「ニコルの反攻」

 ロシュの右前腕が、ひじ支点してんを作って二つに開いた。二の腕に皮膚・・の腕が合わさり、開いた前腕の中から骨のように現れたのは――二枚の平行して並ぶ板!

 六十一階の階層で垣間見かいまみた『機械』の証明を再び見せられ、リルルとサフィーナが身構えた。


「あれは……やっぱり武器?」

「剣かしら。二枚っていうのが気になるけれど。注意して、リルル」

「ご令嬢たち、そういうのはボクにたずねたまえ。もうなんでも正直にしゃべるから」


 気を失っているニコルをかばいながら、自らも身をせているフェレスが声をかける。


「あれはオープンバレル加粒子かりゅうしキャノンだ」

「……わかるようにいって!」

「砲だ、大砲だよ」


 リルルとサフィーナの顔から、同時に色が失われた。


「二枚の板のあいだ……ああ、細かい説明は省くよ、あの間から光の砲弾を発射する。忠告しておくと、『守護天使しゅごてんし』――いや、キミたちは『銀の腕輪』と呼んでいるのか、その光の盾では防げない。回避かいひ注力ちゅうりょくすることだね」

他人事ひとごとみたいに!」

「リルル!」


 ロシュがその『砲』をリルルたちに向けた。銀色に光る二枚の板が光を帯び、板の間で無数の紫電しでんたがいに向かって落ちる。

 美しい稲妻いなずまたちの饗宴きょうえんにリルルとサフィーナが半瞬はんしゅん、目をうばわれかけた時、その板は根元から異常な発光を放った。


 空気を蒸発じょうはつさせる高熱の光のかたまりが、二枚の板の間をすべるようにしてき出された。


「あつっ!」


 それぞれの直感にしたがい、左右に分かれるようにリルルとサフィーナがドレスのスカートをひるがえして横転おうてんする。それと同時に、光を物質化するまでに凝縮ぎょうしゅくさせたそれは、砲弾そのままの速度で撃ち出された。


「んんっ!」


 エルフの四人が床に顔を押しつけるまでに強くせる。頭上を擦過さっかされたわけではないが、この空間の中で瞬間存在した光の砲弾が発する熱が、体に焼きごてを当てられたのではないかというほどに熱いものとして肌にぶつかってきた。


 音速をはるかに超える速度で放たれた輝く砲弾は、帯びるその高熱だけで壁を溶解ようかいさせ、厚いはずの塔の内壁までも易々やすやすと食い破った。

 破壊はそれだけにき足らず、この塔を内部に飲み込んでいるに対しても、容赦ようしゃなく行われた。


 砲弾が全てを貫通かんつうするその間、破壊音など聞こえなかった。聞こえたのは、物質が原子に還元かんげんされて霧散むさんする、ものが蒸発じょうはつする時のものに似た音だけだった。


「い、ぃぃ、い……!」


 振り返り、砲弾がけ抜けた道を確認したリルルの顔から、今度こそ色が完全にがれた。

 隕石いんせきでも落下してきたかというほどの直径ちょっけいの穴が、塔の内壁と山に穴をけ、その向こうに海の色が見えていたのだ。

 外気が音を立てて流入し、風となって全員の衣服をなぐりつける。


「気をつけたまえよ。キミたちが相手にしているのは、世界のひとつをほろぼしかけた眷属けんぞくの一人だよ」


 フェレスの声を背景にするようにロシュが、表情のない顔でその髪を激しくなびかせていた。愛らしいメイド服姿にも関わらず、その姿は世界を滅ぼした魔人に相応ふさわしき禍々まがまがしさをまとっていた。


「そのロシュに比べれば、キミたちがやり過ごしたキマイラなんて、可愛いトカゲみたいなものなんだ。悪いことはいわない、今すぐこの塔から撤退てったいしたまえ」

「撤退たって……どうやって撤退するの!」

「ロシュの背中の昇降機エレベータからかな。階段は今の砲撃で崩壊ほうかいしちゃったよ」

「結局倒さないといけないんじゃない!」

「リルル、落ち着いて。すぐ興奮するのがあなたの悪いくせよ」


 サフィーナが左手にムチをにぎる。


「こちらは二人、相手は一人。連携れんけいでかかればどうにかなる」

「……本当にどうにかなる? 自信は?」

「ないに決まってるでしょ。でも、私たちの方にある利点はそれくらいよ――ちがう?」

「は――――」


 聞くに恐ろしいセリフをさらりと口にするサフィーナの姿に、リルルが細い息をいた。心が冷えて冷静になる。


「……サフィーナ、あなた本当に頼りになるわ。そうね、私の悪い癖ね、それは」

「さっきみたいに二人をねらった発砲が来たら、二手に分かれてけ、次弾が来る前に仕掛しかける――この作戦でどう?」

「作戦といえるかどうかはかなり微妙びみょうだけど、それしかないようね」


 相手に近接きんせつ武器がないのがつけいるすきだ、と目配せで語り合わせ、リルルとサフィーナは肩を合わせ、前進した。ロシュが無機質な動きで右腕の砲身を向ける――彼女が機械であるということを証明するかのように、なんの感情も帯びずに。


「――来るわ!」


 二発目の砲撃の気配が起こる。発砲前に派手な発光がしょうじるのがリルルたちには幸いとなった。こちらをまとめて消滅しょうめつさせる照準しょうじゅんさそい、砲身で光がほとばしると同時に、地をって別れる。空間の空気の半分を焼き尽くす高熱が再び生まれ、異界の技術による光弾がまたも発射された。


「くぅぅぅっ!」


 数メルトの距離きょりを取っているはずなのに、皮膚の全てが炎であぶられるほどの高熱に火傷やけどを受けるかと思われた。銀の腕輪の加護かごがなければ実際、そうなっていたかも知れない――。


「リルル!」

「わかっているわ、サフィーナ!!」


 地を蹴り体を宙で横回転させながら、今度は床を手の平でつかむ。そのまま腕の力で身をね上げ、天井をみ板にして飛びながら、リルルとサフィーナは同時にムチを振るった。

 弾丸のそれをはるかに超える速度で、ムチの先端せんたんが空気を貫通かんつうしながら飛ぶ。


「!」


 サフィーナのムチがロシュの左腕に、リルルのムチが右腕の砲身にからみついた。


とらえた!」

「リルル、このまま、全力で引き倒すのよ――ううっ!?」


 銀の腕輪によってすさまじい腕力を得ているはずの快傑令嬢たち二人の力、それに引き寄せられながらも、ロシュの体は、基礎きそが深く打たれた柱のように微動びどうだにしなかった。


「なんて力っ!?」

「だからさー、キミたちでは無理なんだって」

「こんなヤバいのを連れていて、のんきなものね!」

「リルル、よそ見しないで!!」

「うわあっ!?」


 ロシュの、リルルのムチに絡まれた右腕・・の二枚の板が、またも激しく発光したと同時に、絡んでいたムチが瞬時にして燃えきた。


「危な――――」


 輝く光の波動にリルルが持つ全ての陰影いんえいが浮きりにされ――次の瞬間には、それはき消えた。



   ◇   ◇   ◇



「……う……」


 気を失い、床に横たわっているニコルの、その閉ざされていたまぶたが、震えた。

 頭の奥がしびれている。眼前で食らった衝撃波しょうげきはの張り手に一瞬で気絶させられ、その余韻よいんがまだ頭の中で響いていた。


「どうなって……いる……」


 耳に音が響いているのが認識される。音の意味が脳で理解されていく。


「――リルル、大丈夫!?」

「――我々全員で矢をます! 効きはしないでしょうが、せめて注意だけでも!」

「――注意を引いたらこっちに撃ってくるんじゃないの! やだよぉ!」

「――……うるさい、とっととやれ」


 まだ意識が白い。目を開けられない。だが、状況じょうきょうはわかる。

 ――危機だ。


「ロシュ……」


 聞きれない轟音ごうおん幾度いくどとなく響く。なにかが弾け飛ぶような音がそれに続き、知っている声がわめくのが重なる。空気が激しくかき混ぜられるのが触覚しょっかくとして感じられる――感覚が次第によみがえり、ニコルはばしていた手の指を、動かした。


「――ニコルくん?」


 側で聞こえたのは、フェレスの声だった。


「リルル……サフィーナ様……みんな……」

「ニコルくん、目覚めたのかい」

「フェレス……さん……」


 ニコルが、目を開いた。かすかにもやがかかっていた視界がゆっくりと開けていく。それにかぶさるように、フェレスの心配顔が見えた。


「ニコルくん、よかった、大事ないね」

目眩めまいがちょっと……いや、かなりしますが、大丈夫そうです……」

「動かない方がいいんじゃないのかい。診察しんさつを受けた方がいいよ。ボクがキミをてあげよう」

「いえ、動けます、動きます、動かないと、いけません……」

「ニコルくん、ダメだよ――ああ、こっちもダメだなぁ」


 再び轟音が空間上に響いた。雪崩なだれの勢いで空気が動いてニコルの体が飛びそうになり、それをフェレスが身におおい被さることで防いだ。


「マズいなぁ。このままあばれられるととう崩壊ほうかいしちゃうよ」

「ロシュは……」

「キミと別れなければならないというのが、よっぽど絶望的だったんだね。一瞬でプッツンしちゃったよ。今、絶賛暴走中だ――外からの情報は受け付けないかもね」

「ああ、もう……」


 ニコルが、ゆっくりと――体を起こした。


「……早とちりなんだからな……ははは……まあ、ロシュネールも、そうだったけれど……」

「……ニコルくん!?」


 そして、くるう風の中で、よろめきながら立ち上がった。


「――ニコル!?」

「ニコル、せていて! 危ないわ!」


 足をくじいて動けなくなったリルル、それを身をていして盾となっているサフィーナの声が重なる。ニコルに背を向けているロシュは反応しない。動けないリルル、動くわけにはいかないサフィーナに対してまっすぐ砲身を向けている。


「――ロシュ、聞いてほしいんだ」


 背後からの声にロシュの肩が、跳ねた。

 そのロシュに向けて、もどかしくなるほどにゆっくりと、ニコルが歩を進める――ゆっくり、ゆっくり、一歩一歩を手作りで作っていくように。


「人の話は、ちゃんと聞かないといけないよ。わがままなのは、昔と変わらないんだな……でも、そこもロシュらしいね。キミは本当にロシュの写しなんだね……」


 ロシュの背後に立ち――そして、目の前の両肩に、手を置いた。


「――そんな君が僕には大切なんだ、ロシュ」


 ニコルの反攻はんこうが、始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る