第02話「ラスト・リゾート」
「メージェ島、到着」
「フィルおねーちゃん、あたしがなにもできない馬鹿でドジなエルフだと思っているでしょ」
「馬鹿でドジなエルフだなんて思っていません。お馬鹿でドジっ子なエルフだと思っているだけです」
「あたしだってねー、おねーちゃんに勝てることはあるんだよ」
ほんの少しだけ
前部マストの足元にテーブルを
体長が十歳の子供ほどはある、最大級の食用エビであるエルカリナ
「これは、すごいですね……」
ほぼ
「何年も旅してる途中で覚えたんだ。どうせおねーちゃんに作れるのはシチューだけだもんね」
「ぐふっ」
言葉の矢に胸を
「……クィルは食いしん坊だから。料理に
「ま、私は美味しい料理は大好き。クィルちゃん、里に帰ってきたら
「やだよ、
「うぐぐ……。……さ、さあ、冷めないうちに食べましょう」
「ふふふふ、ゆっくりと味わうがいいもんね。んじゃ、
「いただきまぁす」
食事は特に会話もなく――というより、料理の
さすがにデザートまでは振る舞われなかったが、太陽が水平線の向こうに沈みきろうとする時には、全員が言葉を必要としないほどの満足感に
「……片付けはわたしがします。みなさんは部屋でお休みください」
夜の船上からは見えるのは星空だけで、周囲は真の闇――風の流れと船首が海を切る音だけが、この船が進んでいることを教えてくれている。メイドとしての最後の意地を見せたフィルフィナに片付けを任せ、リルルたちは早々に船室に引っ込んだ。
船首と船尾、マストの頂点で
「――この一週間、準備のために本当に疲れたわ。リルル、今夜は早く休みましょう」
「うん、サフィーナ……」
後部甲板下の居住区の部屋は多くない。船長室をのぞけばたった四部屋、うち一部屋は食堂として使われる大部屋で、寝台が
天井や上の段との高さはギリギリ圧迫感を覚えないくらいしかなく、上体を起こしきることはできない。だが、幅も寝返りが
外に面した円く小さな窓が少しだけ開かれ、
三段寝台の下にリルルが入り、その上の中段にサフィーナが体を横たえる。仮にも令嬢と呼ばれる身分の少女が入る寝台ではなかったかも知れなかったが。
「……サフィーナ、窮屈で苦しくない?」
「全然大丈夫。狭いけれどワクワクしちゃう。私、快傑令嬢の活躍に
「あははは……」
「――こうやって二人だけで落ち着いて話をするのって、初めてかも知れないわね」
「ああ……そうね……」
フィルフィナたち姉妹は三人で一室を使い、この旅でただ一人の男性ということでニコルは一室を占領している。その全員が全員ともそれぞれの理由で疲れ、その体を横たえていた。
「――リルル、一度、ちゃんと聞いてみたいと思っていたんだけれど……」
「なぁに?」
「私が側にいるの、嫌だと思ったことはない?」
サフィーナが横たわっている寝台を下からぼんやりと見ていたリルルの瞳が、その
「私、まだニコルのことを好きだ、なんて口にしているのよ。ううん、ニコルに振り向いてほしいなんていうことは、もう半年も前にあきらめてる。それは本当のことだから……誤解しないでね」
「サフィーナ……」
「私はニコルが好き。本当に好き。ニコルには望みを、あなたと結ばれるという願いをかなえて欲しい。だから、私は
「ニコルが人生を
「あはは……」
フィルフィナと共に王都のゴーダム公爵邸、サフィーナの私室に初めて
リルルの秘密を
人と人の関係の中で、最も強固な関係の種類は、共犯関係である――そんな言葉をリルルは思い出してもいた。
「サフィーナ……私、あなたにとても感謝している……」
「リルル?」
寝台の板越しに伝わってきたリルルの優しい声に、サフィーナは
「私、まだあなたの全部を知ったなんていう自信はないわ。でも、今まで知っただけのあなただけでも、信じられる」
「…………」
「あなたと友達になれて、相棒を手に入れられて、私、本当に心がひとつ軽くなった、だから」
真の闇の中、互いの姿を目で
そこに、
「――これからも、いつまでもいて欲しい。サフィネルと、サフィーナに」
「リロット……リルル。それは私からもお願いするわ。そして、がんばってね」
「……なにを?」
「ニコルとあなたが、結ばれることに」
「…………ありがとう」
リルルとサフィーナはそれきり、口を閉ざした。今の状況でそれがどれだけ困難なことであるかは、それぞれの立場が嫌というほど教えてくれたから。
「好きなひとが好きなひとと、なんのこだわりもなくふれ合い、自由に結びつき合える。それが、当たり前のようにかなう世の中だったらいいのに……」
言葉が音となって、
それとも、それは、どちらの口からも出なかったのかも――。
◇ ◇ ◇
小さな点にしか見えない数個の明かりをほのかに光らせ、船は暗い海をただ進む。
宇宙の闇という天幕の内側、数え切れないほどの白い灯火をきらめかせる夜の空。その空から
◇ ◇ ◇
翌日の朝を迎え、東の空から太陽が
夜が明ける前に寝床を抜け出し、前部マスト上の見張り台に立ったウィルウィナの瞳の中で、先端が鋭い二等辺三角形を思わせる形が水平線から見る見る背を
「――見えたわね」
風を受けて真横にたなびく豊かな髪を押さえながら、その口元を真一文字に結ぶ。
常に人生を楽しみ、
「――みんな、楽しんでね」
まだ眠りについているだろう愛しい子供達に、
「これが私からあなたたちに
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます