「帰ろう、僕らの家に」
数え切れない宝石の輝きに
「――リ……!」
静かな寝息を立てるリルルの胸には小さなぬいぐるみが抱かれ、
きれいな金色の長い髪、きれいな金色の
「リルル!」
白い絹の布団にくるまれ、ここがまるで自分の部屋であるかのように一切の無警戒の表情で眠るリルルを見つけた瞬間、ニコルが駆け寄ろうとし――それを反射的にフィルフィナが止めていた。
「フィル、放してくれ!」
「ニコル様、いけません。落ち着いて――落ち着いてください」
「眠っているお嬢様を今ここで刺激して、
「最悪の、想定……?」
声の大きさを落とし、
「はい。ここは、女神エルカリナの神殿なのでしょう。女神の姿が見えないのは何故かはまだわかりませんが、お嬢様は、おそらく、多分、きっと――」
「リルル!」
ニコルとフィルフィナは、ふたりで聞いたその叫びに目を
「なにをのんきな顔で寝ているの!! ニコルやフィルも来たのよ! 起きなさい!!」
べちべちべち! と音が連続して
「やめなさい!!」
「ぐふぅっ!」
神速の踏み込み、そして完璧な
「フィ、フィル……な、なんて
「それはこちらの
お腹に手を当てて倒れ、わなわなと震えて立ち上がれないサフィーナに対し、口から炎を
「あなたは今、自分がなにをしようとしたのかわかっているのですか!! ここは、眠りの中で見る夢で世界を支えている女神エルカリナの神殿! そこでお嬢様が眠っているということは、この世界はお嬢様が夢で支えている、この世界がお嬢様の夢であるかも知れないということなのですよ!!」
「――フィル」
「お嬢様が目覚めてしまえば夢から覚め、覚めてしまった夢は散ってしまう、つまりこの世界がそこで終わってしまう可能性が極めて高いということなのです!! あなたはせっかくみんなが生き返ったこの世界を、ご
「――フィル、それくらいで、やめておいて差し上げて」
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
「――リルルお嬢様の体調は、良好です」
最後に歩いてきたロシュの冷静な声に、その場の全員が視線を向けた。
「呼吸、血圧、脈拍、体温、代謝……全てが睡眠時の正常値に収まっています。ただ……」
「た……ただ、なに」
「脳と意識が完全に分離されています。……いいえ、正確には、脳の中に意識が存在せず、それでいてつながりは
「ロシュ、よくわからない。もう少し、わかりやすく」
「……わたしは、わかったような気がします」
ニコルが、自分が肩をつかんでいるフィルフィナを背後から表情をのぞき込むようにする。お腹をまだ押さえながらも、サフィーナが立ち上がってきた。
「――やはり、この世界は……」
「え……?」
「そうなのです。……やはり、そうとしか考えられないのです……」
「フィル、なにがそうなのか……」
「わたしは、わたしたちはやはり、お嬢様の
うつむいたフィルフィナが
星々が散りばめられた空、
世界はここに
「この世界そのものがお嬢様の夢であり、魂であり、意識なのです……」
「そんなことがあるの……あり得るのかしら……?」
「サフィーナ。今までわたしたちは、女神エルカリナの夢の中で生きてきたのです。それが、お嬢様の夢に替わっただけです。全ては同じことなのですよ…………」
そこまで語り終えたフィルフィナが、う、う、うと声を
「わ……わたしは、わたしは、やはり……いつでも役立たずです……。こんな、こんな
よろけるように、フィルフィナが寝台に近づく。眠り続けるリルルの側に寄り、布団にもたれかかり、涙を
「嫌よ……嫌よ、リルル……。あ、あなたが、このまま永遠に眠り続けるなんて……! リルル、お願い……起きて……目を覚まして……! いつもみたいに、フィルって呼んで……! そうでないと、わたしの生きてる
「フィ……フィル……」
フィルフィナが流す涙に
「リ……リルル……。生きていてくれて……。でも、もう君の声が聞けないのか……。せっかくここまで来て、ここまで来て、ようやく全てが終わって、君と一緒になれると思ったのに……これじゃあ、君は死んだようなものじゃないか……僕も、僕も役立たずだ……」
少年の白い肌を涙が洗っていく。心の震えに熱された涙はどれだけたくさん流れても、少年の魂の
「僕に力があれば、君を最後まで守り通せたのに、僕は……僕は……なんて無力なんだ……!」
「ニコル、あなたはあなたの限りに力いっぱい戦って、がんばったのよ……自分を責めないで」
「ニコルお兄様、お願いです、泣かないでください……ロシュも泣きたくなってしまいます……」
「う、くく、う…………!」
リルルの横に
すすり泣きの音が響く中、リルルは眠り続ける――どこか、満足げな
少年と少女たちの
「――――」
流すことのできる涙を流し
服の
リルルの体を
「ニコル様!?」
「ニコル、あなたはなにを……」
「リルルを、連れて帰るんだ」
そんな少年の腕に支えられ、金色の女の子のぬいぐるみを両手で放さないリルルが、体重の全てを少年に
「フォーチュネットのお屋敷に連れて帰る。そこが、リルルの、僕たちが帰るべき場所のはずだ」
「……ニコル様……」
「リルルは眠っている。眠り続けていることで夢を見、その夢で世界を支えている。……起きないのだったら、眠るのはどこでもいい理屈だ。そうだろう?」
「ですが、この場所でなければ、不都合が起こる可能性が……」
「大丈夫だと思うよ。……なんの
「リルルも嫌がっていないよ。きっと、僕たちが連れて帰ることを待っていたんだ。……お屋敷に移すことぐらいで世界が弾けて終わってしまうなら、それはそれまでだよ……。僕は、リルルには自分の部屋の、あの部屋の寝台で眠って欲しいんだ。フィルだって、そうだろう?」
「それは……」
「リルル、一緒に帰ろう。いつもの暮らしに戻ろう」
サフィーナも、ロシュも、決意を秘めた少年の瞳の輝きに、反論も異論も起こせなかった。もしかして万が一の事態が起き、どのような結果になったとしても、それは
「君がよみがえらせた王都に、世界に帰ろう。そして、なにもかもを、新しくやり直すんだ。君が
――リルル、僕の尊敬するリルル。僕の大好きなリルル。
僕は心から君を、言葉に言葉を重ねても、とても尽くしきれないくらいに……本当に愛しているよ……」
リルルを抱いたニコルが、
そのわずかに濃い水色の瞳には、明日を見つめる勇気の輝きが宿っていた。
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