「島と領主と亜人たち」

 発砲音・・・と共に障子しょうじ貫通かんつうして外から飛び込んできたそれ・・は、庵の壁に激突して小さな穴を穿うがった。


「熱ぅっ!?」


 切断されたかのようにして欠けた尻尾の先端を焼いた熱さに、目に涙を浮かべたアヤカシがニコルの体の上から転げ落ちる。おどろきの拍子ひょうしのためか、その体は幼児のものに戻っていた。


「わ、妾の尻尾がげておるわ!? 妾の可愛い所チャームポイントが!? な、な、なんじゃ? 競合店きょうごうてん襲撃しゅうげきか? 出入りか? それとも婦人団体の抗議こうぎか!?」

「ああ……申し訳ありません」


 騒動の原因が、穴がいた障子戸を開けて姿を見せた。

 銃口から薄い煙をいている拳銃を両手に持ったフィルフィナが、神妙しんみょうな顔を見せてそこにいた。


「銃の手入れをしていましたら、暴発してしまいまして。お怪我けがはありませんでしたか?」

「ふ、ふ、普通、銃の手入れをする時は銃弾を抜くものであろう……何故次弾を込める!」

「あらら、これではまた暴発してしまいそうですね」

わらわに銃口を向けるでないわ! お……恐ろしいの――! 絶対わざとやっておるであろう!」

「にやり」


 フィルフィナが口元に作った笑みに、アヤカシが震え上がった。


「わかったわかった、たわむれ、戯れよ。無理矢理領主を手籠てごめにしようとはせぬわ」

「わかってくださればよいのです、わかってくだされば」


 フィルフィナが腰の後ろに拳銃を差した。


「ま……まあ、妾はこの島の暮らしが気に入っておる。妾に割り振られた仕事はきっちりこなすゆえ、安心せよ。フィル、お前はその短気を直してくれんか。寿命が縮まるわ」

「申し訳ありません」

「なにかありましたらいつでもお申し出ください、アヤカシ様。それでは失礼いたします」

「おぅ、根を詰めぬほどにがんばれ。またな」


 居住まいを正したニコルは、一礼をしてアヤカシの庵をした。外では鹿毛かげの馬につながれた手綱たづなを持ち、すっかり村娘の風情ふぜいをまとってしまったロシュが立っている。ニコルはあぶみに足をかけ、軽やかに馬上の人となった。


 ロシュがだまって馬のくつわを取って歩き出し、そのロシュに馬は素直に応じて歩を進み出した。

 丘のふもとから少し進むと、茂っていた竹林がなくなって視界が開ける。なだらかな斜面の向こうの平野に、拓かれてまだ間もない集落と畑が広がっていた。

 適当な間隔かんかくけて、丸太とレンガでできた五十軒ほどの大小入り混じった家屋が建ち並んでいる。


 ここから集落への道は草をっただけの獣道けものみちだが、海岸に整備されつつある小さな港、そして少し西に行ったところにある集落と領主の館を結ぶ道はちがっていた。大型の馬車がすれちがえるほどの幅をとった、レンガ造りの立派な道が整備されている。


「ここが半月以上までは丸太屋敷以外はなにもなかった島だとか、誰も信じないよね、きっと」

「ここを領地としていただいたのは、幸運というものでした。これが適当な寒村かんそんでしたら、もっと苦労はったでしょう。しかし、まさかここまで簡単に軌道きどうに乗るとは……」

「普通だったら一冬ひとふゆをなにもできずに震えて過ごすしかなかったよ。本当に運が良かった」


 とても冬の気候とは思えない、肌に優しい暖かな風を受けながらニコルたちは海岸の方に向かった。

 港と呼ぶにはまだ小さすぎる船着き場には、大陸との連絡の手段として重宝ちょうほうされている『森妖精の王女号』が、その優美な姿をさざ波に揺らしている。


 そこから少し離れた浜の浅瀬には、海に放り込まれて積み上げられた多数の巨石が、長さ三十メルトほどの垣根かきねを造っていた。その垣根の内側で、裸になった二十人ほどの子供たちが腰まで海にかり、海水をかけ合ってはしゃいでいる。


「あ、りょうしゅさまだー」

「領主さま、こんにちはー!」


 遠くに見えた馬上の人影に気づいた子供たちが、ニコルたちに向かって大きく手を振る。


「こんにちは、みんな。絶対にその石の向こうに出ちゃダメだよ。わかってるね?」

「領主様、大丈夫だよ。僕がちゃんと見張ってるから」


 やや年長の獣人の子供が笑顔で手を振ってくる。そんな獣人の子供に後ろから人間の子供が飛びつき、浅い海に水飛沫みずしぶきを上げていた。


「気をつけるんだよ。お昼になったらみんなで帰って来るんだ。いいね」

「はーい!」


 明るい声がそれぞれの音程で響く。ニコルはそれに手を振って応え、馬首を集落の方に向けさせた。


「あの獣人の子供は確か、出発の時に嫌がっていた子供ではなかったですか?」

「人間の子供にいじめられるといっていた子だったね。でもよかった、仲はとてもよさそうだ」


 百五十人の第一次移民、そのほぼ半数近くが子供たちだ。まずしい王都の暮らしの中で心をせさせていたのだろうが、この島ではそんな暗い色は全く見えなかった。


「みんな笑ってる。本当に楽しそうで、幸せそうだ」

「最初は結構不安でしたが……連れてきてよかったですね……」

「これなら第三次移民を計画してもいいかな。もっと家を建てなければいけないか」

「畑も拡張して、水も確保して……失敗ができないのが難しいところです」

「失敗したら大変だ。生活が成り立たなくなるわけだからね」


 ひづめの音を響かせ、レンガで舗装ほそうされた道を馬はく。集落まで続く道の途上、荷車を引いて集落に進む一人のオーガの背中にニコルたちは追いついた。


「イェガー、こんにちは。漁の帰りかい?」

「領主様……か」


 馬に乗っているニコルと同じ高さの目線を持つ巨漢きょかん、イェガーが振り返る。イェガーと並んで馬を歩かせるニコルは、彼が引く荷車の中に目を落とした。広げると相当の広さになりそうなあみの中で、数十尾の大きな魚たちがまだぴちぴちと跳ねていた。


「今日も大漁たいりょうじゃないか。今夜もまた大鍋おおなべが楽しみだね」

「アラクネの編んでくれたあみ、丈夫。目があらいから、大きいのしかれない。……領主様」

「イェガーに様なんてつけられたらちょっと調子くるうかな。ニコルか領主でいいよ」

「……お前、俺たちとの約束、守った。最初から、だましてなかった。うたがった俺、悪い。女房もよく笑って、乳の出、よくなった。赤ん坊、すくすく育つ。俺たち、ここに来てよかった」

「そう思ってくれるのは嬉しいよ。イェガーが亜人のみんなとの間に立ってくれるから、僕もやりやすくて助かってるし。イェガー、これからもよろしく頼むよ」

「ああ……領主様、頼む。俺たち、追い出さないでくれ。俺たち、いつまでもここ、いたい」

「いつまでもいてくれないとこまるよ。イェガー、可愛い赤ん坊によろしくね」


 じゃあね、とニコルはイェガーを後にして集落に進んだ。


「……あのイェガーも最初は反抗的はんこうてきだったのに、すぐに打ち解けてくれましたね」


 声が届かない距離きょりになったのを見計らい、フィルフィナが口を開いた。


「彼はさっぱりした、いい性格さ。ちゃんと誠意せいいを持って示せば応えてくれる。それだけのことだよ」

「ニコル様のように誠意を持って接することのできる人は、そうそういません。誰にでもできることではないのです。それをお忘れなきよう」

「そうかなぁ」


 頭をきながら手綱を握るニコルたちの脇を、奇妙な一団が列を作ってかなりの速度でちがっていった。ニコルたちをけてはいるが、意に介している気配も見せないその一団――フェレスが住まう『庭師の塔』に配備されている、機械蜘蛛ぐもの列だ。


 金属か鉱物とも判断がつかない材質の機械だ。蜘蛛のそれを思わせる胴体の側面からびた六本の脚には車輪がついており、それを回転させることで地面を走る。胴体の上部にはまるで人間の上半身のように胸部と腹部らしき構造物が載っていて、腹部の横には二本の腕が取り付けられていた。


 最後尾を続く二台の機械蜘蛛は大きな荷車をいている。中には大量のレンガが積まれていた。


「あの機械たちのおかげで大助かりだね」

「いずれはこの島のほとんどを開発することになります。まずは島を一周できる道を作ろうかと」

「父上も開発は道造りからとおっしゃってた。僕も父上の仕事をよく見ていたから、上辺うわべの知識はあるんだ」


 そのまま十数分歩くと、ほぼ直角の長方形に仕切られ整理された広い農地の上で、農具を振るって畑を耕している亜人たちの姿が見えてきた。ひたいの汗をぬぐいながらくわすきを振るう亜人たちが、カポカポとのどかな調子で聞こえてくる馬蹄ばていの響きに顔を上げる。


「こんにちは、領主様! お見回りご苦労様です」


 わらで編んだ帽子を被った竜人がそれを取り、笑顔で頭を下げた。


「ニコル様!」「領主様!」「こんにちは、ニコル様」


 他の獣人たち――犬獣人や鬼族、オーガといった様々な種類の亜人たちがにこやかに挨拶あいさつをする。馬から飛び降りたニコルは一人一人に微笑びしょうを返しながら、畑の前にまで足を進めた。


「こんにちは。みんなも本当にご苦労様。仕事ははかどってるかな。なにか不満があったらすぐにいってね。僕にできることならすぐに対処するから」

「そんな、不満なんてありません。こんないい島に連れてきてもらって、お礼の言葉もありませんわな。なあ、みんな!」


 野良着が似合う狼男の青年の声に、その場にいる三十人ほどの男たちが一斉にうなずいた。


「それにこの島の土はすごいですわ。植え付けから収穫まで百日かかる三日月イモが、たったの二十日で収穫まで行くんですから。常識外れの土地ですよ……領主様、いったいどういうことになっているのか、ご存じですか?」

「不思議な土地だっていうことは知っているけれど、詳しくは知らないかな。でもできた作物は問題ないみたいだし、昨日食べたイモは甘くて美味しかったよ。あれなら王都に持っていっても売れるね」

「その辺はもう、領主様を信頼しています。私たちはがんばって畑をたがやして、種をくだけです」

「次は色んなものを植えて試そうと思っています。ニコル様、楽しみにしていてください!」

「美味しいものができることを期待しているよ。みんな、がんばってね。じゃあ」


 小さく手を振ったニコルは再び馬上の人となり、ロシュに誘導されるように西の郊外に向けて馬を進める。フィルフィナが脇に寄りった形で去って行くそんな三人の背中を見つめ、亜人たちはしばし手を休め、互いにささやきあった。


「いい領主様だなぁ、うちのニコル様は」


 その言葉に異論をとなえる者は、一人としていない。

 最初の二週間ほどはかなりの緊張きんちょうが走る瞬間が幾度いくどもあったが、頻発ひんぱつした問題に対し、ニコルは身をていするようにして解決にのぞんだ。


「いやあ、最初は人間の若い領主だっていうんで、心配もしたけれどさ。腰が低くていい人じゃねぇか」

「亜人のこと全然差別しないしな。夜は同じ鍋つつく仲だ。人間の貴族でこんな人見たことねぇよ」

「俺たちもがんばってあの人にむくいてやんなくっちゃなぁ。冬なのにこごえなくていいだけでも最高だっていうのに」

「こんないい土地を貸してもらえてありがてぇや。しっかり働いて返んとな」

「んだな」


 亜人たちはうなずき合い、畑の土を掘り返し波形のうねを作る作業に戻った。明日には色んな食物の種を蒔いてみようと相談もする。その実りが、少年領主の笑顔の元になるのを願いながら。

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