「国王の帰還と回想」
街の
王都エルカリナの北西、街のほぼ全域が平地であるはずの王都の中で
世界最大規模の九つの階層、その上に天を突くような四本の尖塔を
十二カロメルト四方の城壁で囲まれた巨大城塞都市、それを二カロメルト四方で
丘自体が十メルト以上の厚く背の高い城壁に囲まれ、壁の前も後ろも深い堀が築かれ、都市の城壁を突破されてもなお高い防衛力を
そのエルカリナ城の巨大な城門に続く短い橋を、一台の馬車と二騎の騎兵が通過していた。
門を固めている
馬から下りた騎兵の一人がもう一人に馬を預け、階段を無視して丘の周りに
騎兵はやがて、丘の内部に向かって掘られた、広い通路に差し掛かった。入口に立っていた衛兵たちが槍を合わせてその進路を
騎兵はそのまま、馬車が四台はすれ
通路を突き当たると、大型
城の第一層、大ホールの裏に到着した昇降機を降り、騎兵は城の階段を上がっていく。第二層、第三層、第四層――人の出入りが激しい城の中は、
が、それも第七層までの話だった。上層に行くために数カ所あった階段が、第七層ではただ
「誰か!」
歩を緩めずに階段に向かってきた騎兵に、衛兵たちが鋭い声を飛ばす。それに騎兵は顔の半分を隠している
「こ、これは――」
「任務ご苦労。いい仕事ぶりだ。誰がここを通ろうとしても厳しく確認したまえ。たとえ、相手が
「かしこまりました……」
衛兵たちが別れて道を
上がった第八層には南側に何部屋かの
それに繋がる扉もまた、六人の衛兵たちで固められ、
「お帰りなさいませ、
「――任務、
分厚い鋼鉄製の扉が衛兵によって開かれ、国王の居住区への道が開く。騎兵の男――に
短く刈り込まれた髪と頬の
がっしりとしたたくましい幅の肩をわずかに揺らし、背後で扉が閉ざされる音を聞きながら、ヴィザードは自室に向かって廊下を歩いた。
◇ ◇ ◇
自室に入ると胸に装着していた
北東を望める窓からは、東の市街地と北に面する城壁、その向こうの草原の緑がよく見える。敵軍がこの王都に押し寄せてきた時、海軍の援護がない方角を国王自ら
多少日当たりが悪けれど、歴代の国王たちはそこを
「――光を閉ざせ」
ヴィザードが
その中でヴィザードは目をつぶり、数時間前までの光景をまぶたの裏に投影して思い出す。
「面白い男だったな……」
覚醒と眠りの
◇ ◇ ◇
兜を脱いだその下から現れた顔を目の前にして、ログトの心臓が数秒の間、停止した。
声にしなければならない言葉が舌の上で
「あ……あ、
「
「と……とと、当然でございます。私とて、国王陛下から
ログトの
「どうか、ご無礼をお許しくださいませ! まさか陛下がこんな所に来られるとは思いませんなんだ!」
「そのための
「は……は、はは、は、はっ……」
「座るがいい。フォーチュネット伯」
息を
グラスに
「ひとまず、飲んで落ち着くことだ」
「へ……陛下……」
「そなたが
「お……
ログトはテーブルのグラスを震える両手でつかみ、その縁に口をつけてゆっくりと口に流し込んだ。体の
小さなグラスの酒を数十秒かけて半分を飲み、震えが止まらない手でグラスをテーブルに置く。
体の骨の
「気楽にしたまえ。そうでなくては話しづらくて困る。それともそう命令した方がいいかな?」
「は――は、は、は――。す、少しお待ち下さい、心臓の調子が……」
「
「それはそうですが、しかし、
「単刀直入にいおう」
ヴィザードは脚を組み、ソファーの背もたれに体を沈み込ませた。
「そなたの娘、リルル・ヴィン・フォーチュネット嬢を、我が
「っ」
ログトの体が一瞬、一回り
「も……申し訳、ございません。今一度、
「きちんと聞こえているではないか。その通りだ」
「…………!」
ログトの震えは全身に回り出す。気を落ち着かせようと再びグラスに手を
「リ、リルルを、お后にでございますか……!? 失礼ながら、陛下は、確か……」
「まだ妻は一人もおらぬ。というわけで、貴公の
「……陛下が、私などという者と
「余が誰かと会うというだけで
「し、しかし、何故、選ばれたのが
「
「父である私に、政治的野心がない……」
「そうだ」
ヴィザードは
「そなたはどの
「しかし私にも、私にも野望はあります。それは」
「旧フォーチュネット伯爵領の事情は知っている。調べさせた」
ログトが開けた口から、本当に言葉が出なくなった。
「四十年前に貴公の父がヴェニスタ伯爵に売却したフォーチュネット郡。売却額を調べさせて、笑ったよ。たった一千万エルか。その千倍でも
「……
「苦労をしたな、フォーチュネット伯。そなたの娘をもらい受ける代わりに、余もそなたに与えるものがある」
ヴィザードは
フォーチュネット郡支配における権利証明書だった。
「国王命令を発して当時のフォーチュネット郡における売却案件を、借金という形に改めさせた。フォーチュネット郡は
「つ……つ、つまり……」
「フォーチュネット伯。そんな借金を途中返済なしで四十年間放っておけば、どのくらいの額になるかわかるか? ああいい、計算させてある。つまり、私がいう次の額を
――三十九億エル、この場で小切手を切れるか」
「切れます!!」
ログトは小切手帳を懐から取り出した。血走る目でそれを
「これくらいの額は、とうの昔に用意しておりました!! ただ、ただ……」
「ヴェニスタ伯爵は売却案を
「私は幼少から、春に秋に黄金の海となる麦畑に囲まれて育ってきたのです。それを……それを今、取り戻せるというのですね……!」
「その前に、大切なことを貴公の口から聞いていない」
「リルルは、差し上げます!」
金額を書き込んだ小切手を切り、首が折れるくらいに頭を下げたログトは、それを両手でヴィザードに差し出した。
「元より、陛下の申し出を断ることなどできません! それに……それに、我が
ぶる、ぶるるとログトが背骨の
「それが! 今日、今日やっと
「許す」
ヴィザードのうなずきに反応したログトが、ソファーから跳ね上がり、
「泣くがいい。そなたのことだ。四十年の間まともに泣いてこなかったのだろう。四十年分の涙をここで流し
国王の言葉に
「――リルル・ヴィン・フォーチュネット、か……」
口の中で
園遊会で
「運命めいたものを感じないでもなかったが、こういう形になるとはな。しかし、なってしまえばそれは必然と思える。我がたった一人の后には、あやつこそ
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