「満月が告げるもの」
部屋の明かりはまだ
そして、その扉が開かれた時、自分の運命もまたひとつ、前進する――。
「――――――――」
だから、息をするのもやや苦しいくらいに張り詰めきった
午前零時まで、あと二分か、三分――それが
『リルルちゃん』
この部屋の鍵を渡してもらう時、ウィルウィナはこういったのだ。
『日付が変わるまでに、ニコルちゃんをあなたのところに行かせるわ。あなたの部屋の合鍵を渡しておく。――いいかしら?』
『ウィルウィナ様、何故、そんなことを……』
『愛し合う者同士、心も体も愛し合う。とても自然なことよ。あなたたちはそうやって歴史を
『でも、今だなんて……』
『今しかないでしょ? お屋敷に帰ってから、あなたの寝室にニコルちゃんを引っ張り込む勇気はある?』
そんなことをいうウィルウィナの顔はいたずら気に微笑んでいるものなのだが、何故か、この時だけはそれが
『――ニコルちゃんに鍵を渡すわ。いいのね?』
その念押しにリルルは、はい、と答えてしまった。
どうしてその答えを選択したのか、自分でもよくわからない。ただ、はいとしか声が出なかったのかも知れない。
「…………」
事実、もうあと数十秒で今日という日付は終わってしまおうとしているのに、彼は来ない。
不自然なことではないとも思う。ニコルという少年は、そういう少年だから。
それを証明するかのように、時計の長針は今、
リルルは、目を閉じた。
自分たちの
何も変わらないという
あとひとつ、音もなくひとつ長針が動けば、運命がひとつ
「――――――――」
リリ……リリリン……リリリリ……。
壁時計が午前零時ちょうどに針を
「…………そうよね」
目をつむりながらリルルは
そして、自分は眠る。
明日はいつものようにやってきて、今までと変わり
「ニコルはそういう人だものね……うん、私も期待してはいなかったわ。期待してはいなかったけれど……」
「――リルル」
少女の目が、弾かれたように開かれた。
意識するより前に、腕が体を起こしていた。
鍵が回された音が空気を
息を飲み、そこから吸えなくなったリルルの目の中で、運命が何かを告げるように扉は開かれた。
「――夜分、失礼するね……」
「ごめん、ノックもしないで。なるべく静かにしたかったから」
「ニコル――――」
リルルの目が、
ニコルは
「もっと早く来ればよかったね。君をやきもきさせたかも……」
「……その格好は?」
「散歩に出よう、リルル」
いつもの
「あ…………」
リルルは、ようやく気づいた。
ニコルの足が、扉の境界を
「月が綺麗だよ。――だから」
◇ ◇ ◇
ふたりは、暗がりの屋外をゆっくりと歩いていた。
ニコルが手から
木々がそれほどの密集もしていない林の中を、二人は歩いた。
「……どこに行くの?」
ニコルと行く所ならばどこでもいいとは思いながらも、リルルは
「食後に散歩した時に見つけたんだ。とっても見晴らしがいい場所――ほら、見えた」
林を抜け、ニコルがランプを高く
「大きな石……! いえ、
「リルル、空を見て」
首をいっぱいに
「わぁ…………!」
その星々をまるで支配するかのように、二人のまさに真上に、真円を描いた黄金の月が重々しく
「座ろうか」
ニコルがマントを
一瞬だけリルルはためらったが、さらにニコルに
◇ ◇ ◇
「――なにを話しているのでしょう?」
「なんでもいいではありませんか……」
林近くの
「フィル、あなた、
「無理ですよ……。それに、なにを話してようといいではないですか。これは
真剣にオペラグラスをのぞき、なんとか話の内容までわからないかと
「ねー、サフィーナお嬢様。なんであたしたちもここに
「しっ、クィル、
「スィルもさっきから半目で黙りこくっていて
サフィーナの少し後方では、あくびをしているクィルと、相変わらずの瞬きすらしない半目のスィルが座り込んでいた。
「あたしもう眠いんだけど。ねぇスィル、黙ってないでなんとかいいなさ…………ああ、そっか、目を開けたまま寝てるんだ」
うなずくようにこくり、とスィルの頭が前に倒れ、反動で元に戻る。まるで機械仕掛けの人形かなにかだった。
「サフィーナ、公爵令嬢ともいう方がみっともない。これではのぞきのようですよ」
「のぞきのよう、というのは認識違いですね。これは立派なのぞきです」
「私は、修業時代のニコルのお風呂を毎日のぞいていたのですよ?
「それは、
「ああもう、じれったい。何をしているのですか、早く押し倒してしまうのですよ、リルル!」
「……お嬢様に押し倒させるのですか?」
「あのニコルにリルルを押し倒す度胸なんてありません! 千年
「それは理解しますが……」
「あっ、ニコルそんな、いけない!」
オペラグラスから目を放さないサフィーナの声に、フィルフィナの耳がバネ仕掛けのように跳ねた。
「な、なんて大胆な! リルルの胸に手を突っ込むなんて!!」
「!!」
拳銃を抜くのと同じ早さで取り出したオペラグラスを目に当てたフィルフィナが、神の領域の速度でその視界に二人の姿を
明るい視野の中では、体ひとつ分を空けて、手もつないでいないリルルとニコルが背中を見せてそこにいた。
「…………」
オペラグラスから目を離したフィルフィナが手を震わせ、
「にやり」
「……は、ハメましたね……」
「フィルったら素直じゃないのですね。気になるなら気になるといえばいいのに」
「くっ……」
フィルフィナがオペラグラスを
「も、もう、どうでもいいのですよ、ニコル様とお嬢様がくっつこうが、今までのままであろうが。どちらもそれはそれで、幸福なことに変わりはありません。まったく、母もどうしてこんな
天を仰ぐフィルフィナのアメジストの瞳の中で、明るい
「は――あ、あ、ああ……!?」
次には、まるでそれが黄金の泉であるかのように輝く表面が、
声にならない
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