「百聞は一見にしかず、その四」
「次の授業のベクトラル先生は、
「あのデブ先公、遅刻かなんかかよ」
ウィルウィナ先生と入れ替わりに連絡が入ってきて、自由時間がやってきたことに教室がまた
そんな中、私の前の席のダージェが百八十度向きを変えてきた。
「なぁ、リルル」
「……なによ」
「おめー、エヴァレーに目ぇつけられてるんだろ? いい加減俺と付き合えよ。そしたらあんな奴、いつでも俺が追っ払ってやるよ」
「またその話? しっかし、あなたも不良のくせに遅刻も欠席もせず真面目に学校に通ってるのね」
「俺は
ダージェが
「別にいきなりカラダの関係になれっていってんじゃねえよ」
「いきなりじゃなくてもお
「俺だって順番って奴は
「嫌よ。あなたと文通なんてしているのが知れたら、
「まあまあ、そんなに
「気軽に肩を
「いいじゃねぇか、知らねえ仲でもないんだからよ――なんだ。
ダージェの声のトーンが変わる。
「ちょっといいかな、君」
横に目を向けると、微笑みを浮かべたニコルが立っていた。
「彼女が嫌がっているじゃないか。女性の
「ダメよ、ニコル君! そんな不良に関わっちゃ!」
「そのダージェは悪いのよ! 子供から
「しょっちゅう信号無視しているようなロクデナシは放っておいた方がいいわ!」
「るせぇ、女子ども!」
ダージェが席から立つ。そのままずい、と乗り出してニコルを上から
「おい、転校生。ちょっとツラがいいからって調子に乗ってんじゃねえよ。しばかれたいのか?」
「わかりやすいムーブですね。テンプレートに忠実で」
「単純なのよ。頭の中を
「……フィルにサフィーナ、ちょっとそれはダージェに言い過ぎじゃない?」
「ちょっと屋上で語り合おうや。ここでの
「面白そうだね」
ぽっと出てきた対決姿勢に、ざわざわざわ、と教室中がざわついた。
「じゃあ、リルルさん、このダージェ君と少し語り合ってきます」
「なんでこっちに声をかけるの。私は関係ないのよ……好きにしてきたら……」
「よし、お許しが出たぞ。ついてこい、色男」
「うん」
あちこちでひそひそと声が
「大丈夫かしら……ニコル君の
「問題はそっちではないのではないですか?」
「ああ、もう、心底どうでもいい……」
全くやる気が出ずに私は机でへたばり続ける。
――十分後、ドアが開いた。
ニコルが戻って来た。
「みなさん、お騒がせしました」
相変わらず微笑んでいるニコルがドアを閉める――後続はいなかった。
ニコルが席に着き、何故ダージェが戻って来ないのかを誰も聞けない中で、再びドアが開く。
歴史担当のベクトラル先生が、顔の
「やあやあやあ、遅れてすまないね、みんな」
早足で
「あれ? あの健康優良不良少年のダージェ君の姿が見えないね。全員出席と聞いていたけれど」
「――彼は階段から足を
ニコルが
「ホームルームで出席を取っていたのにかい? トイレにでも行ったのかな。いや、でもこの階のトイレを使えばいいわけだし――まあ、いいや。保健室に運ばれているのなら安心だろう。みんな、
ベクトラル先生は授業を始めた。私の視線は前の
「どうしたのかな、リルルさん」
「…………別に」
微笑むニコルの優しげにしか見えない顔に、私は
◇ ◇ ◇
昼休みの
「あー、もう、人生いやんなる……」
私は旧校舎の人気のない屋上でひとり、コッペパンをかじっていた。
「
味気ないコッペパンといちごオレ、これで昼食は全部。
「主も
「リルル」
ちゅるると最後のいちごオレを飲みきった私の目の前に、ニコルがいた。
立っているだけで様になる姿。そんな彼が、ひとりだけでそこにいた。
「は――――」
全然近づかれた気配を感じなかったことに、私は何度もぱちくりと
「……ここは立ち入り禁止のはずだけど」
「なら、何故君がここにいるんだい?」
「立ち入り禁止で、ひとりになれるから……」
「それはよかった」
ぞくり、と血が冷えた。反射的に
「ちょ……ちょっと待って?
「君が運命の人だから」
「うわあ……」
引いた。ドン引きした。いくらか常識人だと思っていたのに。
「危ない系の人間みたいね……人は見かけによらないものだわ……」
「君がそう反応するのも、仕方ないね。君は忘れているんだから」
「――は?」
忘れてる? なにを?
「これを見て」
す、とニコルが私の目の前に、手に持ったものを差し出した。
赤いフレームのメガネがあった。
「私、視力はいい方なんだけれ……ど……?」
どくん、と心臓が鳴った。何故か頭に血が上り、脈が早くなる。
知らないのに、覚えがあるメガネだった。
そんなつもりはないのに、手が伸びる。メガネを受け取ってしまっている。
「立って」
「うん…………」
何故か、心が逆らえない。いわれるがままに立ってしまう。
「かけてみて」
かけ
一瞬、真正面から自動車のハイビームをいきなり浴びたように、目の前が真っ白になった。
「わあっ!?」
光が収まった時、着慣れた制服はどこにもなかった。
代わりに私の体を、今までに着たこともないような薄桃色のドレス――セレブの女の人がパーティーにお出かけするにしても派手すぎる感じの――が
しかも、いつの間にか頭に
「な、なに、なにこれぇっ!?」
「それは君のドレスだよ、
ニコルが、
「リ……リロ、リロット…………?」
「やっと見つけた。色んな学校を転校に転校して探して、だいぶ時間がかかった。でも、いつかは見つけられると思っていた。久しぶりだね、リロット」
「ちょ――ちょ、ちょちょちょちょ!? 待って待って! そのリロットっていうのはなんなの!? というよりこのドレスはどういう仕組みになってるの!?」
「リロット。魔法少女リロット。それが君が持っていて忘れていたもう一つの顔と名前だよ」
「魔法少女ぉ!? マンガやアニメじゃありきたりだけど、なんで私がそんなのなの!?」
「これは君が持つ正統な姿で、力なんだよ。君が嫌なもの、君が許せないものと戦うためのものなんだ。そして、僕はそんな君に仕える
「ニ――ニ、ニコル君?」
「ニコルと呼んでほしい。僕も君のことをリルルと呼び、リロットと呼ぶよ」
「うわあ」
ニコルの手が私の腰に回って抱き寄せてくる。ぴたり、と私とニコルの胸が着く。
鼻と鼻の間は、指の
「あわ――あわ、あわあわあわ」
体の力と
「ちょ、ちょっと近すぎ! 近すぎる! せめて、あと百歩距離を取って!」
「君の力の復活と解放は、僕とのキスで
「だ、だから」
逃げようにも腰に手が回されていて、離れられない。ニコルが近づいた分、背を
「――だから、ねぇ……」
ニコルが支えているから倒れていないほどに
「――だから、そうじゃないんだって、いっているでしょうがぁ――――――――ぁぁっ!!」
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