「百聞は一見にしかず、その三」

 がっ、つぅん!!


「あいたぁ――――――――!!」


 ものすご衝撃しょうげきが頭の右前方にぶつかった。目の中でたくさんの星が爆発し、一瞬、意識の全部が真っ白になってなにも見えなくなった。


「あっ!」


 私が|道の脇にね飛んだのと同時に、ぶつかった男の子の方は頭の左前方を押さえてその場に倒れる。

 完全に出会いがしら衝突しょうとつだった。


「いた、いたた、いたたたぁ――! あ、頭が割れてるぅ――!?」

「し、失礼しました、お嬢さん。これは、とんだご無礼を――」


 その場でしりもちを着いた私の、目の前のチカチカがようやく消えた。十歩先でひざを着いている男の子の姿――私の学校のものじゃない制服姿――が見え、次に、その顔があかくなって九十度横を向いたのを見た。

 あせりとれが入り混じった表情に予感が来て、私は投げ出された自分の脚、というより膝を見た。


「あ」


 四十五度は開いていた。


「きゃあっ!」


 反射的に膝を閉じる。完全にめくれていたスカートをかぶせる。


「み、み、みみみ、見たでしょ!?」

「み、見てません! 青と白のストライプなんか見てません!」

「みっ……!」


 正解が男の子の口から出たことにかっと血がのぼって、頭が完全にバグった。


「見てるじゃない! ちゃんと女の子の…………をまじまじと! ヘンタイ! のぞき魔ぁ!」

「見たんじゃありません! 見えたんです! 信じてください!」

「同じことでしょ!? さ、裁判所に突きだしてやるわ! く、くさいご飯を食べさせてあげるから!」

「そんな! つつしんで謝罪します! ですからご容赦ようしゃください!」


 きーん、こーん、かーん、こーん……。


「わあっ!? 予鈴よれいが鳴ってるぅ――――!!」

「あ……お嬢さん、あなたは……」

「じ、時間がないから今回は許してあげるわ! つ、つつつ、次に会ったら承知しょうちしないから!!」


 スピード違反いはんをしていた自分が悪いのはわかりきってるけど、いまさら謝るモードにも切り替えられなくて、考えるよりもただただ早く口から言葉が出る。


「その制服、他の学校の生徒でしょ! なんでこんな所にいるのか知らないけど、真面目な顔して学校に行ってないとか不良ね!」


 私は立ち上がった。スカートについたゴミを払う間も、惜しい!


ちがうんです、待って、僕の話を――」


 男の子はなんか答えたようだけど、それを構っているひまなんかない!


「さよなら! もう会わないと思うけど!」


 言い捨て、頭を押さえながら私は走った。塀を越えられるポイントまで、あと少し。



   ◇   ◇   ◇



「――リルル、あなたがズルをしようとする場所なんてわかってるのよ!」

「わきゃ!」


 塀の上にかけた足がつるりとすべって、体育館裏の土の上におしりがどん! と落ちた。


「正門を使わずに遅刻破りとか、リルルのくせに度胸どきょうがあるじゃないの!」

「エ、エヴァレー…………」


 人気のない体育館裏、五人の女子生徒が私をかこんでる。打ち付けたおしりが痛かった。


風紀ふうき委員長のわたくしの目をかいくぐろうなんて、リルルには百年早いわ! この不良生徒!」

「お、お願い、エヴァレー、見逃みのがして」

「見逃すわけないでしょう! ――チェック表!」


 取り巻きから渡されたノートに、エヴァレーは赤いペンでなにかを書き込んだ。


「リルル! 今日の遅刻であなたは堂々ブラックリスト入りよ! 内申点ないしんてん崩壊ほうかいするのを覚悟かくごしておくのね!」

「えええ~~~~!! やだぁ!!」

「やだぁ、じゃないわよ!」


 ばたん! と音を立ててノートが閉じられる。


「これでもうあなたの進学の道は閉ざされたわ! 高校一年で大したものね!」

「そんなぁ!」

「毎日毎日遅刻をり返すあなたの自業自得じごうじとくよ! 自分の馬鹿さ加減かげんいなさいな!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃ――――ん!!」



   ◇   ◇   ◇



「……と、いうわけで、めでたくリルルは就職しゅうしょくコース確定となったわけですか……」


 机に突っしていた私に、右隣の席のフィルのため息じりの声が聞こえて来た。


「自業自得ですね」

「もう少し友達をいたわってよ! いいもん! どうせ進学なんか最初からしないつもりだし!」

「リルルのお寝坊ねぼうを治せたら、ノーベル平和賞がもらえるわね?」

「そこはせめて医学賞でしょ!」

「どのみち歴史に名が残るわよ」


 左隣の席のサフィーナの何故か嬉しそうな声も聞こえる。

 ホームルームの開始は少し遅れていた。クラスメートはだいたい席についてはいるものの、休み時間のようにさわがしい。


「今度から宿直室しゅくちょくしつで生活したらどうですか。絶対遅刻しませんよ」

「無駄無駄。それでも遅刻するのがリルルなのよ」

「あ――――!! もう!! エヴァレーったら私を目のかたきにしていて、ムカつく――!!」

「静かにしてください。もうすぐあの巨乳がやって来ますよ」

「ホームルームの時間よ――!!」


 やたら元気な声が響き渡る。胸元深くまで切れ込みが入ったスーツと、ほとんど脚の付け根まで切れ込みが入ったミニスカート姿のウィルウィナ先生が入ってきて、出席簿を教卓きょうたくにバン! とたたきつけた。


「ひぃふぅみぃよ! よ――し!! だいたい出席してるわね!」

「相変わらずアバウトな出席確認ね」

「きっと頭の栄養が全部胸に回ってるんですよ」


 私は声を出す元気もない。あごを机に乗せて、干涸ひからびてびた猫のようになっていた。


「喜べ、女子ども――――!!」


 人生が全部丸ごと楽しそうな顔で、ウィルウィナ先生が教卓を両手で叩いた。


「今日はとっておきの、美少年転校生を紹介するわよ――!!」

「んあ?」


 きゃっ、と黄色い声が教室の半分から上がり、私の目が上がった。


「それではご登場願うわ。いらっしゃい! ニコル・美少年・アーダディス君!!」

「入ります」


 教室の入口からスッと入ってきたその影に、私は目をくようにして開けていた。

 言葉が詰まって、まばたきができなかった。

 固まっている私の視界の中で、その美少年・・・が背筋を伸ばした姿勢で教壇きょうだんに上がった。


「ただいまご紹介に預かりました、ニコル・アーダディスです。本日より、みなさんと同じ学びで勉学させていただくことになりました。ニコル、と親しく呼んでいただければ嬉しいです。制服の用意が間に合わなかったので、前の学校の制服のままですが。どうか、よろしくお願いいたします」

「きゃああああ~~~~~~~~!!」


 ぺこり、と腰が直角に折れると同時に、クラスの半分が熱狂ねっきょうした。


「可愛い~~!! 女の子みたい!! 女の子より可愛い!!」

「質問! 彼女はいますか!? お兄さんは!? 弟さんもいますか!?」

「ああ……生きていてよかった……」

「お願いです、月に十万払いますから私にわれてください!!」

「すごいことになってますね」

「ウィルウィナ先生ったらニヤニヤして、こうなってるのを心底楽しんでるんだわ」


 大歓声だいかんせいうずの中で、フィルとサフィーナがささやき合っている。


「あのおっぱいのたくらみそうなことです」

「お祭り好きな先生だものね――」


 そんな、中。


「あああああああああああ――――――――!!」


 考えるよりも先に私はさけんで、立ち上がった。立ち上がるしかなかった。


「あなた、さっきのパンツのぞき魔ぁ――――!!」

「あっ」


 間違まちがえるはずない。金色の髪、別学校の制服、そしてまだうっすらと赤くなっている、さっきぶつけ合ったおでこの薄いれ――!


「ああ……あなたは……!」


 美少年――ニコルも私の顔を見ておどろいていた。


「ええっ!? パンツのぞき魔!?」

「そんな……可哀想かわいそう……そんなこと許されないわ!!」

「リルルのパンツを見せられるなんて、なんてひどいことを!!」

「私の方が被害者なのよっ!!」

「誤解です! 不幸な事故だったんです!」

「なんだ、不幸な事故か」

「なんで一瞬で誤解が解けるのよ! 誤解だけど! もうちょっと引っ張りなさいよ! 私の立場がないじゃないのっ!」

「ニコル君可哀想……リルルのダサいパンツなんか見せられて……あとで口直し……じゃなくて目直しさせてあげるね……」

「うがぁ~~~~~~!!」

「はいはい、リルルえないで吠えないで。ますますモテなくなっちゃうわよ」

「大人しくあめでもめててください」

「ふがっ!」


 しゅっ! とフィルが投げた飴が口の中に入り込む。


「むむむむむむむむ(あんたたち、あとで覚えてなさいよ)!!」

「はいはい、いってることわからない」

「さて、注目のニコル君の席はどこにしようかしら! 難問なんもんよねこれは!」


 組んだ腕で大きなおっぱいを支えているウィルウィナ先生が、ニヤリと笑った。


「いつも思うんだけど、よくあの深いスリットのスーツやスカートで下着が見えないものね?」

「着けてなくて穿いてないとかいううわさですよ」


 横でまた囁き合っているサフィーナとフィルの声を聞きながら、私は生きる気力をなくしていた。

 もう、どうでもいい……。


「先生、ここ! ここがいてます!」

「うがぁ!」


 サフィーナの後ろに座っていた男子生徒が、隣の女子生徒にり落とされた。


「おい! 俺の机だぞここは!」

「知ってるわよ! だから蹴り落としたんでしょ! あんたみたいな顔面偏差値へんさち低すぎて計測不能な人間は教室の隅で地べたに教科書とノートを広げていればいいのよ! それが嫌ならどこかからかつくえ椅子いすを持ってきなさいな!」

「ひでぇ!」

「じゃあ決まりね! ニコル君はそこに座って!」

「わかりました、先生」

「あー、一応念のためにいっておくけれど、学校の中では不純異性交渉はしないこと! 先生もまだクビになりたくないからね! 学校外なら大いにやってよし! くれぐれも避妊ひにんだけは忘れるなー! イエスえっち! ノー妊娠にんしん! 以上!!」


 いいたいことをいいたいだけいったウィルウィナ先生は、スカートの下のくっきりと浮かんだおしりを振りながら盛大ハミングを振りまきながら出ていった。


「頭ん中くさってるんじゃないですか、あのおっぱいお化けは」

「もう夏も近いしね」

「…………うー……(飴舐め中)」

「――リルルさん、ですね?」


 私の視界に、影が差した。

 口の中の飴をくだいて、その影のぬしに目を向ける。

 金色の美少年転校生がいた。


「……なによ!」

「先ほどは本当に失礼しました。是非ぜひともおびを――」

「お詫びなら何回も受けたわよ! もう私に話しかけないで! そうしたら許してあげる!」

「では、またのちほど」


 ニコルが席に着く。その途端にあっという間に周囲の女の子のターゲットにされていた。ほとんどアリにたかられる砂糖といっしょだった。


「あれれ~~え? リルル、なんか気になる雰囲気ふんいきじゃない~? 恋? これはラブなのかしら?」

「あのださ・・パンツで誘惑ゆうわくしたんですか?」

「してないっ!!」


 私は大判の教科書を広げ、頭からかぶって再び突っした。

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