「お寝坊のリルル」
細く長く、薄暗い通路を
「――ぅ、ぁ――」
リルルは、暗い寝室で目覚めた。
なんの刺激によるものでもなく、寝るに寝飽きたからといった目覚めの感触だった。
眠りすぎて頭が働かず、自分が目覚めたという感触もすぐにはなかった。
眠りの途中で目だけが開いてしまったような感覚が、ずいぶんと長い間続いた。
「今……何時……」
壁の時計を見ようとしたが暗くて見えず、リルルは
「あれ…………」
時計の
「そういえば、寝る前から止まっていたかも知れないわ……。しばらく
はあ、と息を
「なんてお馬鹿なのかしら、私は……。ニコルとフィルの
回転の
「寒くもないし暑くもないけれど、三日間は安置できないでしょうね……せめて
しなければならないことを自分にいい聞かせながら、リルルは
時計の秒針は動いていた――五百四十四年、十二月三十一日、二十三時五十九分。
「――えっと……確か、私、これが二月の一日に切り替わるのを確認したのよね……」
記録を取っておけばよかった、と思いながらリルルは頭を押さえて思い出す。
「ああ……丸一日を寝てしまったんだわ……。半日でも長いくらいだっていうのに、私ったらなんてお
頭を
。一分間の空白が意識に空いて、ぞくりとする
冷や
何度も何度も、何度も検算したが、結果は同じだった。
「――――
悲鳴が出た。出るしかなかった。
「じゅ、じゅ、十一ヶ月も眠っていたっていうわけええええ!? う、ううう、
その混乱したリルルに、
秒針が真上に戻り、年月日の表示が回る――数字の列が、五百四十五年一月一日に変わった。
「壊れてないいいいいいいいいいいいい!!」
リルルの声が引きつった。ついでに心臓も少し引きつった。
「違う! 違う違う違う!! わ、わわわ、私が眠っていたのは一年間じゃないわ!! ひゃ……ひゃ、ひゃ、ひゃくっ、けほっ、こほっ、こほっ……ひゃ……百年間よオオオオオオ!!」
◇ ◇ ◇
リルルは走った。弾かれるような速度で走った。
ほとんど引きちぎるような勢いで執務室の扉を開け、体を
百年間を放置した遺体がどうなっているのか、という予想が頭に
ノブがひしゃげるのではないかという力をかけて握っているのに、それを一度の角度にも
「ニ――ニ、ニ、ニコル――!!」
「ニ――――――――…………コ……ル……?」
ニコルが、眠っていた。
――リルルがこの寝台に寝かせたのと、なんら変わらない姿で。
「え……あ、え、ええ…………?」
どく、どく、どくと弾んで
死人の色をしていたが、ニコルは少年らしい
恐る恐る顔を近づけてみたが、
「ど……ど、どうなってるの?」
とって返すようにして、物置同然のメイド部屋にリルルは急ぎ、その戸を開けて中に入る。ランプを
「あ――――――――」
フィルフィナも同様だった。
リルルが横たえた時と少しも変わらない顔をして、頭の下に
◇ ◇ ◇
洗面台の鏡の前に立って、リルルは自分と
「いったい……これは……」
どう見ても十七歳以上には見えない少女のリルルの顔が、冷たい鏡の面に
◇ ◇ ◇
その後に行った『実験』でリルルは、次のことを知った。
ひとつ、時計は
これは眠らずに時計の前に三日間
時計の分針も時針もちゃんと時計回りの方向に動いたし、月日の表示板も
ふたつ、ニコルとフィルフィナの
三日間を放置してみて、二人の遺体に
まるで二人は息と心臓を含めた全ての動きを止めた状態で、生きているようだった。
みっつ、自分が空腹はおろか、
眠りの間に百年間が経過していれば、とっくの昔に自分自身が
三日間の
飲まず食わずで通せるのだから、
体が
呼吸だけは繰り返されていて、そのための酸素は必要なように思えたが、それを止めて実態を確かめる気分にはなれなかった。息をせずに生きていられるという状態がまるで、死にながら生きているようだと思えたからだ。
「……まるで、
時の経過によっても自分が
「……と、いうことは……つまり……」
七十二時間以上を連続で起きているのに、眠気が来ない。百年も眠っていたからそれも当然かも知れない。生理的な感覚が狂いに
「……私は、この世界に、たったひとりで、永遠に生き続けるということ…………?」
自室の寝台にへたり込み、冷たく明るい太陽の光に全身を
絶望的な認識だった。
「……嘘でしょう?」
◇ ◇ ◇
リルルは屋敷を出、ひとり、王都を
百年が経過しているはずの王都は、王城と屋敷を何度か往復した時と、まるでなにも変わっていなかった。
その体と
風のひとつもそよがないこの世界では、風化というものがありえないのか、時計は進むというのに、時間は
時を
それでなにかが動き出す、わずかな期待を込めて歩いた。数日、数十日、数百日を
結果は、無駄だった。
なにかが起きたり、始まったり、終わることはなかった。
ただ、停止が続くだけだった。リルルの心が
やがてリルルは、外を歩くことをやめた。屋敷に戻って自分の寝室にこもり、寝台の上で
ニコルとフィルフィナを
あの一度の眠り以来、眠気は訪れなかった。
窓から差し込む光の角度が変わるだけの部屋の中でリルルは膝を抱え続け、仮面のような無表情に顔を固めて、
寝室から、いや、寝台からすら一歩も離れず、一切の
そんな時間が、いったいどれだけ流れたのか。
全ての感覚が
時の動きを告げる音が、鳴り響いた。
リン、ゴーン…………。
「――――――――えっ?」
長い長い間、一言の音すら鳴らすことのなかったリルルの喉が空気を震わせ、ほとんど
リン、ゴーン…………。
「え、え、え、え……ええっ?」
リルルの心が
当然だろう。
その呼び
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