「エルフの女王の温泉案内」
「なんで! あなたが! ここに!! いるんですか!!」
「返答
「まあ、フィルちゃんったら、
ごりっ、という重い感触をこめかみに押し当てられながら、ウィルウィナは落ち着いた口調を乱さずそういって見せた――が、さすがに額に
「お嬢様、少しお待ちください。このどうしようもない
「ちょ、ちょっとちょっとちょっとちょっと!」
さすがに、向かいに座っていたリルルがフィルフィナの手から拳銃をもぎ取った。
「フィル、お母様に銃を突き付けるなんて!」
「そうやってお嬢様が甘い顔をしているからこの
「フィルちゃん、それはいくらなんでもいい過ぎよ。私は可愛い子しか相手にしないし、今付き合ってるのはミーネだけ」
「今すぐ帰りなさい! お嬢様の
「とにかく落ち着いて。フィル、こめかみに血管が浮いてるわ」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………」
深呼吸を十数回
「約束もせずに朝から押しかけたのはごめんなさい。でも、同じ街に住んでるのにほとんど交流がないじゃない。
「いいお母様じゃないの、フィル。優しくて明るくておおらかで。私、お母様のこと好きです。いざという時は、とてもお強くて頼りになりますし」
「まあ、リルルちゃん、嬉しい! そんなリルルちゃんだから私も
「わ」
立ち上がったウィルウィナがリルルをきゅっと抱きしめる。その、胸囲百セッチメルトを優に超える乳房がドレスの胸元に深く作るその谷間、
「見なさいフィルちゃん、あなたの大好きなお嬢様は、ちゃんと人を見る目があるのよ。フィルちゃんも
「うぐぐぐ……」
リルルを盾にされたフィルフィナは
「ウィルウィナ様、その、気持ちいいんですけれど、お放しください」
「あら、様づけなんてしなくていいのよ」
「ですが、ウィルウィナ様はこのエルカリナ王国が建国される昔に、世界をお救いになった英雄の一人でいらっしゃいますし――」
「……昔の話よ、大昔の話」
ふっ、とウィルウィナの目が細められた。
フィルフィナのものと同じアメジスト色の瞳に見つめられ、リルルの胸の奥がきゅっと鳴る。冗談めかした口調でごまかされている感はあるが、真剣に見つめられれば
「私も若かったわ。なぁんにも世の中のことをわかっていなかった。まだ私がフィルちゃんくらいの歳よ――
「世界救済の、五英雄……」
リルルはウィルウィナと共に世界を救うために戦った勇者たちの名前を
蒼し
朱き
白い
闇の
「五百年も昔の古い古い話は、いいじゃない。もう私も忘れかけている話だわ」
成熟しきった女性が子供のように恥ずかしそうな笑みを浮かべるその様子に、リルルはまた親近感をひとつ重ねてしまう。彼女が人間を嫌う種族の代表格だといわれても信じられない気配があった。
「半分も自分の話のように聞こえないわ。物語として広まっている話は実際、盛られてるもいいところだしね――それはそうと」
「なにをお嬢様にコナをかけているんですか」
お盆に自分のカップ、そしてお代わりのお茶のポットを
「仕方がないからお茶くらいは付き合わせてあげます。ですが、お嬢様の部屋に気軽に入らないでください。ここはお嬢様の居間ですよ」
「だって
フィルフィナにお代わりのお茶を注いでもらいながら、ウィルウィナは部屋の
リルルの背丈よりも少し高いくらいのそれは、一見すると本当に何の
が、それは設定された鏡と鏡の間で、その表面に触れた者に空間を
「歩いてきて
「いいじゃない、そんな固いこといわないで。ここはお部屋のご主人に決めてもらえばいいわ――ねえ、リルルちゃん。私が転移鏡でここに来てもいいわよね?」
「え、ええ、フィルのお母様なら、それはもう、
「ああ、もう」
どうせそういう答えが出るだろうと思い、
「お嬢様、なんでそうお優しいんです。いえ、お優しいことは本当にいいことなんですが……」
「フィルだって、本当はお母様のことを嫌ってるわけじゃない、大好きなんでしょう」
リルルも席に戻り、カップにお茶を注ぐ。
「この拳銃にだって、実弾は入ってないじゃない。フィルったら、わざわざ
「……
ぷい、とフィルフィナが横を向いた。その頬と髪の間から少しだけのぞいている耳が真っ赤だった。
「で、フィルちゃんが男の子に温泉旅行の
「そこから話を盗み聞きしていたんですか!」
「頭だけ鏡から出していたんだけれど、二人とも話すのが忙しそうなんでちょっと声をかけづらかっただけよ。いいわね、ケシテ温泉。私も何度かこっそり行ったことがあるわ。
「せっかく温泉で盛り上がっていたところを、フィルに水を差されちゃったんです。お母様、ひどいと思いませんか?」
「ごめんなさいね、うちのフィルちゃんが気が
「あー、もう!」
見せつけるようにおどけてウィルウィナに抱きつくリルルと、それをあやすように頭を
リルルを軽く抱きしめてその肌のぬくもりを受けながらウィルウィナは、少しだけ目を
その、らしくない気配を感じてリルルが体を離したのと同時に、ウィルウィナは笑顔を作ってみせた。
「――ちょうどよかった。ケシテじゃないけれど、いい温泉地を知っているの。みんなで行きましょう」
「えっ?」
リルルとフィルフィナの目が縦に伸びた。
「温泉地? みんなで? それって……」
「たまにはいいじゃない。仲良しさんたちを集めて、ぱーっと楽しみましょうよ」
「仲良しさんたち、って」
「ニコルちゃんとか、サフィーナお嬢様とか、クィルちゃんやスィルちゃんも一緒に行くのよ、素敵でしょ?」
パン! と手を打ってウィルウィナが立ち上がる。
「いいのいいの、お金や準備は心配しないでいいの。なんせ私はエルフの女王様。権力があるんだから。あなたたちは時間さえ
「え、え、え」
「そうね。出発は一週間後の今日ということにしましょう。それまでに予定を調整しておいて――他のみんなに連絡はよろしくね。ああ、みんなにはこれだけは用意しておいてほしいものがあるの。今、書き付けに書くわ」
ウィルウィナは胸の谷間から取り出した紙片とペンで小さくいくつかの項目を書き記し、リルルにそれを手渡した。
「……ええ、こんなものがいるんですか!?」
「あったら楽しいわよ。――どんなものを買うかは任せるけれど、考えに考えた方がいいとだけ、
カップに残った最後の紅い液体を飲み干し、ウィルウィナはそそくさと転移鏡に頭を
「――行っちゃった」
「また、なにを考えているのか、あの
はあああ、とフィルフィナが床を焼き
「でもでも、これってきっかけじゃない、いいじゃない。温泉に入りたいわくわくが復活してきたわ! フィル、私は温泉に行きたいわ! いいえ、フィルが嫌だといっても私は行く!」
「――まあ、お嬢様がそういうのならお付き合いしますけれど……、一週間の間に予定を調整するのはなかなか大変ですよ。わかっているのですか?」
「がんばればいいのよ! 何事も成せば成る!」
「やれやれ」
なにか引っかかるものがないでもなかったが、喜びに
「取りあえず、サフィーナとニコル様にお話しましょう。――ニコル様の予定が空くかどうかは、
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