「日常のフォーチュネット邸」

 快傑令嬢リロット同好会の定例議会は、軽食をつまみながらのゆるいものというのがお決まりだった。


「ああ、美味うまい、美味い、美味い、美味いねぇ、このいもは」

「どこにでも売ってる揚げ芋じゃねぇか」


 短冊状たんざくじょうに切られた拳骨芋げんこついもを植物油で揚げたもの、それを涙を浮かべながら口に運んでいるコナスの様子に『葬儀屋』が心底しんそこあきれていった。


「城でいいもん食ってるんだろ? こんなもん、そこらのガキでも小遣こづかいで買って食ってるぞ」

「朝食と夕食は揚げ物どころか肉も出てこないよ。タンパク質と脂肪にえてるんだ」

「国王も大変でござるな」

「単にふとってるからなりよ。少しはせるがいいなり」


『探し物屋』の言葉に『本屋』が乗っかる。サン・ド・イッチを頬張ほおばり涙を流し始めたコナスの姿に、心底しんそこ同情したという目を向けていた。


「しっかし、さ」


 しばらくまともな会議は期待できないとんで、『葬儀屋』が完全に無駄話に移行した。


「快傑令嬢リロットの正体がリルルちゃんで、快傑令嬢サフィネルの正体がサフィーナお嬢様だったとはなぁ」

「『葬儀屋そうぎや』は、大劇場でふたりの大立ち回りを見ることができたでござるからな」

はい是非ぜひとも見たかったなり。両親をしちに入れてでも駆けつけるべきであったなりな」

「おいおい、君たち、そんな大変な思いちがいをしてもらってはこまるよ」


 名残惜しそうに指に着いた油をめ、ハンカチで指と口元をいたコナスがいった。


「快傑令嬢リロットの正体は謎のままだよ。無論、快傑令嬢サフィネルもね」

「……とはいっても、あんな大勢の前で派手にお披露目ひろめをやっちゃあ……」

「世間に向かって声高こわだかに正体を明かしたのと同じでござる」

「しかし、それにしてはおかしいなりな」

「そうだろう」


 コナスは今朝の新聞を数紙、広げてみせた。


「どこの新聞も、新しい三人目はもちろん、リロットやサフィネルの正体についてまだ謎のままとしているよ」

「……そうなんだよな」


 王都の事態が収拾しゅうしゅうされてから新聞も発行を始め、せこい悪人たちもまた息を吹き返したかのように活動を再開した。

 それをらしめるため、快傑令嬢サフィネルが新しい相棒、快傑令嬢ロシュネールをしたがえて現れた。当然、話題に飢えている新聞もその活躍かつやくぶりを書き立てたが――。


「『二人の快傑令嬢の正体がわからないのにまた新しいのが増えた』なんて堂々と書かれていて、俺は首をひねりすぎてちょっとむち打ちになっちまったぜ」

「リルルちゃんもサフィーナお嬢様もつかまってはいないでござるな」

依然いぜんリロットもサフィネルも手配中、実質の犯罪者あつかいなり」

「――みんな、知らなかった、聞かなかったことにしてあげてるんじゃないかな?」


 いい加減極まりないコナスの推測すいそくに、反論する者はいなかった。


「快傑令嬢とその仲間たちの活躍かつやくで、僕たちが助けられたことは薄々うすうす、全員が感付いている。だからあのド派手なぶちまけもなかったことにしてあげている――それが、真実に近いと思うね……」

「それに、新聞の記事の内容はたいてい間違まちがってるものだしな」


 はははは、と笑い声が響いた。それがしずまると、さびしげな沈黙ちんもくが流れた。

 暖を取るためにれた熱い茶が冷めてしまうほどの時間がってから、再び口が動き出した。


「リルルちゃんは、まだ目覚めないでござるか……いや、目覚めることがないのでござるな……」

「ということはもう、リロットも現れないということなりな。サフィネルとロシュネールがいるから快傑令嬢自体は活躍はしているなりが、やはり初代にして原典げんてんのリロットの活躍がないというのは、寂しいかぎりなりよ……伯爵はもう何度か、リルルちゃんを見舞ったなりか」

「二度ほどね。君たちも足を運んだんだろ?」

「俺たちも二度ほど行った。あんまり日参にっさんしても迷惑だからな。この後に行くんだろう、伯爵。あのエルフのメイドさんによろしくいっといてくれ」

「任せといてくれたまえ。それと君たち、勘違かんちがいしてはいけないし、気を落としてもならないよ」


 同好会会長の威厳いげんを見せて、コナスはいった。


「僕たちは快傑令嬢たちを心から愛する同志の集まりだ。だから、快傑令嬢の復活をも心から願うんだ。快傑令嬢は死なないよ。王都がその存在を求める時、きっと彼女はよみがえる。僕はそう信じている。君たちも信じたまえ」

「…………そうだな。リロットは必ずよみがえるよな…………」

「快傑令嬢は永久に不滅でござる」

「その二重表現にはえてツッコまないなりな」

とどこおっていた『快傑令嬢記録』の第二弾、第三弾も出さなければならないよ。僕たちの使命は重要だ。彼女たちの記録を正確にのこす。想い出が記録によっていつでも鮮明せんめいによみがえるようにね」

「よっしゃ、任せとけ」「うけたまわってござる」「いそがしくなるなりな」


 しんみりとし出した空気を吹き飛ばし、同好会の面々めんめんはそれぞれに笑顔を見せた。


「それではテーブルの上を片付けて『本業』を始めよう。いやあ、生き返ってきてよかったよ」



   ◇   ◇   ◇



 数時間後、コナスの姿はフォーチュネット邸の玄関げんかん前にあった。太めの体が一分ほど立ちくした後、玄関のとびらが開けられた。


「これは、コナス陛下!」

「そういう君はニコル陛下。やあ、ご機嫌きげんいかがかね」


 くにゃり、と顔の全部の筋肉をゆるませて微笑ほほえんだコナスに、ニコルは反射的にかかとを合わせて一礼した。


「その呼び方はよしていただければと……呼ばれるたびに、心が震えるほど気恥きはずかしくなります」

「気持ちはわかるよ。僕もそうだからさ」


 コナスの言葉に、ニコルはつられるように笑った。


「ああ、どうぞ中にお入りに。外は寒かったでしょう」

「僕は寒さには強いんだ。なんせ幅と奥行きが広いからね。では、お邪魔じゃまするよ」


 玄関の扉を閉め、ニコルはコナスと肩を並べて廊下ろうかを歩いた。


「おっと、そういえば今日の午前、ラミア列車で可哀想かわいそう老婦人ろうふじんと出会ったんだ。ニコル君、君に相談もなしで申し訳ないが、メージェ島への移住をすすめておいた」

「そうですか」

「王国としても補助金は出すよ。夫と息子に先立たされた身だそうでね。だが、上品な御婦人だった。人格的には問題がないはずだと思いたいね」

「まだ、島には空間的な余裕がありますから……島民は倍増しましたが」

うわさ徐々じょじょに広まっているのかな? 君も王としてのつとめも大変だ。転移鏡てんいかがみがあってよかったね」

「あれがないと、島とリルルを同時に見ることができません。……ですが」

「ですが、なんだね?」

「本当に小さな島国であったとしても、僕などが王をやっていていいのでしょうか……?」

「なに、王は細かなことまでほじくるように知らなくていいんだ。ふねの艦長は自分で羅針盤らしんばんも読まなければ、舵輪だりんも回さない。ただ、艦の位置を知り、向かうべき方向に指を差せばいい。艦が何故その方向に行かねばならないのか、目的を知っていればいい」

「はい…………」

「君は優秀な臣下しんかを多数持っているようだ。その臣下を使いこなすのが、王のつとめだよ。ああ、うちの海軍を島に駐留ちゅうりゅうさせる件は、了承りょうしょうということでいいかな?」

是非ぜひともお願いいたします。なにせ、まともな軍隊もない国ですから」

一騎当千いっきとうせん強者つわものぞろいじゃないか。僕なら君の国を攻めるのは御免ごめんこうむるね。まあ、王国と相互安全保障条約そうごあんぜんほしょうじょうやくを結べば、攻めかかってくる国はあるまいさ。王国としても前哨ぜんしょう基地を持てるという意義がある」

「はい」

「これくらいかな? では、リルルちゃんの様子を拝見はいけんさせていただこうか」


 コナスはリルルの居間いまの扉をノックした。

 数秒後、はい、と中からフィルフィナの声がし、扉が開いた。



   ◇   ◇   ◇



「コナス様、ようこそおいでくださいました」


 一分いちぶすきもないいつものメイド服姿で、フィルフィナは深々ふかぶかと一礼をした。


足繁あししげく通って申し訳ないね。お邪魔ならそういってくれると……」

「お嬢様もコナス様のお越しなら、毎日でもお願いしたいところでしょう。お嬢様はコナス様がおくなりになった後でも、大変強くしたわれておりましたから」

「それはうれしいねぇ。活躍かつやくのし甲斐がいがあったというものだ」


 その言葉に、ニコルとフィルフィナの頭で同時に同じ光景が浮かぶ。光のやいばが無数にリルルをねらって降り注ごうとするのを、文字通りにその身をていしてかばい、全身を切り刻まれたコナスの姿だった。


「……あんなことができる人物は、そうそういらっしゃいません。コナス様の勇気には、自分も感服かんぷくいたしました」

「なんのなんの。君たちだってリルルちゃんのために命を投げ出したじゃないのかい。別段、僕が特別にめられるようなことでもないよ」


 かちゃり、と奥の寝室の扉が開く。いかにもそこらの町娘といった簡素かんそなワンピースを着たロシュが姿を見せ、コナスの姿に一礼した。


「やあ、ロシュちゃん。昨夜はご活躍だったみたいだね」

「――なんのことでしょうか?」

「ふむ、いい反応だ。でもまあ、ここではとぼけなくていいよ。ここに参謀殿さんぼうどのがいるからね」


 わからないというようにニコルが目を開く。そのニコルを尻目にコナスは視線の向きを変えた。


「フィルフィナ君、昨夜は本当に助かったよ、僕の要請ようせいおうじてもらえて」

「コナス様のご要請をおことわりするわけにはまいりませんから」

「え……え、え、え?」


 ニコルが視線をめぐらせ、その場にいる三人に困惑こんわくの目を順に当てていった。


「要請? 昨夜のサフィネルとロシュネールが出張った事件は、コナス様が……?」

「外国の諜報組織ちょうほうそしきが王都にもぐり込む瞬間なんていうのを事前に察知さっちするなんていうのは、さすがに国家機関でないと無理だからねぇ」

「諜報組織? 誘拐団壊滅ゆうかいだんかいめつと新聞には出ていましたが?」

「誘拐団の皮を被った諜報組織さ、あれは。しかも十数カ国が絡む大規模なものだ。まあ、全て元に回復できたとはいえさきの事件はエルカリナ王国が首謀しゅぼうして起こしたものだ。間諜スパイを入れておきたいというのはわかるけれど、どこの国でも密入国みつにゅうこく御法度ごはっとだからね。仕方ないね」

「それを王国の警察組織が直接つぶすのは、やはり遠慮えんりょともなうというわけでございましょう?」

「こちらも向こうに間諜を入れているからね。どれだけの諜報能力を持っているかは知られたくないのさ。だから、王国がなかなかつかまえられないぞくがそれを偶然ぐうぜん見つけてコトのついでにぶっつぶし、そいつらを捕らえてみたらなんと、この国の内情をさぐろうとする間諜かんちょうたちでした――というオチなわけだ」

「見事な猿芝居さるしばいでございます」

「わはは。まあ、捕まえた間諜たちはたっぷりしぼって自白じはくさせて、調書ちょうしょをつけて向こうにお返しするさ。いやあ、よかったよかった。これからお行脚あんぎゃに各国を回らないといけないんでね。頭を下げる角度があさくなるというものだよ、わはは」

「はあ……」

「ニコル君。僕は王としては君の後輩だが、人生としてはだいぶ先輩だからね。まあ、色んな技を知っているものさ。君も勉強するといい。君は一直線にガンガン突き進むタイプだが、時にはこういう謀略ぼうりゃくも必要となるということだ――まあ、そっちの方はフィルフィナ君がいれば大丈夫か」

奇襲きしゅう陰謀いんぼうと謀略ならお手の物でございます。ニコル様、それらはフィルにお任せを」

「……僕は、フィルに寝首をかれるんじゃないかと心配になってきたよ……」

「まあ、寝首を掻くなどそんな不粋ぶすいなことは。精々せいぜいがニコル様のお布団に潜り込むくらいです」

「わはは、いやはや、フィルフィナ君は面白いねぇ。生前はあまり交流がなかったからどんな人物像か知れなかったが、いやあ、生き返ってみるもんだね」

「おめにあずかりありがとうございます」

「この参謀あっての快傑令嬢というわけだね。『快傑令嬢記録・第一弾』には君のことが全然書いてなかった。失礼したかな。まあ、いいか。リロットの正体が謎であれば、その参謀の正体も謎だ。僕はリロットや快傑令嬢たちの活動に興味があるんであって、正体はどうでもいいんだ」

「大変よろしきご見解けんかいかと。それでコナス様、国王陛下としてのお仕事はおいそがしいのですか?」

「死ぬほど忙しいよ。あんまり忙しくて、死んだままの方が楽だったと思えるくらいさ。このままでは僕の本業に支障ししょうが出る。どうだいニコル君。君さえよければ王位を譲渡じょうとしてもいいんだが」

「それだけは、それだけはどうかご容赦ようしゃを!」

「わはははは」


 ニコルの本気のさけびにコナスが破顔はがんし、フィルフィナがくすりと笑い、ロシュが微笑ほほえんだ。


「まあ、内輪の冗談はこれくらいにして、リルルちゃんの寝顔を一瞬、拝見させていただこうかな。しかし、その前に――増えたねぇ」

「ええ、あれから、お客様がさらに大勢いらしたものですから」


 今は主が使わなくなった居間いま、そのかべと床をくすように置かれている大量のそれ・・に目をやり、大きく太い息をき出した。

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