよ」
「わかってるよ。婆ちゃんは嫌いな相手のことを口にしたりしないんだ」
「さ、そろそろ仕事場に行こうかね。まったく島の女どもときたら、あたしが目を光らせてないとたるんでいけないよ。すぐに仕事を
「お義母さんが来ると三倍の勢いで働かないといけないから、その間休んでいるんですよ」
「ふん。じゃあ最初から最後まで三倍働かせるとするか――ソフィア、先に行ってるよ」
ローレルは歳に似合わぬかくしゃくとした動作で椅子から立ち、部屋の隅に立てている
「大丈夫かな……。婆ちゃんの嵐のような
「心配ないよ。みんなに
そんな母の明るい顔は、ニコルの不安を吹き飛ばすのに十分だった。
「怒られたらちゃんと納得できることに怒って
「……がんばって勉強するよ……」
「さ、あたしも怒られないうちに行かなきゃ。ニコルも王様業、がんばってね――リルルのことも忘れるんじゃないよ?」
「うん。母さん。婆ちゃんのことよろしくね」
「あいよ」
ソフィアもまた、エプロン姿のまま
「婆ちゃん、この新聞、昨日の日付だよ。
ニコルは小さく笑うとテーブルの上の新聞を
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