「お友達のご訪問」
この世界は、リルルだけが存在する世界のはずだった。
その、たったひとり生き残った人間の屋敷の
胸に渦巻く
「あ…………!?」
押し開けた玄関の扉を手で支えたまま、リルルは口を開けて硬直した。目の前にいる者が誰かを一瞬で理解して、絶句していた。
「お
金色の女の子がいた。
リルルの目の中でアイスブルーの
「ごめんなさい、門は勝手にくぐらせてもらったの。こういう時、門番がいないと不便? ……リルル、どうしたの? ぽかーんとしたまま
「エ……エ…………」
「馬車はここに
大きく開いた口の中で回らない
「後ろの荷台から
二体の青白い色をした、
「お友達の家に訪問する時に、手ぶらじゃ失礼になるの。わたし、お友達の家に遊びに来るのって初めてなの。あ、お湯の用意だけお願いできるの?
「あ……あ、あ……」
「あれ? よっぽどびっくりしたの? わたしともう二度と会わないと思ってたの?」
「エ……エルカリナ様……」
「敬語禁止なの」
人差し指を口の前で立てて、金色の女の子――女神エルカリナは
「エル、でいいっていったの。あんまり久しぶりで忘れちゃったの?」
◇ ◇ ◇
フォーチュネット邸の間取りがわかっているのか、エルカリナはリルルを
女神の背中と、
「ふんふんふんふんふーん」
ほとんど自分の部屋に入る気軽さでエルカリナがリルルの
「ここまででいいの。あなたたちは馬車で待ってなさいなの」
台車をテーブルの隣に横付けし、ゴーレムたちは礼もせずに部屋を出て行った。
「リルル、早くお湯をお願いなの」
「あ、は――――わ、わかったわ……」
「あっつあつでなの」
いわれるがままにリルルは給湯室に入り、
水が
念のためにコップにその水を注ぎ、ほんの少しを口に
「そっか……ニコルとフィルの体が無事だものね。水も
複雑な思いに
「女神は……エルカリナは、なんで私の所に来たのかしら……。しかも
リルルはそこまで口にして、気づいた。
今頃――その『今』が、何年の何月何日に当たるのか、全く
◇ ◇ ◇
「じゃーん、なの」
お湯のポットを
蓋の中から現れたのは、お
下の段には色取り取りのマカロン、中段には小さめのケーキ、上段には香ばしく焼かれたクッキーが行儀良く並べられている。
「さ、お茶にするの。このお菓子は美味しいの。あ、リルル、お腹は平気だったでしょ?」
「お腹……お
「うん。リルルがお腹を減らして死なないよう、この王都の時間は止めてあるの」
「え……!? じゃあ、私が全然
「そなの」
年少の女の子らしい食い意地の張り方で、お茶の用意がまだできていないのにエルカリナはクッキーの一枚に手を
「サクサクしてて美味しいの」
「美味しい、じゃなくて、どうしてそんなことを……」
「だって、そうしないと準備が間に合わないの。準備が終わるまでにあなたが自殺しないように
「あ……暗示? それに準備って?」
「うん、準備なの。――
「はっ…………」
「は……早過ぎるんじゃない?
「なにをいってるの?」
エルカリナはポットからカップに紅茶を注ぎながら、いった。
「もう、三億年も経ったの」
「――――――――」
リルルの心が、空白になった。その表情も同じく空白になった。
「時間の経過を感じなかったの? もうそんなに長い時間が経っているの」
「う…………嘘…………」
落ち着こうとリルルはカップを皿ごと手にして、自分の前に引き寄せる。しかし止められない手の震えがカップをカタカタと鳴らした。小さく口を開けていなければ、奥歯と奥歯が小さく打ち鳴ったことだろう。
「嘘じゃないの。ほら」
エルカリナが紅茶を口に含んだのと同時に、広いテーブルの全面が――いや、床を
リルルは自分の足の裏が触れているものの像をのぞき込んで、その目を見開かせた。
「は、う、あ、あ――――」
鮮やかな緑色と濃い土色、そして美しい青色に輝く地上。
あの日に炎の矢を撃ち込まれる以前の星の姿が、リルルの目を閉じなくさせていた。
「時間はかかったけれど、地上はなんとか元の環境に戻ったの。天界と魔界の構築はしてないけれど、次の世界にそれを作るべきかどうかは、考え中なの」
「あ、ああ…………」
これは真の像なのか、それとも
「さ……三億年……? わ、私、確かに時間の感覚も忘れて、じっとしていたわ……」
カップの取っ手に指をかけようとしても、力が入らない。カタカタカタ、と無様な音を鳴らすことしかできないことに、リルルは手を引っ込めた。お菓子に手を伸ばす気力もなかった。
「で、でも、でもね……さ、三億年よ……? 確かに、私、うっかり百年を寝過ごしたわ……。でも、それから私、寝なかったのよ……ずっと起きていたわ……」
「それだけ心が停まっていたということなの。で、ここからが本題なわけなの」
やはりそれほど
「リルル。あなたにはとっても気の毒なことをしたと思ってるの。家族も友達も知人も失って、最後のひとりになってしまって、本当に
「ええ……そうね……」
リルルの心は、自分で思っていたほどにはざわめかなかった。悲しくなることもできないのが、気持ちを苦しくさせた。
「わたし、わかるの。今のあなたの心はとっても傷ついて、疲れてるの。本当に
「そんな…………」
リルルは、ようやくカップの取っ手を持つことができた。それを口に運ぼうとカップを持ち上げるが、その軽さに自分が茶を注いでいないことにようやく気づいた。
「――だからなの」
裏返るかのようにエルカリナの声が明るくなった。今まで
エルカリナがとんでもないことをいい出したのは、この瞬間からだった。
「リルル、あなた――転生する気はないの?」
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