「第05話 ひとりぼっちのリルル」
「会いたかったわ、わたしのリルル」
――何分、何十分、何時間、リルルはそのバルコニーの真ん中でうずくまっていただろうか。
国王は、倒した。それがリルルがここに来た最大の目的だったはずだ。
ヴィザードはもう二度とこの世界に
リルルは、勝ったのだ。
なのに。
「…………私は…………」
勝利がもたらす喜びも、
ちっぽけな人の身では深さを測ることのできない暗闇の宇宙を背にして、リルルはうずくまり続ける。太陽や月や星々がただ角度を変えるだけのこの空間では、時刻も日付の変化も、その区切りの
ただ、長い時間を消費して、リルルはふらと立ち上がった。
バルコニーの手すりをつかみ、
エルカリナ城の最上層のバルコニー。城を
その高所からは、宇宙に浮かぶ王都の
「ああ…………」
真っ赤に溶けた地上が、星の丸みに
海も陸もない。世界は燃える巨大な球となって、その発せられる熱でこの王都を支えるように
「もう、人ひとりも……魚一匹も、虫の一匹も、細菌だって生き残れない……炎の星だわ……」
バルコニーの手すりをつかんだまま、リルルは静かに涙した。あの
浮かぶ王都は、炎が炎を呼んで燃え続ける星に沿い、ゆっくりと流れ続ける。いつまでも、いつまでも離れはしないというように。
『――リルル』
閉じた
『――リルル、おいで……』
「これ……は……」
下――足元から心に響いて来た『声』にリルルは涙を
もう、この王都に生きている者は、リルルひとり。
そんなリルルに呼びかける者がいるとしたら、ひとりしか思いつかなかった。
「……わかったわ。今、行きます」
しがみつくように強く握っていた手すりから、リルルは手を離した。もう自分にするべきことはそう、残っていない。ニコルとフィルフィナの
だから、やるべきことが増えるのは嬉しかった。やるべきことがないと、人生はつまらない。
◇ ◇ ◇
一階に下りたリルルは、目的地に向かうより優先するべきことを優先した。そのため、いったん城を出た。
「――フィル……」
丘に
もう、流すべき血を全て流し切ったフィルフィナの体は、
それでも、フィルフィナの死に顔は
リルルはそのフィルを抱いたまま階段を上がって城に戻り、大ホールの
「ニコル…………」
隣り合わせで二脚並んでいる長椅子のひとつに、フィルフィナの体を横たえる。メイド服も白いエプロンも血で汚したフィルフィナの格好をどうにかしてあげたかったが、リルルには手段がなかった。その両手をお腹の上で組ませてあげ、リルルは側で両
「ふたりとも、ありがとう。あなたたちのおかげで、私は無事だった。あなたたちが
亡骸にすがりつくことすらできないふたりの家族を想って、またもリルルの目から涙が
「……ここで少し、待っていて。用事を済ませたら、戻ってくるわ。そうしたら、屋敷に戻りましょう。三人で暮らした、フォーチュネットの屋敷に……。あの屋敷があるだけ、戻れるところがあるだけ、私たちは幸せなのかもね……」
物言わぬ白い顔の、もう白くなっているふたりの
「行ってきます。――女神エルカリナに、会ってくるわ」
◇ ◇ ◇
リルルは迷わなかった。バルコニーで聞いた呼びかけが、全ての進路を教えてくれていた。
エルカリナ城の深い地下につながる
一度だけこの階段は下ったことがある――去年の春に起こった『竜の事件』、あの時以来の
完全武装の兵士が十人は横に並べるほどに広い階段を、ぐるぐる、ぐるぐると下りていく。
自分が何段、何十段、何百段を下りたのか、感覚がなくなり始めてきた
「ここか……」
四方は百メルト、高さは優に十メルトほどはある空間だ。
空間の
「
「――――」
リルルの足元、
光が上から下に走り直方体を
光る直方体の光る内部――光る
「……これは、以前はなかったわね」
ふふ、とひとつ笑ってリルルは、足を
扉が閉じ、リルルを光の中に閉じ込める。
そして、降下が――長い降下が、始まった。
◇ ◇ ◇
高速であるはずだが数分にも
停止から
「うわあっ……!」
リルルは腕をかざして光を防いだ。反射的にそうしてしまうほどの、目に刺さるような色取り取りの輝きだった。
ルビー、サファイヤ、トパーズ、ガーネット、エメラルド、ペリドット、タンザナイト、ラピスラズリ、アクアマリン、アパタイト、ターコイズ、アメジスト、パール、オニキス、黒真珠。
それ以外にもあったかも知れぬ、それだけの
「宝石の……お花畑…………!?」
目が落ち着くまで数分を
地上に存在した宝石の全部の量を
こんな
「これは……
視界の全てから押し寄せる
自分が進んでいるのかどうか
「あ…………」
全部が白銀で作られた
宝石の糸で
「あ、来た来た」
心を空白にされ、吸い寄せられるように近づくリルル、その気配に気づいた人影が、顔を上げた。
「――待ってた。やっと来てくれたの」
白銀の寝台を目の前にして、リルルは歩みを止めた。
愛らしいお人形に命を吹き込んだかのような、可愛らしい――本当に可愛らしい小さな少女が、
「初めまして。わたしは、エルカリナ。会いたかったわ、わたしのリルル」
少女は純金の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます