「新国王の華麗なる午前・その二」
「大陸縦断道路は真剣に検討した方がいいよ。最低限でも王都と北方はさ。いくら海運が効率がいいとはいえ、地形的に遠回りで距離があるんだよね。大型馬車ですむような小口の輸送や、人の往来なんかはこっちの方が有利だよ。必要な
「メージェ島との定期航路の
「フォーチュネット伯爵との
「――また、
男は不機嫌そうにしか見えないその顔立ちを、少しだけではあるが本当に不機嫌にして見せた。
「はい! こちらの話こそいい加減、優先していただかねば
「でもねぇ」
この
「――自分でいうのも悲しくなるけれど、こんな
「いいえ、陛下は、ご自身で思われているほど
「こんな感じかい?」
男は顔の全部で笑って見せた。直線的な目と
「――あれだよ、あれ。不意打ちであれ食らってみろ、たいていオチんだろ」
「あたし、陛下が笑われるまでこんな
「反則だよな、マジで」
奥の席のやり取りをチラチラと見ている若い官僚たちが、ひそひそと言葉を交わしていた。
「
「ですが、エルカリナ王国の体制が今、
「ふうむ」
男は
「――なら、この条件がつけば
男は突き付けられた企画書の題名に、ペンでなにかしらを書き込んだ。
「こっちの方が人気は絶対に出ると思うから、抱き合わせで即位式をやっちゃってもいいよ」
「抱き合わせですか……」
「別々にやるより費用も節約になるしさ。まあ、いつになるかは未定なんだけれど。今はこれで納得してくれないか。予算は浮かしておけばいいよ」
「はぁ……」
「これで要望がある人は終わりかな? じゃあ、次は僕からの番だ――
『第四特別室』という言葉にざわ、とざわめきのさざ波が立った。官僚たちの目に恐れの色を
そんな空気を知ってか知らずか、鼻歌を歌いながら男は軽快な調子で
席の背に並んでいる
がちゃり、と
「――法務大臣を? 第四特別室で? いったい何の件なんだ?」
「ヤバいなこりゃ。俺、ちょっと知らせてくる。ひょっとしたら首のすげ替えがあるかも」
政策について国王との連絡役として
◇ ◇ ◇
十五分後、全く人の行き来のない細い
歳の頃は四十初め、やや髪が薄い神経質な顔をしたその男は、ここに呼びつけられた件についてだいたいの予想を頭の中に
「――ストジューム法務大臣、入ります」
「入りたまえ」
まだ耳に
中は窓のない狭い部屋だった。
警察署の
「いきなりお呼びだてしてすまないね、法務大臣」
「お待たせして申し訳ありません、陛下」
透明の板の向こう側にいる男に法務大臣は頭を下げる。国王と直に、それも一対一の対面で話をする特別な部屋ではあったが、ここに
「いや、法務省からの距離を考えれば、早い方じゃないのかな? まあそれはいいか。で、
「――
「そうそう。取り敢えず研究だけでも始めて欲しいと初対面の時にお願いしたはずだけど、まだ全然動きがないのはどういうわけなんだい?」
「陛下。自分は、亜人に市民権を与えるのには反対であります。自分が法務大臣の地位にいる間は、その手の研究を進めるつもりはありません」
「やっぱりか」
国王への反対意見を明確にする大臣に、板の向こうの男はさほど感情を刺激されなかったようだった。
「エルカリナ王国は
「アーダディス騎士王国では人間も亜人も同権だよ」
「あんな村みたいな小さな国など、例外もいいところです」
「これからはそうもいってられなくなるんだけれどねぇ。魔界との国交も回復させる方針だし、人間と魔族の中間のように亜人をいつまでも宙ぶらりんにさせておくわけにもいかないんだよ」
「なんといわれても、自分は反対であります。法整備を進めるつもりはありません。それとも陛下、自分を解任されますか? そんなことをなされば、自分が法務省に
「さすが亜人
「よってこの話は終わりです。退席してもよろしいでしょうか。自分も忙しいので」
「まあ、少し待ちたまえよ。君を解任させるのはマズい。まあその通りだ。でもね」
「でも?」
「君が自発的に
不意に男の目が放った
白いマントで全身を
「それを読んでみるといい。読まないとそれの写しが法務省にバラまかれるよ」
「…………!!」
全部を読むまでもなく、表紙になっている一枚目に
ごくごく小さな公衆浴場のように、低く広い
「レイジー……!!」
「なるほど、本名はレイジェルだから
はっ、と法務大臣が口を
「この写真があるということは、
「わ……わ、わ、私の屋敷の地下室に……!!」
「亜人を
「刑法百三十四条第三項」
白い仮面の男が少年のものを思わせる高い声でいった。
「ああそうそう、それそれ。確か結構な
「そ、それは意思に反して無理矢理監禁した場合のはず! わ、私とレイジーは!!」
「愛し合ってるんだろう。レイジェル嬢もそう供述しているね。レイジェル嬢は
書類の写しを片手でペラペラとめくりながら男はいった。夜の
「亜人排斥の急先鋒が、亜人の愛人を持つ。うーん、これは
「なにが目的だ!!」
「君の自己都合による辞任。それと、僕が
「あ……あ、
法務大臣の反撃は、それだけだった。
「すまないね。できるだけ
白い仮面の少年が書類の最後の一枚を横にずらす。
「貴族が亜人と心から愛し合う。僕は結構な話だと思うんだが、貴族社会でそれは
「く、く、くく……!!」
「いいじゃないか。今は認められていない人間と亜人との結婚も、三年以内には
「…………!」
「悪かったね、こんな手段を取ってしまって。でも、僕も
白い仮面の少年が無言で机に置いたペンを、大臣は震える手で取った。自分の名前を書き込もうとした時には、男の姿は扉の向こうに消えていた。
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