「赤い暴走」
「……どうして、ですか」
「えっ?」
ロシュに語りかけていたニコルの口が、止まった。もともと反応に薄い彼女だったが、話を続けていても全く応答を示さなくなり、言葉に言葉を重ねている中での、突然返ってきた言葉にニコルは
「どうして、ロシュが、ニコル様と別れなければならないのですか」
「――ロシュ、僕の話を聞いてた?」
ロシュの
「ロシュ。僕の話を最初からちゃんと聞いてほしい。僕は、君とここで別れなければならないから――」
「……聞きたくない」
背を見せていたフェレスが振り返り、
「聞きたくない――聞きたくない、聞きたくないの――――っ!!」
少女の小さな口が、奥歯がのぞけるまでに大きく開いて、空気を打ち
鼓膜を
「いたぁっ……!」
「ひぐっ!」
リルルとサフィーナが頭を押さえ、体をよろめかせた。
「――お嬢様!」
棺から飛び降りたフィルフィナがリルルの元に
「なぁに、うるさいわね。歳を取るとエルフは眠りが深いのよ――と」
ウィルウィナの目の中で、背中の首元で栗色の髪をまとめた
点滅していた
「――なんか、とてもマズいところに出くわしてるようね」
「マズいマズい、こりゃマズいぞマズいぞ、マズすぎる」
フェレスがその頬に汗を浮かべた。口ではおどけるように危機を並べたことはあっても、どこかそれを楽しんでいるような
彼女の瞳が【赤】に変わる――それがどういうことか、
「どこかで
フェレスがポケットから小さな箱を取り出し、彼女に向けた。黒い直方体の真ん中に透明の
「これはキミの非常緊急停止装置だ。これを押してほしくなければ――」
無言でロシュがフェレスに左手を向けた。
三十メルトはある
二人の間には一本の糸の細さの
「……手を
大人しくフェレスが手の装置をロシュの手に
「馬鹿、問答無用で押してしまえばいいのよ。なにを
起き上がったウィルウィナが、地の底にまで届くようなため息を
「うむむ、ボクとしたことがぬかったな。そもそも暴走状態だからいうことを聞くはずないんだ。いやあ失敗失敗」
「馬鹿、
「わははは」
「――なにを明るく演出しているんです! どうやら相手は人間ではないようですね」
フィルフィナが右手首の黒い腕輪から拳銃を抜き、両手で構えた。
「事情はよくわかりませんが、こちらの危機と見ました。撃ちます」
「――フィル、ダメよ!」
リルルの制止を無視し、フィルフィナが引き金を指で
それは
「――は?」
フィルフィナが、
「今、カン、って……」
「だからいったのに……」
リルルが頭を押さえてへたり込んだ。拳銃でどうにかなるような
「ううう……ママー、フィルおねーちゃん、どうなってるの、これ」
「……
クィルクィナとスィルスィナが起き出す。状況説明など
「取りあえずそこから出て、
「ママ?」
「いいから。嵐が来るわよ。すぐに」
ウィルウィナが
「えらいことになっちゃったなぁ。まあ限りなく無駄だとは思うんだけど、このままっていうわけにもいかないか。者ども、であえ、であえ――」
気合いの抜けたフェレスの指示に応じ、四人の棺が押し出されてきた扉から異形の機械たちがわらわらと出てくる。まるで満員になった
機械
「ウィルウィナ様、ご気分はいかがですか」
「リルルちゃん、がんばってくれたようね。サフィーナちゃんも無事で嬉しいわ。――でもこれはちょっと危険な状態ね。とにかく今からもの
「もの凄いことって……あの女の子にしか見えない機械がメチャクチャになるっていうことですか」
「ううん」
ウィルウィナは
「逆よ」
数十の機械蜘蛛たち、それぞれの両腕が
銃列を前にして、ロシュは伏せも背を向けもしない。
それは銃身のような骨であり、そして実際に銃身であり、次には銃身であることを証明していた。
「――――――――」
突然、
白い火炎を限界まで
風が音となり熱となって
その嵐にさらされた機械たちが、まるでドミノ倒しのように
少女の左手首で高速回転する三つの銃身、それに開けられた銃口。そこから巻き起こる、光と熱の豪雨――世界中の雨を集めてもなお足りないほどの勢いで吐き出される破壊の嵐の前に、立ったままその形を保てるものなど存在しなかった。
「うにゃ――――――――!!」
自分の体に沈め込んでしまうほどに強くフィルフィナを抱き寄せたリルルが、一セッチメルトも上げられない頭を地面に
地獄とそうでないものの境界が頭上、まさにほんの
フェレスもまた、昇降機の陰に隠れ、
発砲の嵐が何秒間続いていたのか、誰も数えていない。十数秒間か、何十秒間か――おそらく一分は超えないだろう。しかし、猛射撃が巻き起こす破壊の
ある境を超えて上にあるものの全てが、その形をなくし、動かぬ
「――ママ、ママ、大丈夫? 生きてる?」
「ああ、クィルちゃん……」
嵐が収まっても頭を上げられないウィルウィナが、娘の呼びかけに顔を
「――ねぇ、ママは
「誰も死んでないよ。まだ、今のところは」
「は――――」
娘の言葉にウィルウィナはようやく勇気を得て、顔を上げた。
今まで広間を
連射の
「……お嬢様、今が好機ではないですか」
「まあ、発砲が始まる前よりはマシだけど……ねぇ、サフィーナ」
「あの子、変形するのは左腕だけじゃないのよ」
フィルフィナの表情が
「右腕も変形するわ。私たち、見たもの。どういう武器かはわからないけれど――」
「フィル、伏せたままでいて。銀の腕輪を持つ私たちで、なんとかしてみせる」
「お嬢様――」
フィルフィナの制止を無視し、リルルとサフィーナが立ち上がる。
その少女たちの動きを感知したロシュが、表情も変えずに右腕を水平に
――変形が開始された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます