「鏡の人形」

 紫電しでんを帯び、拳が開かれるように先端を分裂させた光るムチの一薙ひとなぎぎがまさしく、電光の速度で宙を走った。

 廊下ろうかふさぎ、少女たちの進路をはばんでいた二機の機械蜘蛛グモの胸部と腹部が、くさった木材をえぐるように貫通かんつうされる。

 サフィーナが腕を引き寄せると硬質の筐体きょうたいからムチが引き抜かれ、機械の蜘蛛は力を失いその場に脚を広げ、いつくばった。


「サフィーナ、階段があったわ!」

「――リルル、危ない!」


 力を断たれ動かなくなった二機の残骸ざんがいび越え、十字路の左に階段を見つけたリルルの脚が意識するよりも先にそこに向かい――リルルに一歩遅れて交差点に入ったサフィーナは、右手の奥に現れた機械蜘蛛の姿を目にとらえた。


「盾!」


 左腕に力を込める。青白い光が盾となって現出し、レイピアを抜きながらサフィーナは風となって地をけた。数十の歯車を一斉にきしませる鋭い音を発し、機械蜘蛛の右腕が機銃弾を発射する。


「く――――!」


 遠い雷鳴が何重にも落ちる音に耳をおそわれながら、オレンジ色の火花が豪雨ごううのように降る正面に向けて、サフィーナは心をからにして疾走はしった。


「ふぅっ!」


 ふところまでに肉薄し、発砲炎の大輪を咲かせていた右腕を、最下段から振り上げた輝く剣ですっ飛ばす。機械の腕が肩口から飛び、それが落ちるまでにサフィーナのやいばは大上段から垂直すいちょくに振り落とされ、機械の上半身を一振りで真っ二つにした。


「ダメじゃない! 私に注意したことを、あなたが間違まちがうなんて!」

「サフィーナ――ごめんなさい、助かったわ!」


 待ちせに注意しろ、釣られるな――警告していた本人が釣られていてはいいつらの皮だ。


「リルル、私を馬鹿にしてはダメよ。私は昔から剣の稽古けいこはしているの。基本なら負けないわ」

「あなたがいてくれてよかった。一人じゃできないことってあるのね……ありがとう、サフィーナ。私が間違っていたらなんでもいってほしい」

「そりゃもう、なんでもいうわよ。キスをする時に相手の唇をめようとしちゃダメとか」

「んにゃぁっ!」


 リルルはかぶっている帽子ぼうしと同じくらいに顔を赤くした。


「次は十二階、残り時間は……あと二十七時間五十分……か……」


 天井を見れば、どこにでも残り時間を示す砂時計と残り時間を示した数字が表示されていた。最下層の一階をのぞけば、約百二十分で十階を踏破とうはした計算になる。


「目的の百十九階まで残り、百七階。このままの調子で行けば……二十二時間弱で目的地に到着できるわ。約五時間の余裕がある……五時間……」


 サフィーナのつぶやきに、リルルは疲れで回らない頭で検算けんざんする。それが正しいことを確かめて、リルルは階段に腰を下ろし、にぎりしめていた剣を放した。疲れで指が関節の奥まで強張こわばっている。そのリルルをはげまそうとしたサフィーナもまた、気力が折れてその隣にひざを着いた。


「……たった、五時間しかないのよね……」


 ここまで上ってくる間、複雑な迷路と巧妙こうみょうに配置された機械の魔物たちが突破をはばみ、リルルたちは体力と神経をけずりながら必死の大立ち回りを演じてきた。

 まだたった十階しか・・・・・・・・・上がっていないのに、体力も気力も底が見えかけている。


 休憩きゅうけいなしのこのままの調子ペースけ上がれるとは思えないし、三十時間を一睡いっすいもせずに戦い抜くというのも無理だろう。仮眠かみんぐらいはどこかではさまなくてはならず。食事だって――。


「――リルル、行きましょう。やれるかどうか、じゃないわ。やれた・・・かどうか、よ。――確実に間に合わないのが途中でわかったって、私は降りないわ。それともリルル、ここで降りる?」

「……安い挑発ちょうはつだわ。降りるわけないじゃないの……」


 微笑ほほえみかけたサフィーナにリルルもまた微笑み返す。たがいのそれに、疲れの影が貼り付いているのをいなめないと思いながらも。


「半年も先輩の快傑令嬢が後輩に負けたなんて世間に知れたら、もう面目めんぼく丸つぶれよ。ずかしくて引退しちゃう」

「そうでなくてはね――期待しているわ、先輩。とらわれの王子様が待ってるわよ?」

「ええ……行きましょう……」


 一分の休息にいくらか体と心に力を与えられ、リルルとサフィーナはその場にへたばってしまいたい誘惑ゆうわくを振り解きながら立ち上がり、十二階に続く階段を上がり始めた。



   ◇   ◇   ◇



『――ニコルくん、退屈たいくつしているかな』

「っ!」


 戻った部屋でソファーに座り、はるか階下で戦っているだろう二人の令嬢のことで胸を痛めていたニコルに、天井からフェレスの声が降ってきた。

 下でなにが起こっているか、全く知らされない少年が敏感びんかんに反応する。


「二人は無事なんですか、リルルとサフィーナ様は――」

『安心してくれていいよ。二人がゲームオーバーに――つまり作戦遂行すいこう不能になれば、その時点で教えてあげる。ボクからその連絡が来ないということは、無事だと判断してくれていい』

「ええ……」

『それで今、面白い場面なんだ。階層は十二階。キミも二人が今どうなっているか見たいだろう』


 ニコルの正面の壁が発光し、ひとつの光景を映し出した。薄桃色と紫陽花あじさい色のドレス姿の少女が二人、階段をみしめてその階に上がってくるのが見えた。


「――リルル! サフィーナ様!」

『キミの声は向こうには伝わらないよ。彼女たちも、キミの声が聞こえてきたら気が散るだろうしね。で、問題の第十二階なんだけれど』


 各階は迷路と聞いていたが、その階は一階と同じく拓けた階層だった。塔の外周の内壁と、中央の昇降機エレベーター主軸メインシャフトしかない。天井も少し高い――六メルトほどはあるだろうか。


『各階が迷路と雑魚ザコ敵だけだと、単調できるんでね。変化をつけるために強敵と戦ってもらうよ』

「強敵……?」

『ほら、彼女の前に二体、いるだろう』


 映像がその対象を追って流れる。リルルたちと三十歩は離れたそこに、二体の人形が立っていた。


「……人形?」


 人型――人体をしたものではない。絵描きが人体の構図を把握はあくするのに使う、木をつなぎ合わせたのっぺらぼうの木偶人形でくにんぎょうを人物大にまで大きくしたものだ。


 五歳の子供でもその姿を正確に描き写してしまえるような、単純きわまりない姿をしている。頭部には顔もない。こんなものが強敵だというのか――。


『まあ、見ていたまえ。とても面白くなるからね』


 内心を見透みすかされたニコルが目を大きく開き、その拡大された瞳孔どうこうの中で、『人形』の変貌・・が始まった。



   ◇   ◇   ◇



 丸腰の木偶人形がなんの構えも取らずに立ちふさがっているのをの当たりにし、リルルとサフィーナは一瞬、それをなにかの冗談じょうだんかと思いかけたが、答え合わせはすぐに行われた。


「えっ!?」「なにこれ!?」


 人型の硬い皮膚ひふが一瞬輝いたかと思うと、次の瞬間にはそれは鏡の表面に変わっていたのだ。


 二体の人型の表面の鏡が、それぞれにリルルとサフィーナを写す。頭部には少女の頭、胸部には少女の胸、腹部には少女の腹というように写っている――いや、写っているというのは不自然だ。

 鏡となった人型は、少女たちの姿以外のものを一切表面に投影していない。鏡とはちがうのか――。


「――こいつ!?」

「身構えて、リルル!」


 サフィーナがさけんだ次には、その硬い素材はどろりとした粘質ねんしつの液体に変質へんしつし、人型の輪郭りんかくくずれた。そのまま重力に引かれ、溶け落ちるかと見えた――それは、今までの単純さをかなぐり捨てたように、複雑な形状に細部をばしていった。


「な――――!」


 二人の少女たちがおどろきの声を上げた。止められなかった。

 快傑令嬢リロットと快傑令嬢サフィネルの前に現れたのは、快傑令嬢リロットと快傑令嬢サフィネルだったからだ。

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