「鏡写しの快傑令嬢たち」
「わ……私なの、これは……!?」
リルルは、目の前に出現した『敵』の姿に、
自分の正面に立っているのは、薄桃色のドレスに身を包み、真っ赤な
同じなのは
「まるで鏡……! いいえ、本当に鏡なのかしら……!?」
「――ちょっと、これはややこしいわね」
「あなたとあのリルルが混ざっちゃったら、私、区別することができないわ。胸の小ささも同じだし」
「あなたが本物だっていうのはわかるわ!」
涙を浮かべながらリルルは叫んだ。
「ま、冗談はともかくとして――二人とも
「……念のため、合い言葉を決めておくわ。必要になるかも知れない」
「その合い言葉は?」
「それは――――」
リルルが小声で
『やあ、驚いてくれたかな、ご令嬢たち』
「っ!」
またも、フェレスの声が階層全体に響いた。
『その人形は訓練用の
「保証してもらいたくもないけれど。あの二人を倒すことがこの階を通過する条件だというわけ?」
『話が早いね、リルル嬢。でもまあ、
声が消える。それと同時に鏡のリロット、鏡のサフィネルもゆっくりと歩み寄ってきた。
「――リルル、しっかりね」
「あなたもよ、サフィーナ」
リルルとサフィーナは
「――私と同じ能力? 本当にそうなのかしら!」
走るリルルが、腰のレイピアを右手で抜く。それと同時に鏡のリルルも駆けながら腰のレイピアを右手で抜いた。鏡といっても左右逆に入れ替わっているわけではない。憎たらしいほどに同じ挙動だった。
「――ふぅっ!」
強烈な右足の
輝く刀身が
「くぅぅっ!?」
左手首に送っていた念を切ったと同時に、切っ先と切っ先が真正面からぶつかり合う。力場の衝突が炎を発さない爆発を生んで、その
「きゃああああっ!!」
自分が
「――リルル!!」
「サフィーナ、銀の腕輪の力は使わないで!!」
同じく鏡の自分に斬り込もうとしていたサフィーナが、動きを止める。
「力がまともに跳ね返ってきたら、私たちの体じゃ耐えられないわ! ――向こうと相討ちになるわけにもいかない!」
「それじゃ、どうやって……!」
歯ぎしりをするサフィーナの目の前で、鏡のサフィーナが
「っ!」
鏡のサフィーナが剣を引いたと思うと、今度は自分から繰り出してきた。首筋を
そのまま振り落とせば、
「や……やりにくい……!!」
リルルもまた同じようなものだった。同じ構え、同じ速度、同じ攻撃、同じ防御で対応してくる相手は、手応えがある
「――突破できない! 相手を斬ろうとしたらこちらも斬られるし、突こうとしたら突かれる! 銀の腕輪を使ったら互いに
それでいて、一瞬で
『まあ、機械だからね、キミたちはどんどん疲れていくが、その相手は疲れないよ。キミたちがバテたら、勝負は終わりだ。それにもう五分が経過している。制限時間が設けられているのを忘れないようにね』
「くっ――!」
相手の
「――合い言葉!」
リルルが声を上げる。自分と背中を合わせて苦しそうに肩を上下させている方は本物だとわかってはいたが、確かめざるを得なかった。
「ニコルのことは?」
「愛してる!」
「よし、本物ね――」
鏡のリルルと鏡のサフィーナが相対する。四人はほぼ一直線上、本物の二人を鏡の二人が挟む形になった。背中を合わせているリルルとサフィーナはもう下がりようがない。じりじりと詰めてくる鏡の自分たちを前に、間合いを詰められるだけだった。
『……もう少し楽しませてくれると思っていたが、もうフィナーレか、つまらないな。でも、これ以上しょっぱいものを見せられても仕方ない。リルル嬢、サフィーナ嬢。降参して全てを
「――リルル、なんかいってるわよ。
リルルとサフィーナが首を巡らせ、互いの目を一瞬、のぞき込んだ。
「――フェレスさん、といったかしら?」
『いかにも』
「素晴らしい
◇ ◇ ◇
『ふぅん、まだ気力が
「……感想ですか?」
鏡の自分たちに
「特にありません。リルルとサフィーナ様が勝ちますから」
『ほう、自信があるようだね。根拠はなにかな? できれば聞かせてもらいたいものだが』
「簡単です。――二人の目はまだ、生きている」
ニコルはいった。震えのない声で。
「僕は二人を長い間見てきて、知ってます。二人は切り札を持っている。今にわかります」
『ふぅむ……面白いね。では、
「どうぞ」
◇ ◇ ◇
「――では、サフィーナ」
鏡の自分に剣を向けて
「そろそろ反撃と行きましょう。私たちを追い詰めていると
「そうね。自分たちが追い詰められているのだということも知らないお馬鹿さんたちにね」
『ふぅん?』
首を
『追い詰められた、でなくて、追い詰めた、のかい? それは、強がりにしても無理が――』
「私たちはこの構図に追い詰められたのではないわ――自分たちから入ったのよ。
じゃあ、サフィーナ。――いち、にの」
「さん、と」
リルルとサフィーナは同時に
「ッ!」
鏡の快傑令嬢たちが震えた。一瞬で目の前の対称だった相手が、非対称の少女に変わったからだ。
リルルは鏡のサフィーナに、サフィーナは鏡のリルルに相対する。鏡の快傑令嬢たちは入れ替われない――入れ替わるには離れすぎている!
その現実を前にして一歩も動けなくなっている偽者を前にし、リルルとサフィーナが瞳に力を宿した。
「私たちはね、訓練でいつもお
「――自分の弱点と、相棒の弱点をね!」
リルルとサフィーナが互いを
「ッ!!」
自分と
音速を
『うわお!』
天井からフェレスの
『お見事だね――! ――なるほど、そうやって対称性を
「――
『ああ、すまないすまない、今階段を出すから』
塔の内壁に
『さあどうぞ。いやいや、今の機転はなかなか良かったね。おかげでいい記録が取れたよ。しばらくこれで楽しめそうだ。では先はまだまだ長いが、がんばってくれたまえ――』
「余裕をかましていて、ムカつくわね! ――ニコル、聞こえていたら安心して! 私たちは絶対にそこまでたどり着くから!」
リルルとサフィーナが階段に向かって走る。体力はさらに
◇ ◇ ◇
壁の投影板が表示を消し、なにも映さない真っ黒な板と化した。ほとんど止まっていた息を細く長く
「――よかった、リルル、サフィーナ様……」
思わず握っていた手を開くと、汗でぐっしょりと
『ふふ、キミだって結構
「……負けたのに、いやに楽しそうですね」
『面白かったからね』
強がりでもなんでもない声だとニコルは思った。本人の微笑みさえも頭の中で楽に想像できた。
『さて、緊張のしすぎで
「食欲なんか
『まあまあ、機嫌を直してくれないかな。そんなにカリカリしているとお肌にも悪い。じゃ、またなにかあったら呼んでくれたまえ』
ふつ、と会話が切れた。ニコルはため息を
ふしゅ、と小さな音がして背後の扉が開いた。ニコルが振り返ると、メイド服姿の少女――ロシュが立っていた。
「――ロシュ! 大丈夫なのかい?」
「はい、ニコル様。あなたのロシュは大丈夫です」
その頬に熱を帯びさせて少女――ロシュが応え、部屋の中に入ってきた。ここを出ていった時の
普通の人間らしい自然な歩み、といえばいいのか――。
「ちょうどよかった、ロシュ。喉が渇いたんだけれど、飲み物がほしいんだ。持ってきてくれたらありがたいんだけれど――ロシュ?」
ニコルの要望が聞こえているのかいないのか、まっすぐにニコルの側まで歩いてきたロシュはそのまますとん、とニコルの肩に肩が触れ合う近さでソファーにおしりを落とした。そのいささか乱暴な座り方に、ニコルの腰が弾むほどだった。
「ロ……ロシュ?」
「ニコル様」
ロシュの手がニコルの腕をつかむ。
ず、と少女の体が前に傾けられ、ニコルはロシュの顔が目の前に迫ってきたのと、そのオレンジ色の瞳が濡れたように熱く揺れている理由がわからず、少年は、
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