「島と領主と亜人たち」
「熱ぅっ!?」
切断されたかのようにして欠けた尻尾の先端を焼いた熱さに、目に涙を浮かべたアヤカシがニコルの体の上から転げ落ちる。
「わ、妾の尻尾が
「ああ……申し訳ありません」
騒動の原因が、穴が
銃口から薄い煙を
「銃の手入れをしていましたら、暴発してしまいまして。お
「ふ、ふ、普通、銃の手入れをする時は銃弾を抜くものであろう……何故次弾を込める!」
「あらら、これではまた暴発してしまいそうですね」
「
「にやり」
フィルフィナが口元に作った笑みに、アヤカシが震え上がった。
「わかったわかった、
「わかってくださればよいのです、わかってくだされば」
フィルフィナが腰の後ろに拳銃を差した。
「ま……まあ、妾はこの島の暮らしが気に入っておる。妾に割り振られた仕事はきっちりこなす
「申し訳ありません」
「なにかありましたらいつでもお申し出ください、アヤカシ様。それでは失礼いたします」
「おぅ、根を詰めぬほどにがんばれ。またな」
居住まいを正したニコルは、一礼をしてアヤカシの庵を
ロシュが
丘の
適当な
ここから集落への道は草を
「ここが半月以上までは丸太屋敷以外はなにもなかった島だとか、誰も信じないよね、きっと」
「ここを領地としていただいたのは、幸運というものでした。これが適当な
「普通だったら
とても冬の気候とは思えない、肌に優しい暖かな風を受けながらニコルたちは海岸の方に向かった。
港と呼ぶにはまだ小さすぎる船着き場には、大陸との連絡の手段として
そこから少し離れた浜の浅瀬には、海に放り込まれて積み上げられた多数の巨石が、長さ三十メルトほどの
「あ、りょうしゅさまだー」
「領主さま、こんにちはー!」
遠くに見えた馬上の人影に気づいた子供たちが、ニコルたちに向かって大きく手を振る。
「こんにちは、みんな。絶対にその石の向こうに出ちゃダメだよ。わかってるね?」
「領主様、大丈夫だよ。僕がちゃんと見張ってるから」
やや年長の獣人の子供が笑顔で手を振ってくる。そんな獣人の子供に後ろから人間の子供が飛びつき、浅い海に
「気をつけるんだよ。お昼になったらみんなで帰って来るんだ。いいね」
「はーい!」
明るい声がそれぞれの音程で響く。ニコルはそれに手を振って応え、馬首を集落の方に向けさせた。
「あの獣人の子供は確か、出発の時に嫌がっていた子供ではなかったですか?」
「人間の子供に
百五十人の第一次移民、そのほぼ半数近くが子供たちだ。
「みんな笑ってる。本当に楽しそうで、幸せそうだ」
「最初は結構不安でしたが……連れてきてよかったですね……」
「これなら第三次移民を計画してもいいかな。もっと家を建てなければいけないか」
「畑も拡張して、水も確保して……失敗ができないのが難しいところです」
「失敗したら大変だ。生活が成り立たなくなるわけだからね」
「イェガー、こんにちは。漁の帰りかい?」
「領主様……か」
馬に乗っているニコルと同じ高さの目線を持つ
「今日も
「アラクネの編んでくれた
「イェガーに様なんてつけられたらちょっと調子
「……お前、俺たちとの約束、守った。最初から、
「そう思ってくれるのは嬉しいよ。イェガーが亜人のみんなとの間に立ってくれるから、僕もやりやすくて助かってるし。イェガー、これからもよろしく頼むよ」
「ああ……領主様、頼む。俺たち、追い出さないでくれ。俺たち、いつまでもここ、いたい」
「いつまでもいてくれないと
じゃあね、とニコルはイェガーを後にして集落に進んだ。
「……あのイェガーも最初は
声が届かない
「彼はさっぱりした、いい性格さ。ちゃんと
「ニコル様のように誠意を持って接することのできる人は、そうそういません。誰にでもできることではないのです。それをお忘れなきよう」
「そうかなぁ」
頭を
金属か鉱物とも判断がつかない材質の機械だ。蜘蛛のそれを思わせる胴体の側面から
最後尾を続く二台の機械蜘蛛は大きな荷車を
「あの機械たちのおかげで大助かりだね」
「いずれはこの島のほとんどを開発することになります。まずは島を一周できる道を作ろうかと」
「父上も開発は道造りからと
そのまま十数分歩くと、ほぼ直角の長方形に仕切られ整理された広い農地の上で、農具を振るって畑を耕している亜人たちの姿が見えてきた。
「こんにちは、領主様! お見回りご苦労様です」
「ニコル様!」「領主様!」「こんにちは、ニコル様」
他の獣人たち――犬獣人や鬼族、オーガといった様々な種類の亜人たちがにこやかに
「こんにちは。みんなも本当にご苦労様。仕事ははかどってるかな。なにか不満があったらすぐにいってね。僕にできることならすぐに対処するから」
「そんな、不満なんてありません。こんないい島に連れてきてもらって、お礼の言葉もありませんわな。なあ、みんな!」
野良着が似合う狼男の青年の声に、その場にいる三十人ほどの男たちが一斉にうなずいた。
「それにこの島の土はすごいですわ。植え付けから収穫まで百日かかる三日月イモが、たったの二十日で収穫まで行くんですから。常識外れの土地ですよ……領主様、いったいどういうことになっているのか、ご存じですか?」
「不思議な土地だっていうことは知っているけれど、詳しくは知らないかな。でもできた作物は問題ないみたいだし、昨日食べたイモは甘くて美味しかったよ。あれなら王都に持っていっても売れるね」
「その辺はもう、領主様を信頼しています。私たちはがんばって畑を
「次は色んなものを植えて試そうと思っています。ニコル様、楽しみにしていてください!」
「美味しいものができることを期待しているよ。みんな、がんばってね。じゃあ」
小さく手を振ったニコルは再び馬上の人となり、ロシュに誘導されるように西の郊外に向けて馬を進める。フィルフィナが脇に寄り
「いい領主様だなぁ、うちのニコル様は」
その言葉に異論を
最初の二週間ほどはかなりの
「いやあ、最初は人間の若い領主だっていうんで、心配もしたけれどさ。腰が低くていい人じゃねぇか」
「亜人のこと全然差別しないしな。夜は同じ鍋つつく仲だ。人間の貴族でこんな人見たことねぇよ」
「俺たちもがんばってあの人に
「こんないい土地を貸してもらえてありがてぇや。しっかり働いて返んとな」
「んだな」
亜人たちはうなずき合い、畑の土を掘り返し波形の
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