「王とニコルの対決」
仕切りもなにもなく、階層がひとつの空間と化していた。高い天井を無数の
暖房がないこの場はやや肌寒いほどだが、
「国王陛下。このニコルの、たってのお願いでございます。リルル嬢をお返しください」
背後でニコルの背中を見守っていたゴーダム公の肩が、確実に跳ね上がった。まさかそんなに
「リルルを? お前に? いや、そもそもリルルはお前のものではあるまい。返すとならばフォーチュネット伯というべきだ。その前に、国王が
「リルル嬢が、陛下とのご結婚を望まれているとは思えません」
「ははははは!」
国王は玉座の肘掛けを叩いて笑った。それをニコルは直立不動で、
「なんとなんと! 余に対してここまで明け
広間の
「確かに、リルルは余との
「
「余にはリルルでなくてはならんのだ」
「何故!」
ヴィザードの断言にニコルが
「他の者たちには、政治的な
「……陛下のお好きなように」
「余にはリルルでなくてはならんのだ。たとえリルルが
「……
「意味はわかる、近いうちにな。余がこういっていたことを覚えておくがいい。――さて、先ほどもいったが、余は忙しい。今日の一日、お前と語り合いたいとは思うが、国王というのは
「――領地……?」
ニコルは、今の今まで考えもしていなかった言葉を聞かされて
「ふふふ……普通は爵位よりもそちらに興味が行くはずなのだがな。世襲貴族となったからには領地を持ってもらう。エルカリナ王国の国土を
玉座の足元に立てて置いてあった一本の
「開けてみるがいい」
「……失礼いたします」
金の飾りで縁取られた黒い筒の
「これは……!!」
「どうだ、ニコル。お前もよく知っている土地であろう」
「ぞ……存じています。確かに、ここはよく知っている土地です。しかし……」
広げた地図を前にして指と目を震わせ、そのまま絶句したニコルの様子に不穏なものを覚え、ゴーダム公が前に出た。
「陛下、男爵の資料を私も
「許す。ニコルに助言を与えてやるがよかろう」
仕掛けたいたずらの
「ニコル、見せろ」
「父上……」
ゴーダム公がニコルから受け取った地図に目を通す――
「これは……メージェ島てはないですか!」
王都エルカリナから南西に約千数百カロメルト離れた地点に浮かぶ無人島、メージェ島。
直径八カロメルトのほぼ円形の島だった。南西部にまるで大きなこぶができたかのような新火山が急な鋭角の三角形を形作っている。
その新火山の内部に現れた『庭師の塔』。激戦が行われ、数奇な出会いがいくつか生まれて今、自分たちはこういう状況にいる――。
「そうだ。つい先日までそなたの娘が調査に
「は……は、はい……!」
まさかこの場でこの島の名が出てくるとは。運命の
「陛下! この島については私も聞き及んでおります。この島は面積こそそこそこは広いが、古来より無人島です! 過去に入植を試みた者もいましたが、奇妙な現象の発生によってことごとく失敗したという
「――父上」
「陛下、このゴーダムからのお願いでございます! 男爵には私の領地から村のひとつを分け与えたいと存じます! それをこの島に代えていただきたいと! 遠方の無人島の統治開発など、男爵には不可能です! これでは……これでは……!」
「これでは、なんだ。どう続くのだ?
「陛下……!!」
開発のひとつもないと
「変更はならん。これは王命である。ニコル、そなたにメージェ島の統治および防衛を命じる。住民がおらん
「陛下、繰り返しお願いいたします! どうかその儀は!」
「――父上、大丈夫です、ありがとうございます」
ニコルの手がゴーダム公を
「自分は王命を
「ニコル……」
息子の目をのぞき込む。冷静さを取り戻した少年の瞳のいつもの色が、鮮烈なくらいに目に
「国王陛下、謹んで領地を
「――ふふ、素直なものだ。そして余にはわかっているぞ。そなたが勝負を投げたわけでも、捨てたわけでもない。余が知らぬ切り札を胸の内に隠し持っていることをな。その切り札がどのような頃合いの、どのような場で叩きつけられるか、楽しみだ。――ニコル、良き時であった! 下がってよい!」
「ニコル・ヴィン・アーダディス男爵、下がらせていただきます」
ニコルは腰を直角に曲げるほどの最敬礼をし、その場で
「――ニコル、本当に大丈夫なのか。お前は今、取り消せない
「陛下も
「…………」
玉座の間から八階に降りる階段を
「……わかった。私もお前を信じよう。ニコル……お前は本当に私の自慢の息子だ。私はお前を息子と呼べることが本当に
「自分もそうです。父上、このニコルをいつまでもお見守りください」
「ああ。本当に困った時はいつでもこの父を頼れ。子は親のすねをかじるくらいがちょうどいい。すねをかじられるのも幸福というものだ。気疲れしただろう。我が屋敷に寄って少し休め。
「……父上、屋敷に寄りましたらひとつ、お伝えしなければならないことがあります……」
突然に暗雲が差し込んだニコルの表情に、ゴーダム公の直感に
「これは父上にお伝えしようかどうか悩みました。ある方との約束を
「それを私に告げることが裏切りになる、というのか。ならば、お前が私を裏切らずにすむ、簡単な解決方法がある」
「はい?」
「私がこう宣言すればいいだけなのだ」
八階から七階に続く長い階段。声の届く距離に人間がいないのを確認してから、ゴーダム公はその口元にいっぱいの笑みを浮かべた。
「私は、娘のサフィーナが快傑令嬢サフィネルであることを知っている――どうだ、お前がサフィーナを裏切る必要はなくなったろう」
「は――――」
父によって耳元でささやかれた言葉に、ニコルの意識が揺らぎかけた。
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