「第07話 夢見る力」
「目覚める世界」
新しく始まった世界において。
最初に目を覚ましたのは、この
「…………私は?」
「私は……私は……私は、どうしたのだ…………?」
静かだった。遠くで小鳥が鳴いている声さえ聞こえる静けさだった。
冬の冷たく研がれた空気に頬が触れて、ぶるっと震える。弱いが、
「私は、確か撃たれて……。
一面の草原にはバトゥ公国軍の
ここは戦場だったはずだ。しかし、どうしても戦場であったとは思えなかった。
近くに自分が握っていた
スメールが振り返ると、傷のひとつもついていない、王都エルカリナの長大な
自分は……。
「……自分は、いったい、ここになにをしに来たのだ……?」
倒れていた兵士たちが、むくり、むくりと起き出すした。それぞれに周囲を見渡してそれぞれに首を
放心したまま座り込み、
「おおーい!」
張り上げられた声にスメールは振り返った。城門から大きな荷車の列がのろのろと出てくるのが見える。それを押しているのはエルカリナ王国の兵士たちだ。
それに対して武器を取ろうとする者は、やはりひとりもいなかった。近づいてくるのを待った。
「おう、あんた、お
下級の兵士らしいそのやや歳のいったエルカリナ王国兵は、スメールの軍装を見てにたりと笑った。敵兵のはずなのに敵兵に見えない兵士に、スメールはこくんとうなずいた。
「なんかようわからんが、ようわからん目に
「…………ああ」
「あんたら、腹、減ってるだろ」
「腹……」
その瞬間にきゅるるるるる、と締め付けられるような空腹感をスメールは覚えた。
「間に合わせですまんがな、荷車にはパンを
「ああ…………」
故郷という響きの
「俺たちはパンのお代わりを持ってくる。あとは頼んだぜ」
「ああ…………」
ほらよ、と兵士にパンを渡され、スメールは丸く焼かれた、自分の顔ほどの大きさのパンを手にしてそれを見つめた。パンから香る太陽の
「そうだな……帰らなければな……帰るためには、食わなければ……」
スメールはパンを配るべく、立ち上がった。彼がこの王都エルカリナの城壁外にいる兵士の中で、最初に立ち上がることのできたひとりだった。
◇ ◇ ◇
「うにゃ?」
地面にうつ
「あれ? あたし、なんでこんなところで寝てんの? って、みんなも寝てるし」
側ではスィルスィナが気をつけの姿勢でうつ伏せになり、寝息を立てていた。
「――我が双子の姉妹ながら、よくそんな姿勢で寝れるにゃー。と、他の人は?」
スィルスィナだけではない、その周囲にはエヴァ、ラシェット、アリーシャ、イェガー……その他の子供たち、
「あー、もー、よくわかんない……あいたた……頭痛がする……おーい、スィル、スィルってば」
双子の妹にクィルクィナは手を伸ばす。転がすと、眠っている時もその半目が閉じない顔が上を向いた。
「…………ああ、いけない、旦那様、それだけは、ご
「なにわけのわかんない寝ぼけ方してんの。ほら、起きて起きて」
「…………」
数回の往復ビンタを両の
「……私の
「知らないよー、そんなの。それより寝てる人たち起こすよ。ああ、もうよだれ垂らしちゃって」
「なんじゃなんじゃ、いったいどうなっておるんじゃ」
人間の子供と犬獣人の子供に両脇を抱えられた幼い形態のアヤカシが、
「確かこう、真っ赤な炎の
「夢でも見てたんじゃないの? だって生きてんじゃん。なんにも
クィルクィナはぐるりと周囲を見渡した。小屋も畑もなにもかもが普通に建っている、
「……クィル、スィル……これは、いったいどうなって……」
「あああ、みんなおんなじこと聞く」
倒れていたエヴァやラシェット、アリーシャ、イェガーが意識を取り戻し、身を起こした。
「島をもの
「ラシェット、大丈夫……?」
「あ、ああ、平気だ、アリーシャ……よかった、俺はお前が死んだとばかり……」
「ラシェット……」
「アリーシャ……」
「あああ、いちゃつくのは夜になってから自分の部屋でしてよね。教育に悪いんだよ」
「……本当に、なにが、どうなった。よくわからない。みんな、生きているようだが……」
「おーい」
小屋と小屋との間から、小屋に手を着きながら
「うりゃ? ジャゴ
「いたら悪いかい、クィル。……ああ、あたしゃ今度こそ本当に死んだと思ったけれど、死神には嫌われているのかねぇ。また追い返された気がするよ……」
「お
「大丈夫だよ、ソフィア。あたしを年寄り扱いするんじゃないよ。まだあんたをいびるくらいの元気はあるんだから、心配しなくていいんだよ」
「
「うん、エメスの奥様。本当になんか本当にわかんないけど、みんな無事だよ。本当にどうなってんの」
「あ、あ、ああ…………」
島の全員が
「――ママぁ!?」
クィルクィナの大きな目が
「ウィルウィナ様!?」
「
島を守るためにその身を投げ出し、
「ママぁ! ママぁ!! なんで生きてんのぉ!?」
「わ、私が生きてたらなんか、
「……お母様、本当にお母様? ――質問、お母様のお気に入りの喫茶店は」
「ペ……ペーカー街弐弐壱ペーの『フローレシア・ハドスン』……」
「
スィルスィナは
「ウィルウィナ様、大丈夫ですか!? お
「あ……あああ、あああ……」
死んだかも知れない、という認識の集まりが、確実に死んだという認識しかないウィルウィナを取り巻く。そんな中でのエヴァの不安げな問いかけに、ウィルウィナははらはらと涙を流した。
「わ……私の、私の……」
「私の?」
「私の、夢で見ていた
ウィルウィナ以外の全員が、それぞれに顔を見合わせた。
「やっと最初の一人目、ニコルちゃん似の美少年を
「ああ、もうほっとこ」
おいおいと泣き始めたウィルウィナを無視して、クィルクィナは
「それより気になるのは、フィルおねーちゃんやニコルきゅん、リルルお嬢様にサフィーナお嬢様にロシュ、ついでにダージェだよ。王都に向かったままどうなったのか」
「……確かめればいい」
「どうやってさ? 島を出るための船がないんじゃん。『森妖精の王女号』はママが派手にぶっ
「船があるぞぅ――――!!」
見張り台に上ったひとりの島民が、
「沖合に『森妖精の王女号』が
「ふぁ――――――――!?」
その場に泣き崩れているウィルウィナひとりを残し、全員が浜に走った。何人かが
「えええっ!? 派手に爆発して、
「……死人が生き返るくらい」
「そんなことも
スィルスィナとエヴァが
「さ、これで王都に向かいましょうか」
「ママ!?」
「イェガーさん、だったかしら。あの船をここまで引っ張ってきてくださらない?」
「……わかった」
「さあ、ニコルちゃんやリルルちゃん、フィルちゃんたちの様子を確かめに行くわよ。王都の様子が気になる人たちは乗って乗って。――多分、大丈夫でしょ。そんな気がするわ、私」
周りが
◇ ◇ ◇
その少年の意識は、まだ闇に閉ざされていた。
当然だったかも知れない。
その少年こそは、この世界が再生される前、最後に死んだ存在だったからだ。
だから彼は、最後の最後に目覚めた。それだけの疲れがあった。
――ニコル様……ニコル様……。
「う…………う…………」
体を揺り動かしてくる気配に、少年は
「ニコル様……起きて……お願いです……起きてください……」
「う……う、う、うう……」
重い重い闇を払い
「ニ……ニコル様……!」
「あ…………」
ぼやけきった視界の中に、アメジスト色の
「――フィル…………?」
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