第05話「遊戯のあとで」
「安寧のひととき」
「――では、これからメインリアクターの
「はい」
庭師の塔、百二十階の一室。
作業台のように見える金属の寝台の上に、全ての衣服を脱がされたロシュが、手足をまっすぐに
その寝台の上には、同じく金属で構成された無数の
「――開始する前に、もう一度念押ししておくよ。今から行う作業が必ず成功するかどうかボクには確信がない。失敗の可能性があるということは、認識しておいてほしい。最悪、二度と
やや離れた場所に
「ボクは作業開始の選択をするだけだ。なにせ作業自体はキミの中に組み込まれたプログラムに
「ですが、換装作業を行わなければ、ロシュはニコルお兄様の側にいることができないのでしょう」
「今現在、キミに搭載されているリアクターで
フェレスの視点がロシュの胸、心臓の下を見通すように置かれる。そこにロシュの命の源があった。
「それを
「――はい」
「ニコルくん、ボクの言葉は理解できたかな?」
「ロシュと僕がずっと家族でいるためには、手術が必要だということですね」
「僕はロシュと
「そうか。なら、
「ロシュは、ニコルお兄様と末永く暮らします」
どこまでもまっすぐな声が部屋の中に響いた。
「そのためなら
「よろしい。では始めよう。換装作業自体はほんの十分ほどだが、新しいリアクターに適合させるためのドライバのインストール……ああ、まあ色々面倒な手続きがあって、それに時間がかかる。稼働状態に戻るまでに数時間はかかるかな。何事もなく作業が完了することを、
フェレスの指が画面を
「ではニコルくん、退室してくれたまえ。彼女は今から胸を開くから」
「わかりました。――ロシュ、手術が終わったら戻って来て、眠っている君の手を握っていてあげる。だから、安心して手術を受けるんだ。いいね」
「はい、ニコルお兄様。ロシュに不安はありません。問題ありません」
ニコルは扉の前まで足を運ぶ。両開きの扉が自働で動き、少年の前に道を
少年の気配が扉の向こうに去ったのを待ち、フェレスが画面の中心の赤い表示に指を乗せる。灰色の横棒に画面が切り替わり、
機械の触手を支えている台座が天井から下がり、鋭い針を先端につけた細い枝の一本がさらに伸びて、ロシュの喉元のやや下辺りを軽く刺す。針の先が青く発光して
「
◇ ◇ ◇
「ニコル様」
今は手術室と化した整備工作室の外に置かれた
これから静かな
「ニコル様、申し訳ありません。フィルにお腹立ちでいらっしゃるでしょう」
「フィル?」
「フィルは今まで、ニコル様に
「ああ……」
「わたしが全ていけないのです。調子に乗ってお嬢様とサフィーナの二人に快傑令嬢になるための道具を貸し、作戦を立て、時には援護もしていました。わたしがそんなことをしなければ、そもそも快傑令嬢などは――」
「フィル、僕は怒っていない。頭を上げてくれていい。そんなに
座って、とニコルは長椅子の隣を軽く
「ただ、これから話し合わなくてはならない問題でもあるのは、確かだけどね……」
「ニコル様……」
「フィルはリルルやサフィーナ様の元にいてやってほしい。今、ふたりは体を休めているんだろう。……僕とフィルたちを助けるために、心の
「フィルが入浴と食事のお世話をした後、布団に入られました。多分、まる一日はぐっすりかと……」
「そんな二人に、僕がなにをいうこともできないしね。とにかく、今はゆっくりと休むんだ。二人が元気になってから色々と話をしたい。――フィル、心配しなくていい。僕はフィルに裏切られたなんて思っていないよ――それともフィルは、僕の言葉を信じてくれないのかい?」
「いいえ、いいえ! フィルは、ニコル様の言葉を信じています!」
「なら、リルルたちのことをお願いするよ。フィルも
「わたしの体調などは、
「ありがとう、フィル」
ニコルが
――なにせ、自分が眠っていた間に、リルルが快傑令嬢リロットとしての正体をニコルに明かしていたというのだから!
ついでのようにサフィーナもまた快傑令嬢サフィネルとしての正体を
「僕はしばらくここにいる。この塔だったらどこにいても連絡はつくだろうし。フィル、ふたりのことは任せたよ」
「は――はい! このフィルに、万事お任せください!」
では、と直角以上に頭を下げたフィルフィナが、
「――そういえば、フィル以外のみなさんはどうしたの? お三人とも姿が見えないけれど」
「ク、クィルクィナとスィルスィナは、サフィーナ様のお世話をしております」
「ウィルウィナ様は?」
「あの馬鹿、いえ、あの母ですか?」
訂正してからフィルフィナは考え込んだ。
「――どこにいるんでしょう? この何十分か、姿を見ていませんが……」
◇ ◇ ◇
――塔の六十一階。
リルルとサフィーナは、十数時間前に自分たちが仮眠を取っていた部屋で眠りについていた。
今度は仮眠というものではない。三十時間の激闘の疲れを癒やすための眠りだ。
フィルフィナが寝室の扉を音を立てずに開けた時、二人は少しの隙間を空けて隣り合った寝台で、やわらかな布団にくるまっていた。サフィーナの布団には抱き枕にさせられたクィルクィナが問答無用で抱きしめられ、スィルスィナが機械と化してサフィーナの髪を優しく
「……フィル姉様」
「しっ」
人差し指を立ててフィルフィナは制した。足音までも消してスィルスィナの背中、リルルの側に
幼さをうかがわせる笑みを浮かべ、
「――ふふ」
その寝顔の愛らしさにフィルフィナは思わず
「ぐー、苦しいぃ……」
サフィーナの胸に顔を押しつけられ、呼吸することも半ばままならないクィルクィナがうめき声を上げている。そんなクィルクィナの髪に顔を
「スィル、母を見かけませんでしたか」
「……お母様なら、少し前にちょっとここをのぞいて、なにもいわずに出ていった」
「どこに行ったのか……」
「……なにか用事?」
「いえ、用事というほどのものはないのですが――」
フィルフィナは考えを
「いつもの
そのフィルフィナの予想は、当たっていた。
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