「フィルフィナを目覚めさせるもの」
正午を過ぎても、フィルフィナはホテルの一室で
ティーグレに
「……こんなによく眠ったのは、初めてかも知れませんね……」
自分でも
しかし、それでも不思議につらいということはなかった。眠りが足りなく、
自分はリルルと同じことをやっている。リルルとだけ秘密を共用して、なにかをしている。そんな、こどものあそびのような楽しさがあった。
思えば、あの屋敷での日々はままごとのようなものだったのだろうか。振り返ってみれば、十年という時間は一瞬で、まるで目覚めた直後の夢のように
きゅるるるるるる……。
「…………」
少女のお腹が、
「――ふふ…………」
どんな気分の中でも正直に動いてくれるお腹に
「三十分ほどで用意できますが」
「一時間後に持ってきてください。昼と兼用しますから。量は多めで」
「かしこまりました」
客室係を下がらせた後、フィルフィナは浴室に入った。広い湯船に
熱めに張った湯船に体を沈め、フィルフィナはなにも考えずに数十分、たっぷりと体を温めた。
湯から上がると、ほどなくしてワゴンに
三十分をかけてゆっくりと朝食を完食し、それを片付けさせると、やることがなくなった。
「さて…………」
フィルフィナは、
背もたれの角度が絶妙なソファーに座る。そのまま、染みひとつない綺麗な天井を見上げた、
「これから、どうしましょうか……」
目を閉じて考える――暇を
自分たちが対しているのは、国だ。マヌケな相手ではない。
法で支配している相手に対して自分たちが生き残ろうとすれば、力で押しつぶすが、
そして今の段階では、自分たちはそのどれも選べないのだ。
「こういうのを、東の国のことわざで、なんとかいっていたような気がしますね……」
部屋の扉がノックされたのは、そんな頃合いだった。どうぞ、と反射的にフィルフィナが
ぼんやりと扉の方に視線を向けていたフィルフィナの目が、次の瞬間には、輝きを帯びて開いていた。
「――ニコル様!?」
「おはよう、フィル」
フィルフィナは思わず立ち上がった。
「そのお姿は……まさか……!?」
「
恥ずかしそうに笑うニコルに続いてロシュ、そしてティーグレが部屋に入ってくる。
「フィル、大変だったね……聞いたよ、フォーチュネットのお屋敷を
「でも、どうしてニコル様がここに……」
「あっしが、この騎士様の住所を知っていたんでさ」
おはようございます、と頭を下げてティーグレがいった。
「今は男爵様か。前回の亜人街での騒動で、連絡先を
フィルフィナは首を横に振った。
「あっしは外に出ています。なにか用があれば、呼びつけてください」
ティーグレは部屋を
「ニコル様……フィルはなにから話していいか……お嬢様と離れ離れになり、屋敷を追い出され、自分がどうすればいいのか……もう、わたしはメイドでもないのですよ……」
「フィルには、僕のメイドになってほしい」
フィルフィナの瞳が、音を立てるようにして
「いったろう。僕は男爵になったんだ。ニコル・ヴィン・アーダディス男爵だよ、笑っちゃうよね。でも男爵となったからには領地ももらって、『家』もできた。アーダディス男爵家さ。――貴族の家には、メイドが必要だろう?」
フィルフィナは絶句した。ニコルが『家』を持って自分がそこのメイドとして入る、という可能性が完全に自分の頭から抜け落ちていたのに今、ようやく気が付いたのだ。
「それで驚くことがもうひとつある。そのもらった領地というのは、メージェ島全域なんだよ」
「えぇ……!?」
フィルフィナは驚いた。驚くなという方が無理だった。
「国王陛下は僕を王都から遠ざけようとされているんだろう。でも、メージェ島を完全になにもない無人島と思い込まれているのが、こちらの付け目さ。メージェ島にはウィルウィナ様が建ててくれた立派な丸太屋敷があるし、なによりフェレスさんがいる。あの人なら僕にいくらでも
「それは……確かに、大いに期待できるでしょう……」
「それに、フィルたちが使っている鏡――『
「――――」
フィルフィナは目を
「僕たちはまだ負けてない。フィル、僕と一緒に来てほしい。メージェ島に行き、王都と島を
「好機……」
「あきらめるな、きっと逆転の好機はやってくる」
ニコルの両手がフィルフィナの肩に乗る。少年の手の平から伝わる温かさに、少女が震えた。
「それを信じて待て――フィルがいいそうな
「みんなと……お嬢様を……」
「僕たちにはフィルが頼りなんだ。みんなのお姉さんなんだから。なによりいちばんフィルを頼りにしている人が、ここに一人いる」
「ここに……?」
ニコルの
ロシュの両目から音もなく
「ああ……!?」
白い光が照らす部屋の真ん中に、ひとつの
「
『フィル、そこにいるのね』
その声に
「お嬢様――お嬢様! フィルです、フィルはここにいます! 本当にお嬢様なのですね!?」
「フィル、これはリルルの姿を記録したものなんだ。本人じゃない」
「え……!?」
『フィル、私は元気よ』
『――フィルが屋敷をクビにされたとロシュちゃんから聞かされて、落ち込んでいると思って心配になったの。だからロシュちゃんに頼んで、私の言葉を届けます。……泣いたりしてない? フィルは本当は、私より泣き虫なんだものね。知ってるのよ』
リルルの言葉が発せられているのは、ロシュの口からだった。しかしそれはニコルにもフィルフィナにも、リルル本人の声と全く区別がつかない。完全に本人と同じ声だった。
『フィル、私のお母さん代わりで、お姉さんで、大切な友達で、大事な家族……。今から私がいうことをちゃんと聞いてね。しばらくこれで、フィルには話しかけられないかも知れないから――』
やや
『フィル、私はね――』
そして、『いうこと』が始まった。
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