「快傑令嬢、ふたり、揃い踏み」

 秋もなかばをとうに過ぎ、冬の訪れの気配をにおわせる寒風さむかぜが、時折ときおり皮膚ひふぎ取るように吹きすさぶ、夜の王都――。

 その南西部、操業そうぎょう停止ていしした廃工場が並ぶ一角いっかくのある建物で、窓にかぶせられたおおいのわずかな隙間すきまから光をらす、小さな規模の建物があった。


 元は零細れいさい卸問屋おろしどんやの倉庫だったものが、問屋の倒産と夜逃げによって放置され、中の商品が全て差し押さえられ持ち去られた、建物だけの空っぽの空間。

 誰もがその建物のことを忘れた、そのすきを突くかのように、今夜という一瞬だけそこに気配がともる。


「――と、いうわけだ。この仕事はとにかく速攻だ。それぞれの襲撃しゅうげきは予定の時間内に終わらせ、手配が回る前に停泊ていはくしている船に戦利品を運び込み、すぐさま出航する。そしてドロン、だ」


 倉庫には八台の荷馬車が馬ごと入れられ、五十人ほどの男たちが黒ずくめの服に身を包んで整列していた。中央の大テーブルには王都全景の地図が広げられ、現在いる地点の工業区域から数本の矢印が様々な色の矢印で描かれている。


 矢印が差しているのは大型百貨店デパート豪商ごうしょう邸宅ていたくがそれぞれ二件ずつだ。金目のものをめ込んでいて、それでいてさほど厳重げんじゅうな警備はなされていないと予想される相手が目標だった。


「時間厳守げんしゅだ。一分たりとも待たねぇぞ。もちろん失敗したヤツも見捨てる。援軍えんぐんなんて期待するな。組織強盗そしきごうとうつかまったら間違まちがいなくしばり首だ――お前ら、首になわをかけられて間際に立たされ背中をられ、小便とクソをらして大勢から嘲笑わらわれながらられるなんてことにはなりたくないだろ!!」


 その様を想像し、全員がかたまりのような固唾かたずを飲み込んだ。


「死ぬ気でやれ。成功すれば外国で遊んで暮らせる、いいな!」


 同じく黒ずくめの装束しょうぞくに、顔の全部をおおひらたい金属のマスクをつけた頭目リーダー格、その男の大音声だいおんじょうに、おう! と野太い声がそろった。


「全員荷馬車に乗れ! 俺は船の停泊場所で待つ! 報酬ほうしゅうはそれぞれかっさらってきた獲物えものの量によって分配される! がんばればがんばるほどかせげるんだからな! 気張って行け!」


 部下たちが荷馬車に飛び乗る。出陣式しゅつじんしきのように意気揚々いきようようと士気が上がる中、頭目の脇を固めていた二人が、倉庫の入口をふさいでいる大きな扉を開けようとして――。


「開きません!」

「はぁ!?」


 相当に重いとはいえ、一人が横に押すだけで開くはずの扉が、開かない。両手をえ、体重の全部をかけてもそれはビクともしなかった。


「鍵がかかってるなんてオチじゃねぇだろうな!」

「外れてます! ですが、扉がものすごく重いんです! 全く動かないんですよ!」

「……時間厳守だっていったろうが、最初に段取りくず

すようなことしやがって。縁起の悪い……」


 頭目は仮面の下の顔を歪ませながら扉に向かった。扉を固定するくいが外れているのを確認し、自ら扉を押すが――動かない。


「――どうなってるんだ、こりゃあ!?」

「まさか、表から施錠せじょうされているんじゃ」

「表からって、そんなこと、お前」


 部下の指摘に頭目のきもが冷えた。自分たちがそんなことをするはずがない。表に施錠したヤツ・・・・・・がいるということ――敵がいる!?


「見張り! 応答しろ!」


 万が一にも強盗団が集合している中をのぞかれないよう、閉めた大扉の裏から激しい打撃を浴びせる。が、それに対する応えはなかった。


「おい! 裏の勝手口かってぐちから回って表を確かめ――」

「勝手口も開きません!」

「なんだぁ!?」


 勝手口の表に鍵などない。それが開かないということは、扉を板かなにかで打ち付けられているということだ。これは……!


「け……警察か、警備騎士団の手入れか!? お前ら、全員戦闘態勢に――」


 ――広く一面に被せられているトタン製の屋根が、派手な音を立て破られたのはまさに、その瞬間だった。


「――これは手入れでもなければ、やってきたのは警察でも警備騎士団でもないわ!」


 せまい虫かごに閉じ込められたありのように右往左往する強盗団の男たち、全員の耳にそのりんとした声は突き刺さり、次には、大穴がいた天井から薄桃色の風が舞い降りていた。

 長いなわを右手につかみ、落ちるのと変わらぬ速度で、一人の可憐かれんなドレス姿が床に降り立つ。


 長いスカート、つばの広い帽子ぼうしかすかに青を混ぜられた銀色の長い髪が風を下から受けてふわりとふくらみ、見る者に残像を残すように重力に引かれた。

 その姿だけで、男たちは自分たちの運命を知っていた。そして運命をもたらす者の正体も。


「か――快傑令嬢、リロット――!?」


 これから悪事を行う者が、どうか今回は現れないでくださいと神に願う美しい凶鳥まがとりるいれず男たちもお祈りをささげ今夜の仕事にのぞんだが、神はその願いを無惨むざんにも却下きゃっかしたようだった。


「――今夜は忙しいので長々とした挨拶あいさつは抜き! 全員まとめてノビてもらって、ただちに法の裁きを受けてもらいます!」


 スカートのすそをつまんで翼のように大きく広げ、片足を軽く引かれてその肩がわずかに下がる。薄桃色のさわやかににおうような、見るもうらわしいカーテシーが披露され、強盗団の男たちは喉におどろきの塊が張り付いて、それ以上のさけびを出せなかった。


「て――て、てて、てめえら、なにを娘一人にビビッてやがる!! 相手は一人、こ、こここ、こっちは五十人はいるんだぞ!」


 その娘一人がどんな所業しょぎょうを成しげてきたのかはよく知ってもいるのだが、頭目はマスクの下から胴間声どうまごえを張り上げるしかない――それも震えていたが。


「囲んで、たたんじまえ! 十人がやられるつもりなら押さえられる! 倒されても行け! 体重で押さえ込んじまうんだ! たった一人じゃねぇか! たった一人に、たった一人に、この仕事をつぶされてたまるものか――」

「たった二人・・ですわ!」


 大扉をはさんだ反対側、はるか頭上の天井から、ちがう少女の声が降り注いだ。


 全ての視線と注意が集中していた真逆の位置、トタンの破片と共に紫陽花あじさい色のドレス姿の少女が下からの風圧を受けながら舞い降り、真っ青なハイヒールが地面をんで鋭く鳴った。


「こ……こっちは――!」


 快傑令嬢リロットがかぶっている大きな薔薇バラ帽子ぼうしと同じ形――しかし、それは見る者の体温を下げてしまうような真っ青なブルーにめ上げられていた。

 細かい意匠デザインは違えど、華やかさでは相棒に優るとも劣らないドレスのスカートが開き、青く涼しい風を巻いた少女の、優しくも怜悧れいりな声が響いた。


「快傑令嬢は一人だけではない、これはもはや常識!」


 青いフレームのメガネがそのレンズを輝かせる。美しい宝石を思わせるエメラルドグリーンの瞳が、その向こうで若い光をたたえていた。


「お、お前は快傑令嬢――!」


 広げられたスカートの輪郭フォルムが綺麗な三角形を作る。薄暗いはずの倉庫の中でその姿はまばゆいばかりに燦然さんぜんと輝いて――。


「――誰だっけ?」

「あら」


 紫陽花色の少女のひざが、折れた。


「お前、知ってるか?」

「快傑令嬢リロットの色違いがいるっていうのは読んだことあるぞ」

「俺、知ってる。青リロットって覚えてた。名前があったのか?」

「うううう……」


 一瞬全ての戦意を喪失そうしつした青い快傑令嬢が両膝をその場に着いたが、それでも気力を振りしぼって折れたひざを立て直した。


「こ――これは、その体に直接覚えてもらった方が良さそうですね……」

「サ、サフィーナ、がんばって!」


 快傑令嬢リロット――リルルが音にならない声で相棒をはげます。同時に自分の名前がまだ定着しない頃を思い出し、目のはしに小指の爪半分ほどの涙を浮かべた。


「ご存じないのであればお教えしましょう! 私はリロットの相棒、私の名は快傑令嬢サフィネル!」


 快傑令嬢サフィネル――その正体である公爵令嬢サフィーナが、腰のレイピアを抜き放った。


「快傑令嬢は、この世に絶対二人だけ! その一人の名と力を、どうぞ牢屋ろうやのお仲間に語って差し上げてください! それでは本日のお仕置き、失礼いたします!」

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