「最後の登壇者」
コルネリアは舞台の真ん中で屈み込み、屈み込んだまま立てなくなっていた。
自分が立案した作戦がことごとく破綻していた。
人質は自らの力で
そもそもが前日の時点で崩れ去っていた。保険、最後の切り札として押さえ込んだリルルの元乳母、ニコルの母親の偽者をつかまされ、その偽者がサフィーナの魔力を封じていた鎖を切断したであろうことは想像に難くなかった――よりにもよって、自分はその二人を同じ場所に閉じ込めたのだ!
いや、同室にしなかったとしても、この革鎧の少女に人外の物としか思えない力があることからして、どのみちはどうにかしていたに違いない。ここに引き出すまでに脱出しようとすればしていただろう。ならば、何故しなかったのか?
「……この場まで状況を持ってきたのは、快傑令嬢としての正当性を、伯爵令嬢リルルとしての正当性を市民に
ただ逃げ去るだけでは、その印象は国家の宣伝によって一方的に塗り固められてしまう。快傑令嬢はただの国家に対する裏切りもので、単なる
相手の逃げ道の全てを塞ぎ、詰めの一手を打ち込んだと思い込んでいたコルネリアは、怒りと敗北感の両方に
「――いや、まだ、こんな形で幕を下ろさせるわけには、こんな惨めな形で終わらせるわけにはいかない……! 兵士たち、出合え、出合え!」
打ちのめされた
ヴィザードは決して聞かれないよう静かにため息を吐いた。ここから展開される状況はもう、わかりやすいほどにわかってしまったからだ。
「結局、派手派手な大立ち回りになるってことね」
『橋』の前後を固められたリルルがサフィーナと背中を合わせ、レイピアの切っ先で兵士たちを
「みんな快傑令嬢の華麗なレイピアさばきを期待しているんでしょ。相手がいないと始まらないわ」
リルルと反対側で同じように剣をまっすぐに向け、一斉に襲いかかってくるのを押さえているサフィーナが笑うようにいう。
囲まれているのはリルルたちだけではない。素手のロシュやフィルフィナもそれぞれ数人の兵士たちが包囲の輪の中に閉じ込め、攻撃にかかる号令を待った。
「これが最後の通告だ! 全員、大人しく降伏しろ! お前たちの弱点は兵士たちを殺せないことだ! 殺人は回避しなければならないのがお前たちなのだから!」
「なんか情けないこといってるわ。そう聞こえるでしょ、リルル」
「私たちの手加減に期待しないといけないとか。私たちが本気を出したらどうするつもりなのかな」
「ま、手加減しないといけないのは間違ってないんだけれど」
「私たちは快傑令嬢だからね」
快傑令嬢は人を殺さない。それが国家権力を前にして大立ち回りを演じても、
「あ、忘れてた。サフィーナ、これをつけて」
リルルが後ろ手でサフィーナに、手の平に乗るくらいの小さなものを後ろ手に渡す。サフィーナはそれを握った感触だけで、それがなにであるかを理解した。
「これ、メガネ?」
快傑令嬢のシンボルでもある魔法のメガネだ。しかし――。
「私、今メガネをしているわ。これになにか新しい効果があるの?」
「違うの。これは
「――――あ」
背中合わせで語ったリルルの言葉が、すとんとサフィーナの胸に落ちた。
魔力封じの鎖を解かれたことで、今、サフィーナの顔は認識
「どうせだったら、メガネをかけている顔で戦っているのをたっぷり見てもらいましょうよ。そんな姿は今まで一度だって見られたことはないんだから」
そういうリルルも、腰の小物入れから取り出したメガネをすっと
「――そうね、それもいいわね! よかった、これで私の
「……サフィーナ、あなた、口が腐っちゃったりしない?」
サフィーナが魔法のメガネを外し、ただのメガネに掛け替える。それを客席から見る観客たちにおおお、というどよめきが大きな波紋のように広がる。
「素顔の快傑令嬢だ! それも二人も揃い踏みしてる!」
「ちくしょう、
「三十秒も息を詰めて止まってくれるわけないだろ。ああ、でもこれは写真にしてほしいよな!」
それぞれの想いを喚きながら、市民たちは『橋』の上で美しいドレス姿を披露する、薄桃色と
その市民たちの反応に、コルネリアは百の苦虫を口の中で噛み砕いたような顔を見せた。
千人単位が舞台上の快傑令嬢たちに拍手を送るようでは、王国の権威もなにもない。そもそもが快傑令嬢を屈服させてその威光を消すことにこの『舞台』の意味はあるというのに――!
「――こ、これ以上は……! みなの者、かか――」
れ、という号令は、鋭く空気をつんざいた
「うわあ!」
出口に通じる『橋』の上にいた兵士たちが次々に客席に転がり落ちた。夜の闇より黒い馬体が橋を突進し、『橋』の幅いっぱいにひしめき合っている兵士たちを跳ね飛ばしていく。後方から突然押し寄せてきたその
突き飛ばされるか自ら客席に飛び降りるか、選択肢はそれしかなかった。そしてたいていは前者を選ばされ、
「――お待たせした! 遅くなってすまない!」
たくましい黒馬、重量級の体で『橋』に押し寄せたヴァシュムートに
「自分はニコル・アーダディス准騎士! 快傑令嬢を守護する者! 快傑令嬢たちとその仲間、全員の身柄の安全を護りに来ました! 自分に誰を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます