「大人たちの密談」
銃の山の火口の
その中心には一台の円形のテーブルが
その
テーブルの上にはふたつのグラス、たっぷりの氷水と二本の
本当に良い天気だった。
薄い雲が小さく浮かぶだけの濃い青空の真上、そこに真昼の太陽が
止まったような時間がそこにあった。
今までこの塔で
固い床を
「やあ、待たせたね」
ウィルウィナが帽子の鍔を上げると、ゆったりとした歩調で歩いてくるフェレスの姿があった。
「なんだ、まだ
「話の最初くらい
一滴もアルコールが入っていない白い顔で、ウィルウィナはいった。
「このシャンパンはあんまりきつくない。ただ、とても
「シャンパン? なにそれ?」
「地球はフランス、シャンパーニュ地方で作られる発泡性のワインさ。
ウィルウィナがその意味を
「だが、貴重だからといって飲まぬまま
「そうね。じゃあ、ご
「そうこなくては。さて、君は酒を何倍も美味しく飲む方法を知っているかな?」
「気心知れた仲と共に飲む」
「君と気心知れていてよかったと、心から思うよ」
フェレスは
シュッ、と気体が
グラスの縁ぎりぎりにまで近づけられた酒瓶の口から、泡立つ黄金色の液体がゆっくりと
自分のグラスにも同じ分量を注ぎ、浅めに栓をし直して、フェレスは桶に酒瓶を戻した。
「では勝者の美酒、味わってくれたまえ。ボクは敗者の美酒を味わわせてもらうよ」
「……可愛い我が子たちの勝利を祝して」
「その子たちに、
「乾杯」
グラスを目線に
「ロシュちゃんの『手術』、上手くいったのかしら」
「物理的な
「ええ、本当に面白いわ」
ウィルウィナが
「五百年前に私たちを
冷たいアメジスト色の瞳が、シャンパンの黄金色を受けて輝いた。
「いや、長生きはするもんだ。面白いことが色々と起こる。こんなことは想像もしていなかったよ」
フェレスが肩を大きく揺らした。歓喜に
「しかしよく覚えていたね。キミの若い頃だろう」
「忘れるもんですか」
ウィルウィナはふたくち目を含む。
「私たち『五英雄』が
「落ちたところがとても浅かったんでね。回収できた。それでもかなりの幸運だったよ」
「ここに来て、あの子があなたの側に立っていたのを見た時、殺されるかと思ったわ。私のことを忘れてくれていたようで助かったけれど」
「認識できなかったんだろう。キミもずいぶん姿が変わったからね」
「……
「ボクの前に初めて現れた時、キミはまさに娘だった。いちばん上の娘……えーと……フィルフィナお嬢ちゃんか。彼女がやや大人びたくらいの見た目だった。それは今はどうだ。絶世の美少女が絶世の
「熟は余計よ。でもまあ、
「しかし、キミもずるいねぇ」
ウィルウィナが飲み干したグラスに、フェレスがお代わりを注いだ。
「今回の事態の
グラスの脚をつかもうとしたウィルウィナの手が、止まった。
「自分まで
「……それくらいわかってるわ。それでもやらなくてはいけなかったのよ」
「本当に変わったね、キミは。娘から母親の顔になった。しかし、ボクなんかあれだ、リルル嬢やサフィーナ嬢に完全に嫌われたよ。
「ヘラヘラしているからでしょう」
「こういう顔なんだ、仕方ない」
「それにずいぶん
「まあ、それはおいておくとして。この塔が
「……それもあるわ」
「まあ、キミが本当に監視していたのは
フェレスがグラスを口につけ、ゆっくりと上に
「それで、どうかしら。私たちに協力してくれる気になったかしら」
「――――」
グラスを傾けたまま、フェレスが全ての動きをとめた。
数分の時を置き、そのまま停止していたフェレスは、全てを飲み込むようにグラスの中身を一気に
「キミも、ボクの立場はよく理解してくれているはずだ……」
「あなたが
「訪れる『
「キミたちはその台風や地震以上の災いに逆らおうとしているのだよ」
「死ぬわけにはいかないわ。生きている限り」
グラスの中で弾け続ける炭酸の泡の数を数えながら、ウィルウィナはいった。
「リルルちゃんや、サフィーナちゃん――ニコルちゃんを見て、どう思った? 生き残るに
「――キミはずるい。試練を与えることでそれを
「あら、詭弁だなんてひどい」
「本当の
「――ふふ」
ウィルウィナの目が初めて笑った。
「なんだろうが、そうは」
「いかないの?」
「……いかないわけないだろう。いったろう、ボクは負けたんだよ」
その細い指が薄いガラスのグラスの縁を叩く。叩く
「ロシュをキミたちに
「さすがニコルちゃん。私の
「まあ、彼女に往年の力はない。力の
フェレスが神官がまとうような重たいローブの下からなにかをまさぐり、テーブルの上に置いた。
銀の腕輪がふたつあった。
「これは」
「五百年前にキミたちがボクからかすめ取っていった『守護天使』。存在と非存在の
「いいの?」
「……なにがエルフの究極の
「別にいいふらしているつもりはないんだけれど。ありがたくいただくわ」
「貸すんだ。あとで返してくれたまえよ。前のふたつも含めて」
「ええ。気が向いたらね」
「やれやれ。また借りパクされるな、これは」
テーブルの上に置かれたふたつの腕輪を、ウィルウィナが引き寄せた。
「……必要じゃなくなったら、
「ボクにできるのはそれくらいだ……しかし、この世界も変わったようだね」
二人ともそれ以上のグラスは進まない。
「五百年前にはまだ世界に活気があった。が、今はそれもない。進む科学技術の前に魔法は立場を失い、
「
「だからあの子たちなのかい」
「あの子たちには申し訳ないけれど、本人たちだって座して死を待ちたくないでしょう」
銀の腕輪を黒い腕輪に収め、ウィルウィナはゆっくりと立ち上がった。
「自分たちの世界は、自分たちで救わないといけないのよ。英雄の登場を待つのではない。自分たちが英雄にならなければならないのだわ……」
ありがとう、と
「もう行ってしまうのかい? しばらくはゆっくりできるんだ。せめてこの飲みかけでも二人で
「今はそんな気分じゃないの。酔えそうにもないし。もう一本は、全部が終わったらご
「それを
「なにかしら?」
歩き出そうとしたウィルウィナが歩を止める。
「あまり気に
「五百年前に殺しておけばよかったわ」
ウィルウィナが階段を下りていく。その足音も残り
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