「港での待ち合わせ」
真っ青に晴れた空、東の方角から差してくる太陽の光に、
王都エルカリナの南西部は城壁がない、海に直接面した
そんな港の一角、エルカリナ港の
ほとんど
「快傑令嬢リロットとサフィネル、一晩で三件の事件を解決。一日の件数では新記録、ね……」
ぱしゃり、と音を立てて新聞が
「当新聞社記者に快傑令嬢サフィネルは語る、今週は重点活動週間につき、悪事を働こうとする方はどうかご注意を――なるほど、なるほど」
王都を一週間、二人の快傑令嬢がどちらも留守にする、その空白期間に対する対策がこれだった。一晩に三つ、力任せに大きな犯罪組織が叩き潰されれば、悪者たちはしばらく震え上がって動けないだろう。
「それにしても、なかなかがんばったわね。かなりの深夜までかかったでしょう。待ち合わせの時間はもうすぐだけれど、起きて来られるのかしら――と」
コンクリートで固められた道路を、
待ち合わせ場所の大灯台の下で一台の中型馬車が停車し、扉から小柄なメイド服の少女が降りる。
ちら、とその少女は、ウィルウィナと目が合ったが小さく
馬車がゆっくりと動き出し、その陰にいた青い普段着のドレスを着た少女が深々と頭を下げる。
「おはようございます、ウィルウィナさ……ふぁぁぁ……」
「おはよう、リルルちゃん。眠そうね」
かろうじてその口を手で押さえて最後のたしなみを見せたリルルにウィルウィナが
そのリルルに
「……おはようございます、お母様」
「フィルちゃんどうしたの? 難しそうな顔をしているけれど」
「いえ……昨日、ちょっとした事故がありまして……。大したことはないんですが、頭痛が……耳鳴りがすごくて、耳の中に
「それは大変ね。
「ありがとうございます……」
行李に支えられるようにしてよろよろとたどりついたフィルフィナが、その場にへたり込んだ。
「リルルちゃん、昨夜はがんばったみたいね?」
「はい……ふぁぁ……旅行中に何かあったら大変ですから……むにゅ……」
「なにもあなたが全部の責任を
「ですけれど、あとで嫌な気持ちになるのも嫌ですし」
「いい子ね、あなたは」
ウィルウィナの微笑みがまたひとつ、あたたかくなった。
「――そのいい子の、もう一人も着いたようだわ」
「おはようございます」
深いマルーン色のツーピースドレスをまとった
「ウィルウィナ様、直接お目にかかるのはこれが初めてですね。
「おはよう、サフィーナちゃん。いいのよ、そんなかしこまった
「……なにがお姉さんですか、このオバンが」
「フィルちゃん、なにかいった?」
「いいえなにも」
「ママ、おはよー。ホントに旅行するんだ。
「……お母様、おはよう」
フィルフィナの妹の双子、クィルクィナとスィルスィナが、それぞれにそれぞれらしいおはようをした。
「はー」
エルフの一家四人、というよりは、森の里の女王と三人の王女全てが
「これで、旅行に行く全員が揃ったんですよね?」
「まだよ」
「えっ?」
認識をあっさりと裏切られたリルルが声を上げた。
「もうひとり、大事な参加者がいるじゃない。忘れちゃった?」
「でも、話に上がっていたのはこれで全員――」
「遅くなりました!」
背後から響いた
「みなさん、お待たせしてしまったようで――おはようございます」
「――ニコル!?」
来るはずがないと信じていた少年が今、実際に目の前にいることにリルルは驚きを
軽装備ではあるが白い
「え、でも、勤務があるから休みが取れないって、確かそういっていたはず――」
「いや、これが
「ほへー!?」
「おはよう、ニコル。あなたが来てくれてとても心強いですわ」
全てのカラクリを知っている、いや、カラクリを仕掛けた本人であるサフィーナが小首を
「――
「ニコル・アーダディス、ゴーダム公爵令嬢の領内視察活動の
「出向? どうして警備騎士団から? サフィーナ……様の騎士団から護衛をつければいいんじゃ?」
「
◇ ◇ ◇
「申告します!」
軍靴が床張りの板を叩き、気持ちのいい音を立てる。鋭く上がった右手が
「相互人材交流の一環として、ゴーダム公爵騎士団から出向して参りました、アリーシャ・ヴィン・ウィレームと申します! 一週間、こちらの王都警備騎士団でお世話になりますが、皆様よろしくお願いいたします!」
しなやかな体を警備騎士団の胸甲に包んだ女騎士・アリーシャの着任の
「君の着任を歓迎する、ウィレーム嬢。女性の騎士は警備騎士団では
「ありがとうございます!」
中隊長のアイガスとアリーシャは固く握手をした。
「ところでアイガス中隊長、早速お聞きしたいことがあるのですが!」
「なんなりと」
「こちらの警備騎士団に、ニコル・アーダディスという警備騎士が在籍しているはずです。彼は本日出勤でしょうか?」
「――ウィレーム嬢、ゴーダム騎士団在籍である
「はい! 准騎士ニコルとは訓練も任務も同じくした者です! 彼とはとても親しく
その
だから、次に言葉を
「……貴公は、知らされていないのか?」
「はっ?」
「貴公は我が警備騎士団と相互人材交流、つまり人材の交換のために派遣し合った
◇ ◇ ◇
十五秒後、王都警備騎士団遊撃隊
◇ ◇ ◇
「……今、なにか遠くから、女のすごい悲鳴が聞こえたような気がしたけれど……?」
「気のせいでしょう」
首を傾げたウィルウィナの疑問を、フィルフィナは
「あの……ウィルウィナ様」
「お母様でいいのよ。いいにくかったらウィルお姉さんでいいわ」
「…………お母様。温泉旅行に行くとは聞いていたのですが、肝心なことをうかがっていませんでした。……どこの温泉地にこれから向かうのですか?」
港を待ち合わせの場所と定めたということは、そこには船で行くのだろう。
ウィルウィナはよくぞ聞いてくれましたと
「メージェ島よ」
「メ、メージェ島っていったら、例の『銃の山』がある?」
候補地にもあがるはずのない地名にリルルは
「火山活動は収まってるわ」
「でもあんなところになにがあるんです? そもそも無人島で保養施設なんか」
「作ったわよ、保養施設。私はエルフの女王様よ、
「は、はあ……。それに、そもそもあんな島にどうやって行くんです? 繋がってる航路はなかったはずです。乗る船なんか――」
「船もあるわ、私の船。――見たら笑うわよ、保証する」
来なさい、といってウィルウィナは桟橋の方に歩き出した。リルルやニコル、サフィーナも一度だけ無言で顔を合わせ、フィルフィナたちを伴ってそれに続いた。
――実際、とんでもない船が待っていた。
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