「ゴーダム公爵邸、揺れる」
「ち、父上……そ、そのことには、いったいいつから気付いておられたんですか……」
「快傑令嬢サフィネルが現れて、半月くらいしてからかな」
「は――――」
ニコルは絶句した――もう三ヶ月も前の話なのか?
サフィネルとなったサフィーナと現場で何度も
王城を
国王と対決していた時よりも、今の方がよほど恐怖だった。
「クィルとスィルが屋敷に来てから、夜遅くまでうるさくはしゃいでいたのが、ある夜、ぴたりと静かになる時がある。
「――――」
ニコルは言葉を
「小さな
「そ……そ、それで……」
「そんな夜が何回か続く。一日か二日の間を
「は、は、は、は、は――――」
「それになんだ、サフィネルという名前は。サフィーナだからサフィネルか。もう少し
「…………」
そのバレバレに三ヶ月付き合い、気付きの
あまりの情けなさに、今このまま、馬車の中で溶けて消えたくなった。
「ニコル、お前はいつ気が付いた」
「……気が付いたというよりは、メージェ島でつい先日、ご本人から明かされた次第です……」
「お前らしい。まさか公爵令嬢が剣を持って夜な夜な街を
そういうゴーダム公の口元には
「そ……それにしても、そんなに早く核心に近づいていたのに、何故サフィーナ様を放置されて……」
「家の名を
「それはサフィーナ様が……サフィネルがやっていることは、家名に
「警察では取り締まりきれん悪を
ニコルは、首を横に振った。
「私利私欲のために力を振るうこともないし、警備騎士とは多少やり合うらしいが、大した
「ええ、何度か……何度も……」
「サフィネルに、なにかされたか?」
「……ニコル、すまん。お前は被害者だ、自分を責めなくていい。あの馬鹿娘、この点だけは私利私欲を満たしているようだな。けしからん、警察に突き出すか」
「父上、それはどうかおやめを。僕が、我慢をすればいいだけですから」
「――そういうわけで、現状が
「は……はい……そ、それはもう……」
「あと、お前はもう一つの可能性についても想像しておく必要があるのだぞ」
ニコルは
「私が快傑令嬢サフィネルの正体に確信を得たということは、
「――――!!」
ニコルの
「お前はわかっているのだろう、もちろん」
「は……は、は、はい…………」
「とんでもないことになったな。陛下は快傑令嬢リロットを王妃にされようとしているのだ」
「…………」
「お前も
なんという皮肉なのだ、とはゴーダム公は口にしなかった。せめてもの
「……僕は、サフィネル以上に何度も何度もリロットと現場で遭遇しましたが、彼女がリルル嬢であるということには、ついに気づかず……いいえ、そればかりか、それを一度告白されたのにも関わらず、混乱していたとはいえ、記憶から
「それがお前の優しさなのだ、ニコル。恥じることはない。私はそんなお前が好きだ」
「ありがとうございます、父上……」
「さあ、そろそろ着くぞ――お前にとっては今日、第二の戦場かも知れんがな」
ニコルは進行方向側の窓に振り向いた。
「それにしても、陛下は何故快傑令嬢リロットを
それを聞いておけばよかったと後悔を胸にし、ニコルは、数分後には吹き荒れる嵐に目を閉じた。
◇ ◇ ◇
「なぁりませんっ!!」
ゴーダム公爵の正妻――妻は一人しかいない――であり、サフィーナの実母であり、ニコルがもう一人の母と慕うエメス夫人は、かつて
暴風そのものの
「無人島で、未開の島!? それを新興の家が領地にして開拓するなど、聞いたことがありません!! ニコルには家臣の一人もいないのですよ!! 陛下はニコルにそこで
「――スィル、あたし、耳痛い。きーんと鳴って、なにも聞こえない」
「……クィル、なんかいった?」
聴力が人間よりも一段階優れているエルフの双子メイドが、それぞれに顔をしかめていた。
「……エメス、興奮するな。こめかみに血管が浮いておるぞ」
「浮きもいたします!! ロクに建物もなく、ほとんど野営から始めるのでしょう!! 食料は、水はどうするのです!! 変な風土病にでもかかっても、
エメス夫人はニコルをかっさらうように抱き寄せると、少年の顔をその豊満な胸に押しつけ、部屋の全てのガラスが震えるほどの泣き声を上げ始めた。
「お前は時々本気で
「こんなに愛しているのです!! 私の実子も同然です!!」
「お父様、私、席を外してもよろしいかしら?」
「もう少し
サフィーナは
「お母様、このニコルを心配してくださってありがとうございます……」
「お前が男爵といえど貴族になれたことは、この母の
「……お母様、たとえ陛下のご本心がそうであっても、これは
エメスに、というかエメスの胸に話しかけるニコルの声は
「お母様、ご安心なさってください。自分はメージェ島を実際に見てきました。実はそんなに悪い話ではないのです。一ヶ月もあれば、
「ニ……ニコル、本当に大丈夫なのですね?」
ようやくエメス夫人はニコルを圧迫から解放した。
「お前の言葉はなんでも信じたい。しかしこれはお前の命に関わること……こ、この母の
「お母様。ニコルはお母様に愛していただけるのを、そのように思ったことは一度もありません。そしてお母様を悲しませたくもありません。ニコルは必ず使命を果たします。ですから、安心して
「お、お前は何故にそのように
「お母様、しばらくニコルはお母様にお会いできません。しかしご心配なさらないでください。お母様の息子は、強い息子であると信じていただければ」
「ああ、ニコル、ニコル!」
エメス夫人はニコルの体が
「ニコル、本当に体には気をつけるのですよ!
ああ、と最後の
「もうこの流れ
「……私も」
何故ここで観客にならねばならんのか、という不満を表情にして二人のメイドはため息を
「――さて、
ゴーダム公もまたため息を
「ニコル、お前に渡す
「ありがとうございます、父上」
「――
エメス夫人が飛び出して開け放たれたままの扉から、年かさのメイドが顔をのぞかせた。
「お客様が見えられています。こちらにお通ししてもよろしいでしょうか」
「来客? 誰だ」
「ロシュ、と名乗る方ですが……」
「会います!」
顔についた口紅をサフィーナに拭ってもらっていたニコルが声を上げた。
「きっといい知らせを持ってきてくれたんだ――会います、すぐ会います。今すぐ通してください!」
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