「おかえりなさい、わたし」
リルルは、その『女神』を目の前にして、立ち
女神エルカリナは世界を
――そんな話の、はずだった。
『こ…………こ、この
どう見ても普通の――
背中まで
のぞいている手、
その全部を何度も見、確かめて、リルルは開いていた口をようやく動かすことができた。
世界を創るなどとんでもない――まだおままごとも卒業できないかも知れないような、本当に幼い女の子だ。
「あなたが……女神、エルカリナ様……」
「あー、もう、やめてなの」
「わたし、普通の女の子なの。女神なんて
寝台の端に投げ出した短い脚がぱたぱたぱた、と派手に振られた。
「別に、壊したくて壊してるんじゃないの。みんな、目が覚めたら夢は壊れちゃう。夢って、そんなもの」
「それは…………」
「もうひどい夢だったの。こんなに嫌な思いしたの久しぶりなの。わたしがもうすぐ目覚めるからって、こんな無茶なことして。悪夢を見る時いつも泣くけど、悲鳴を上げて泣き
「ごめんなさい……」
「別にあなたが謝らなくていいの、リルル」
にこ、と女神は
「あなたはとても、とても
「
リルルの胸がきつく
「ああ、ごめんなさいなの。悲しくなっちゃったの? ごめんね、ごめんね。ほら、泣かない、泣かない」
「つらかったの。とてもつらかったの。全部、見ていたの。あなたが心を傷つけられながら、それでもがんばって進んで行くのを。目が覚めてしまってからも見ていたの」
リルルがしゃくりあげるのが止まったのを確認し、エルカリナは寝台の上にまた腰掛けた。
「わたし、あなたたちを応援していたの。がんばって、がんばって、って。サフィーナ、とても
「ええ……ええ……」
「ああ、また泣いちゃった。ごめんね、ごめんね。もうこの話、しない方がいい?」
また慌てて寝台から降りたエルカリナに涙を
「あなたをいじめるために呼んだんじゃないの。わたし、他のひととおしゃべりするの、本当に久しぶりなの。前に誰かと話したかどうか、もう忘れちゃったくらいなの。もしかしたら初めてかも知れないの。わたし、もう生まれてから本当に長いから。一億年とか、十億年じゃ
「そんなに……?」
「宇宙が先か、わたしが先か、わからないくらいなの。その宇宙だって、いくつもいくつもあるんだけれど。それこそ星の数くらいに宇宙があるの。知ってた?」
リルルはまたも首を横に振った。想像が追いつくとは思えない話だった。
「エルカリナ様……」
「あー、様もやめてほしいの。エルちゃんでいいから、エルカちゃん? エルカリちゃん? いや、エルちゃんの響きの方がいいの。ひとに名前を呼ばれるのって。わたし嬉しいの」
「エルちゃん……エル……」
「呼びやすいように呼んでほしいの。名前はあることに意義があるの」
にこにこ、とエルカリナは笑った。
「ああ、でも、本当に今回はひどかったの。もう世界はめちゃくちゃ。壊れても再生しやすいように色々安全装置を作っていたのに、全部それも2壊れちゃったの。天界も魔界もエルフもそのためにあったのに」
「こんなになっちゃったら、冷めるのにすごく時間がかかりそうなの。しばらくは無理そうなの」
「また……世界を作るのですか……?」
「敬語禁止なの」
「……また、世界を作るの……?」
「うん。わたしはまた眠るの。眠ると夢を見て、世界ができるの。でも、こんな様子じゃ眠ったところで一瞬で悪夢なの。しばらくは起きるの」
その『しばらく』というのがどれくらいの長さをいうのか、リルルには想像できない。一万年か、百万年か、それとも一億年か。
「眠ったら夢を見、見た夢が世界になるの。なんでこういう仕組みになったのか、わたしが知りたいくらいなの。でも、ひとりはそういう役目が必要だったのかも……。すべてのものには、意味があると思っているの」
たっ、とエルカリナは寝台から降りた。お昼寝の時間が終わった女の子といった風に。
「リルル、あなたとお話しできて、楽しかったの。わたしは
「あっ、あの!」
背中を見せたエルカリナに、リルルは食い下がった。
「お願い!! あなた、女神と呼ばれるだけの力を持っているんでしょ!? だったら、死んだ人たちを生き返らせることだって!! あなたの力で、死んでしまった人たちを
「うーん……」
エルカリナは振り返った。
「リルル、ごめんなさい。わたしにはできない仕事なの。わたしにはそこまでの力はないの」
「そんな……どうしても……?」
「わたしには、無理なの。――リルル、あなたの力になんにもなれなくて、本当にごめんなさいなの」
口元は笑いながら、しかしその目元に
「じゃあね、リルル」
「待って!!」
少女の肩をつかもうとしたリルルの手が、
あとは
「ああ…………」
その場に
「みんな……ごめん、ごめんね……ごめんなさい……。私、本当になんにもできないわ……」
両肩を冷え切った手が抱いてくるような寒気に
「私……本当にひとりぼっち……もう、抱きしめてくれる人もいないんだわ……」
――心にみんなが住んでいる、とはいっても、この肌の震えを止めてくれる手は、もうない。
今日の最後の涙を
悲しみは、涙でしか洗い流せない――そんな言葉を以前に聞いたと思ったが、それが誰がいった言葉であるのか、リルルにはとうとう思い出せなかった。
◇ ◇ ◇
太陽の光が差す夜空という
早くニコルやフィルフィナの
熱くはないが、直射してきて
それがなにを
王都エルカリナは巨大な墓場だった。
建ち並ぶ建物の全てが
それでいて道には、人がいた
その中でリルルの心を特に揺さぶったものが、ひとつあった。
「サフィーナ……!」
サフィーナはここで体を、
「サフィーナ……ここで、私たちを守ろうとがんばってくれたのね……。ありがとう……」
サフィネルの色のドレスを抱き締め、締め付けられる胸のざわめきにリルルは体の
「……よかった。あなたを連れ帰ることができるわ。あなたのお墓も建てなくっちゃならないもの。全く
腕の中で、サフィーナの肌の匂いが香った気がした。背中を守り合って戦った相棒の明るい笑顔を思い出し、リルルは体から外れそうになるような心の震動に、体を固くしてじっと耐えた。
◇ ◇ ◇
王城から屋敷まで、八カロメルトの距離。その長さをリルルは三時間をかけてゆっくりと歩いた。途中の大運河に
リルルが歩く王都の中央区域は、ほぼ
「あぁ…………」
サフィーナの
フォーチュネット邸が、リルルの記憶の姿、まったく同じ姿でそこにあってくれた。
「ただいま……」
もう、涙は流れなかった。代わりに想いが、心が涙のように
「ただいま、
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