「『森妖精の王女号』の出航」
「うわあ…………」
全長約三十五メルト、
今は全ての
「この船、私、本で見たことがある……!!」
初めて見るはずのその船の姿に、リルルは悲鳴にも似た声を上げていた。続いて、興奮したサフィーナの声が
「これは、伝説の『
「はい!?」
それを聞いたフィルフィナの顔が左右非対称になった。自分がまさに今、エルフの王女の立場にあるというのも手伝っていたが、もっと根本的な問題があった。
「なんでそんな
「恥ずかしい名前とはなによ。私がお金を出して、私が設計させて私が
いつもは余裕顔しか見せないウィルウィナが、
「それになんですか、この、この、
怒りさえその声に込めたフィルフィナが
「明らかにお母様の像ではありませんか! しかも服も着ていない! ただでさえ大きい本人よりもさらに胸が盛られている! よくこんな小っ恥ずかしい船を造る気になりましたね!?」
「私の体を
「……この船は、五百年前に世界を
「
答えられたサフィーナも、それを聞いたリルルたちもみな一様に息を飲んだ。
「あなたがいうように私たちは五百年前、これに乗って世界を駆け巡ったわ。引っ張り出したのは、本当に五百年ぶりなのよ。当時で考えつけるだけの最高の技術を注ぎ込んで建造したわ……。里の予算を半分持ち出して、母に殺されそうになったりしてね。ほら、触ってみなさい」
壁のように迫る船体にウィルウィナが触れたのに
金属製のマストと舳先、船底に横たえられているであろう
「ある国の港街の倉庫で、ずっと預かってもらったまま眠らせていたけれど、どこも古びてなかったわ。この船だけが本当に時を超えたようね……さあ、荷物を運び込みましょう」
ウィルウィナが
「
「そうよ。素敵でしょう」
「いいねぇ、こんな船で働きたいもんだ。水夫に欠員が出たら
「ええ、覚えておくわ」
そんなやり取りを数回繰り返し、ウィルウィナを先頭にリルル、サフィーナ、
「あれ……この船を動かす水夫さんは、どこにいるんです? 中ですか?」
「この船に水夫はいないわ」
「え?」
目を丸くしたリルルに、お気に入りのオモチャの説明をする子供のような表情を森の女王は見せた。
「も……もしかして、私たちが水夫さん代わりとか?」
「うふふ。違う違う。この船にね、
「わっ」
ニコルがタラップを登り切った途端、それはひとりでに動いて桟橋から先端が浮き上がり、船体に張り付くような横倒しの形で格納された。
「ウィルウィナ様、今、タラップが勝手に!」
「
ウィルウィナの白く長い指が乾いた音を響かせると、それに呼応して係船柱から外された
まるでこの船そのものが、ひとつの生物のようだった。
「出航用意。
いっぱいに張られた白い帆の表面が一瞬、自ら光を発して輝いた。
がくん、と初動の小さくはない
風をつかんだわけでも、波に
持ち主以外、この船の性能をまるで
「メージェ島まではおおよそ二十四時間よ。この船はあまり揺れないから、
「わぁ…………!」
正面の視界が開ける。行き来する船をのぞけば、その先は海しか見えなくなる――リルルたちは満面の笑みを
「前進、第二船速! 航路入力、目標地点メージェ島! さあ――船旅、楽しみましょう!」
女王の風格を見せるその宣言に
◇ ◇ ◇
数時間後。
南の針路を取って外海に出た『森妖精の王女号』は、周囲三百六十度に船も陸の影も見えない、完全な大海原を快調に航行していた。
メインマストの根元、中央甲板の真ん中に折りたたみの木製簡易ベッドを広げ、
舳先には二人で並んだクィルクィナとスィルスィナがその髪をいっぱいになびかせて船の速度感を味わい、高さ二十メルトほどのメインマスト上方にある見張り台には、大胆にもサフィーナが一人
昨夜からの頭痛に悩むフィルフィナは後部甲板下の船室に引っ込んだきり、姿を見せていない。
そしてリルルとニコルは二人、後部甲板の上で無限に
「ニコル……」
二人でこうして肩を並べるようにして座るのは、いつぶりだろう、とリルルは口の中で
好きな男の子と二人で話ができる、というときめきはこの瞬間、何故かそれほど胸には
「――昨日の、夜……」
どこか息苦しい
「出動した現場で、またリロットと会ったんだ」
「……うん」
いわれなくても、それはわかっている。
リロットはリルル、リルルはリロット。
ニコルが気まずそうにそう話し出すということは、続く話題も
「本当に
「失敗してしまった……のね」
昨夜に、王都で立て続けに起こった快傑令嬢の活躍。ニコルが語るのは、その最初の事件だった。
「僕はなんて
「ニコル、いいの、そこからはいいの。
「……リロットが君に話したのかい?」
「
リルルとリロットは、親友。二人の間で隠し事はない――。
ニコルを
伯爵令嬢リルルとしてニコルに触れることも表でははばかられる少女も、快傑令嬢リロットであるなら、彼と堂々とキスをすることだってできるのだ。
「リロットは謝っていたわ。
「でも、僕は君に不義理ばかり働いている。もう時間がないかも知れないのに、僕は好機をひとつもものにできない……。リロットを捕まえて上級騎士、男爵相当の貴族に
「ニコル……」
気にしないで、とはいえなかった。わずかな望みに
最初から成立するはずがないこの
リルルにとってはそれは、生きるべきか死ぬべきかを選択するよりも、難しいことであるかも知れなかった。
いつかは決着を着けなければならない。しかしその決意ができない。今、リロットとしてニコルに触れることができるリルルは、それだけでそこそこは幸せなのだ。
だから、毎週のようにニコルを夜の空に連れ去ってしまう。
「ごめんね、リルル。せっかくの旅行なのに、暗い話題を振ってしまったね」
「……いいのよ、ニコル。あなたは私に対していつも、本当に誠実であろうとしてくれているわ。嬉しい。私はあなたの気持ちが本当に嬉しいの」
――だけど。
リルルは苦しくなる。ニコルが誠実だから。自分はニコルに対して誠実ではいられないから。
伯爵令嬢リルルが快傑令嬢リロットであるという、最大の
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