「罪と、赦しと、祝福と」
「しゅ……祝福……?」
ニコルはうなずき、その
「
「誓い……?」
ログトの目が泳ぎ、記憶を検索していた。
「去年の
「あ……ああ」
ログトが
「旦那様は
「ニコル、お前は……」
「僕はまだ、リルルの
「それは……
「はい。まさにその頃です。そして……僕はその島で、リルルと結婚式を
ログトの目が見開かれた。
「式が成立する寸前、島は
「そ、それは仕方がないことではないか。私はその頃行方不明も同然だった。王都に向かうべき命令を受けながら行かず、意地を通してフォーチュネットの地に
「僕はそれを言い訳にしたのです。旦那様が行方不明だからと。仕方がないと。旦那様の許しも得ず、あろうことか禁じられていた約束を、自分も同意した誓いを破り捨てて。……僕は
「ニコル様……それは、あまりに
フィルフィナはその
「――ですから、旦那様!」
ログトが地に着けていた両の手を、ニコルが取った。姿勢を起こされたログトの顔がニコルに向けさせられ、少年の燃えるような
「僕が
「ニ、ニコル!」
音を立てるようにニコルの頭が下がる。次には上体が前に倒れそうになるのを、立場を変えたようにログトの腕が支えた。
「わ……私は、お前を許す許さないなどという、そんな資格がある人間ではない。私こそ、
「旦那様……」
「ニコル、その呼び名はもう、私には相応しくない。私はお前の主人ではないし、お前より
「――それでは、別の呼び名で呼ばせていただいてよろしいですか」
ニコルが顔を上げた。
ログトの
「父さん、と呼ばせてください」
心臓を両手で包まれ、握られたかのように、ログトのなにもかもが、止まった。
「僕はリルルを妻にします。たとえリルルが永遠に眠り続けても、リルルは僕の妻です。僕の命が
「こ……こ…………」
ログトの目から、新たな涙が
「こ……こんな、こんなつまらない人間を……お前の父にしてくれるのか……」
それは今まで
「ニコル、リルル。私を許してくれるのか。こんな身勝手な自分を……」
「父さんも僕を許してください。本当に心から
「旦那様、わたしも謝ります……」
フィルフィナが目を閉じ、微かに
「わたしも散々旦那様を
「フィル。お前はリルルを守ってくれた。それだけでいい。それだけでいいのだ…………ニコル」
「はい、父さん」
答えるニコルの瞳からも、美しい涙があふれていた。
「私はまたひとつ、
震えるログトの手がニコルの肩をつかむ。それはしがみつくような強い力のものではなく、触れたものをあたためようとする、優しいものだった。
「わ、私は幸せ者だ。リルルのような娘と、お前のような息子を持てる幸福な人間は、ふたりとおるまい。お前とリルルは、私が生涯で得たものの中で、最も価値あるものだ。お前たち二人こそが、私が人生で得るべきものだったのだ……。ありがとう……ありがとう、ありがとう……」
「父さん」
「……私は、その『父さん』という響きが嫌いだった。私は父をそう呼んでいたが、父は私に振り返りもしなかった……いつだって無視されて……だが、今初めて、私はそれを好きになれた。いいものだ……お前の口から出るそれは、やわらかくて、やさしくて、なんと胸に
ログトがニコルの背に腕を回し、その丸めた体をニコルの胸に
「私は父を信じられなかった。何度も裏切られてきたからな……。だから私は、人を、他人を信じられなかった。信じないことにした。全て
「僕とリルルは、父さんをお
うん、うん、とログトが子供のように首を振った。
「――そして、父さんも、僕とリルルを愛してください。父さんの世界にあるものをみんな愛してください。リルルはそのために、父さんを生き返らせたのです。父さんの心を救うために。父さんを心から愛しているがために」
「そうか……そうかも……そうだな……それは
「旦那様」
他人のような顔をして、それでも涙が
「わたしも旦那様を愛しておりますよ。本当にどうしようもない旦那様なら、どうにかしておりました。それをお忘れなく」
「はは……ははは……。フィルがいうと、説得力があるな……」
ログトがニコルを抱きしめる。ニコルもそれに応え、自分の新たな父となった男の存在を腕の中に収め、父の涙が流れる音を聞いた。
「家族……家族か……。今、初めて私は、フォーチュネットの家を取り戻せた……。人と人が結ばれていない家など、
「――その愚かさに気がつけるということは、とても素晴らしいことなのですよ……」
フィルフィナは贈り物としてその言葉を
◇ ◇ ◇
「――ニコル、この屋敷だけはもらってくれ。リルルのためにも」
「父さん」
「リルルはこの屋敷が好きなのだ……。リルルの想い出が染み込んでいる屋敷だからな……。フィルがいつもいて、お前が遊びに来てくれたこの屋敷が。だからここで眠ることを選んだのだろう……。だからニコル、お前はこの屋敷で寝泊まりしてほしい。私のことは構わずともいい」
「父さんは、どうするのです」
「私がちょろちょろしていても、お前とリルルの邪魔になるだけだろう」
「そんな」
「フォーチュネットの領地は代官に任せている。私はこの王都で
「宿は既にとってある。それから私はいったんフォーチュネット領に戻る。しかし
「――はい、父さん」
「……何度聞いてもいい響きだな。あとは、リルルの『お父様』を一日も早く聞きたいところだ」
「先ほどの父さんがリルルにいった言葉、あれはリルルに届いていると思います」
応接間の許し合いの後――ログトはリルルの寝室に戻り、リルルの元で膝を着いて
「ならいいがな……しかし、リルルは寝ぼける
「あはは……そうですね」
「このぬいぐるみは、王都を離れる前に必ず完成させて持ってくる」
白い紙袋を持ち上げてログトはいった。
「――フィル、リルルのこと、くれぐれもよろしく頼む……」
「この
フィルフィナが一礼する。その横でニコルは、静かに立っているロシュに
「お父様。このロシュが宿への道中、
「あ、ああ、頼む……ロシュ、だったか? お前はいったいどういう立場の者なのだ……?」
「それは歩きながらでご説明いたします。長い話になりますので」
「あ、ああ……?」
ランプを
「――あのお歳で、王都とフォーチュネット領を何度も往復するなど体に毒ですよ。仕方ありませんね、特別に
やれやれ、という感情をことさらに強調してフィルフィナが大きな息を
「あの
「フィルのそういう優しいところが好きだよ」
「愛しているくらい仰ってください。もう、ニコル様ったら気が
ぷい、と口を
「……やっと、一日が終わるのか……。今日は本当に濃い一日だった……。でも、色々大きなものを得た一日だったね……記憶に残る一日だよ……」
心地好い疲れを覚えながら、ニコルはフィルフィナの
◇ ◇ ◇
――翌朝。
リルルの寝室を埋め
それが置かれた瞬間、眠り続けるリルルが浮かべる笑みがほんのわずかに――ほんのわずかだが、より濃くなったことには、誰も気づかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます