「反省会」
またもリルルの
まっすぐの
「んにゃあ――――!?」
女の子の悲鳴が上がったと同時に、学校の屋上の四方の景色が
「――またかぁっ!」
頭の上にあった晴れた空も消えていて、先ほど見た明るい照明がいくつも取り付けられている
「あーっ! また書き割り壊したの! リルルったらなんて乱暴なの! これだってまだ後で何回か使うの!」
「やかましい!」
隣に組まれていたのは、教室を
「それにニコルの人形も
「本当にやかましいのよ!」
リルルが
「またこんな! 安い作り物で私を
「リ、リルル、また
「――ふん!」
怒りに任せてエルカリナの
「また気に入らなかったの? どこがダメだったの?」
「ほぼ全部よっ!!」
リルルは
「うーん、難しいの……。でもリルル、こらえ性がないの。あそこからが面白くなるの。あなたはあの世界では誰も使えない魔法の力を手に入れて、なんでもできるようになるの。学校に押し入ってきた
「なんで二回続けてエヴァレーが私に嫌がらせする役になってるの!!」
「エヴァレーって、リルルにとってそういう相手じゃないの?」
「
「あいたぁ!」
リルルの怒りの鉄拳がエルカリナの頭を
「な、
「殴って悪いかぁ!」
二発目三発目が小さな頭に炸裂する。
「二度も三度も殴ったの! 誰からも殴られたことないのにぃ!」
「うるさい
山を引き
「スカッとするためにわざわざエヴァレーを悪役にでっち上げて、それで
「リルル…………」
「私とエヴァレーはぶつかり合って、傷つけ合って、心をぶつけ合って、それで相手のことを知ったのよ!! エヴァになったエヴァレーと私は、親友よ!! エヴァが……エヴァレーが死んでしまって、どれだけ私の心が
怒りが悲しみに変わっていく。リルルの涙の色が濃くなっていく。
「それに、ニコルもそう! ニコルはあんなに手が早い人じゃないの! 女の子に対しては、とっても奥手な人なの! 男の子としての
「だからそれは、話を早くしようと思ったの。リルルだってそっちの方がいいでしょ? いつまでもグズグズしているニコルよりは、スパッと切り出してくれるニコルの方がイライラしないで」
「
リルルの膝が崩れる。机に手をかけて、その場にうずくまった。
「……本当のニコルは、私と同じ日に生まれて、赤ん坊のころから一緒に育って、遊んで……砂場で私とした結婚の約束を、大事に大事にして、人生を
「だから、あなたが見せてくれたものはみんな偽物なのよ……。フィルだってエルフじゃなかった、サフィーナだって公爵令嬢じゃない……。人間は、小さな小さな記憶の部品を、ゆっくり、たくさん積み重ねてできているの……ひとつでも
三億年の間に
この体を軽くするには泣くしかないというように、その
「会いたい……。本物のみんなに、私のことを覚えてくれている会いたい……! もう、こんな
「ご……」
目の前で
「ごめんなさい……ごめんなさい、リルル。わたし、あなたを悲しませようとしたんじゃないの。ただ、あなたに喜んで、楽しんでほしいと思ってやったの。こんな、喜びと楽しさしかないような、あなたのための世界にあなたを連れて行ってあげられるって、教えてあげたかったの」
青みがかった銀の髪が床に触れるのも構わず、体を小さくして泣くリルルの頭をエルカリナは、壊れ物を
「ただそれだけなの。だから、リルル――」
「要らない! 要らないわ!! そんなの要らないのよ、私は!!」
エルカリナの手の中で、リルルが顔を見せた。涙に
「私が欲しいのは、私だけの世界じゃない!! 私とみんながいる世界よ!! そこで不幸であってもいい!
「リルル、怒らないで。わ……わたしも泣いちゃうの……」
リルルの心の熱に
「もうあっちに行って! 私にかまわないで! お願いだから、ほうっておいてちょうだい!!」
「わあああ……」
エルカリナの姿が消えた。同時に、今まで見えていた倉庫の内部のような景色も消える。
一瞬の
テーブルの上のティーパーティーの台が、今までがただの
「ああ、あ、あああ、ああ……!」
リルルはソファーに腰掛けたまま、また体を丸めて、頭を抱え込んだ。
「……ソ……ソフィアのママもいた……ローレルもいた……!!
異なる世界の、何気ない日常の場面。あの世界では本当になんでもない、当たり前の日々。
そこに当然のようにいた人々。コナスもウィルウィナも、二人ともリルルを、リルルたちを守るためにその身を、命を
「なんで、あんなに顔と声を似せるのよ……! 中身は違う別人だとわかっているのに、同じだと思ってしまうじゃないの……! うわ、ああ…………!!」
リルルは自分の体を折りたたむようにして泣いた。忘れかけていた――忘れたことにしておいた記憶が一気に色と熱を取り戻し、悲しみという熱を冷ますために汲み出す涙もまた熱い。
いつこの涙が止むのか、見通しも利かない涙を流して、リルルは永遠とも思える時を過ごした。
◇ ◇ ◇
どれだけの時間が
小さなテーブルと据えられた大きな
王都を
リルルはその太陽と月を目で追うのもやめていた。
ここではなにも変わらず、自分にはなにもすることがない。死ぬことすらできない。
それは、時が
ここから見下ろすフォーチュネット邸の庭は、手入れもしないのに少しも
世話が入れられないので
「私を守るために……コナス様も、ウィルウィナ様も、サフィーナやロシュちゃん、フィルやニコルまでもが身を投げ出してくれた……。この王都の
それは、自分を守ってくれた人々への裏切りになるとしか思えなかった。
「いつかこの身が
リルルは、安楽椅子の上で目を閉じた。
時間の経過は最早、なんの意味も持たない――。
「自殺はしたくはないけど、長生きもしたくない……早く終わればいいのに……なにもかも……」
「――リルル」
庭からの呼びかけに、リルルは目を開けた。反射的に椅子の上で体を
「リルル…………」
女神エルカリナが、仲のいい友達とケンカをしてしょぼくれたような女の子の、寂しさそのものの顔を見せて、そこにいた。
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