「温泉へのお誘い、ニコルとサフィーナ」
その日の午前、
まずは、最も予定の設定に苦労しそうであると予想される一人の下に足を運ぶ。
「えっ、温泉旅行かい?」
官庁街の外れに
「はい、来週の今日、だいたい一週間くらい、
「無理なんじゃないかなぁ」
来客用のお茶の用意を
「僕は
「それは、別にリルルお嬢様もサフィーナも気にはされないかと……」
「僕が気にするんだ。残念だけど僕は行けないよ」
ニコルは形の整った
ニコル・アーダディス、十六歳。
母がリルルの
自然な流れでリルルとは心を通わせることになり、幼い時に交わした
貴族になり、リルルと釣り合う身分にのし上がれれば、リルルの父の許しを得られ、晴れてめでたく結婚することができる――そんな、常識では
が、生来の生き方の不器用さによって
最大の栄達の
快傑令嬢リロットが法を
そしてニコルの最大の不幸は、リルルと結婚するために逮捕しなければならない快傑令嬢リロットの正体がまさに、当のリルル自身であるということなのだが――彼は、その悲劇の実情をまだ知らない。
この構図を知り、それが成立するのに一役も二役も買っているフィルフィナは、複雑な想いになった。
騎士としては小柄、リルルよりもやや背が高いくらいの体格に恵まれない身でありながら、それを逆手に取っての神速の
「――フィル?」
「あっ」
両手に抱えた紅茶の紅い水面を
種族そのものに美を保証されたエルフの身でありながら、フィルフィナはこの少年の顔を見る度、どぎまぎとしてしまう瞬間が当たり前のようにある。人間の短い一生の中で一瞬きらめく光の、言葉では言い表せない美しさを思わずにはいられなかった。
「そ……そうですね、予定を
「
紅茶を飲み干し、そろそろ戻らなきゃとニコルはソファから腰を上げた。
「リルルやサフィーナ様たちには、僕のことは一切気にせず楽しんでほしいといっておいて。
「ひどい、母はともかく、わたしはか弱いメイドです」
「あはは」
フィルフィナは深々と一礼し、ニコルが開けた扉から外に出る。
「――ですが、母もこれくらいは予想していたはず。なにか一計を
◇ ◇ ◇
エルカリナ王国を支える有力貴族のひとつである、ゴーダム公爵家。
王家
この半年で政変が続き、国政を直接に
このゴーダム公爵家は、ニコルが騎士見習いの修行を積んだ騎士団を
特にゴーダム公爵夫人のニコルへの
ニコルが騎士として持つ誠実さ、そして可愛い息子を欲していたゴーダム公爵夫人の心根を理解していれば、そんな
そのゴーダム家の屋敷にフィルフィナは足を運んだ。
ゴーダム家の一人娘、サフィーナ・ヴィン・ゴーダムはリルルやニコルと同い年の十六歳、ニコルとも二年間の交流で
それにも関わらず、この王都に移住してきてからはリルルの優しい心を理解して親しい友人になることを望み、
その公爵令嬢サフィーナには、世間には決して明かすことのできない重大な一面があった。
彼女もまた、快傑令嬢の二つ名を持つもう一人の少女。
快傑令嬢リロットが薄桃色のドレスに身を包むのなら、彼女は
快傑令嬢サフィネル。
それが彼女のもう一つの名であり、顔であった。
◇ ◇ ◇
「温泉旅行? みんなで?」
「はい」
もうゴーダム家にも出入りが続き、顔なじみとなったフィルフィナは顔を見せるだけでさしたる手続きも調べもなく、気軽にサフィーナの部屋まで通される身になっていた。
彼女の私室、公爵令嬢のものらしい
ふたりの間で隠し事はなし――その取り決めに
「なにを考えているのか、いまいちはっきりはしないのですが、わたしの母ウィルウィナがいい出したことなのです。色々引っかかるところがないではないのですが……まあ、うちのお嬢様も乗り気ですし、わたしとしても反対する理由はないと思いまして」
「温泉旅行ね、確かに楽しそうね。私も行きたいわ」
賛意を示すように
「え~~っ!?、ママの発案なの!?」
「……お母様も
二人の少女――双子のようにそっくりな、というよりは実際双子の、まだ幼い子供の印象が色濃く残ったメイドが口を開いた。二人とも長い緑の髪に美しいアメジスト色の瞳を見せている。ただ顔立ちはまさしく
「ママが乗り気で
その感情豊かな表情がコロコロと猫の目天気のように変わる方が、クィルクィナ。
「……生きて帰れないかも知れない。
それに対し、常時目が半開きで表情に
二人はフィルフィナの妹であり、サフィーナの身の回りをするメイドのエルフであり、そして快傑令嬢サフィネルの相棒を
「スィル、また大げさにいっちゃって、この子は。クィル、あなたもそう思うでしょう」
「でも、ママがなんか提案する時はとんでもないびっくり箱を用意している時だから、それはそれで不安かなー」
「ともあれ、ニコル様のところには先んじて行き確認をしてきたのですが、警備騎士団のお仕事を休むというのは難しいようですね」
「でも、ニコルが来ないというのは楽しみ半減ね。フィルだってそうでしょ?」
「はい?」
「ニコルと一緒に、
「あ」
サフィーナの指摘にフィルフィナは、今まで考えもしていなかった要素を思いついて声を上げた。
「ニコルってば、骨格が割としっかりしている感じでいて、余分な
「……サフィーナ、あなたもその中の一人ではなかったのですか?」
「なんでそう思うの?」
「ニコル様の体つきを、
「ふふ」
ぺろ、と出した赤い舌がその答えだった。
「あの男の子? 確かにママが好き好き光線出して
「……この数年でお母様が男を狙うのは久しぶり。気をつけた方がいい」
「手を出したらその場で殺しますが」
お茶を飲みながら平然という姉の姿に、クィルクィナが目元と口元を
「まあ、ニコルのことは私がなんとかします」
なにか目算ありげにサフィーナがいう。
「方法はないことはないですから。それは置いておいて、フィル、他に考えなければならないことがありますよね」
「……サフィーナ?」
「二人の快傑令嬢が一週間も王都を
にやり、と音が聞こえるような
フォーチュネット家とは家格として比べものにならないような、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます