快傑令嬢すぺしゃる!005

「騎士のキズナ、ニコルとラシェット」(その一)

 東西南北に展開する四つの衛星都市をふくめれば、三百万という世界最大規模の人口を数える、巨大都市・王都エルカリナ。

 その中核都市であるコア・エルカリナだけでも、住んでいる市民の数は約百六十万。何もかもが高密度のこの都市は、建ち並ぶ高層住宅も高密度であれば、犯罪の密度も例外ではない。


 百六十万も人間がいれば、毎日誰かしらが悪さをする。そして誰かが悪さをすれば、それを取り締まる人間がり出されるのが、秩序ちつじょかれている街というものだった。


 そんな高密度都市を守る王都警備騎士団は、その高い機動力と打撃力において一般の警察とは一線をかくする存在だった。団員はにもかくにも騎乗きじょうできることが最低限の採用条件である。装備も騎士団にじゅんじるものが支給され、高価な拳銃までもが全員に配備されている。


 武装した凶悪犯との遭遇そうぐうめずらしくなく、負傷率も高い割には待遇面たいぐんめんでは決してめぐまれているとはいえない部隊。四つの支部と遊撃隊ゆうげきたいを合わせてわずか千人ほどの准軍事組織じゅんぐんじそしき。それが王都警備騎士団の実態じったいだった。


 そして、今。

 遊撃隊に配属された若き騎士――正確には准騎士である少年、ニコル・アーダディスは、先輩格である青年、ラシェット・ヴィン・ストラートと共に、夜の王都の表面を疾走はしっていた。



   ◇   ◇   ◇



「ニコル! そっちに二人回った! 追ってくれ!」

「はい!」


 中流階層の住宅地――小さな一軒家が肩を寄せ合うようにして建ち並ぶ界隈かいわいを、二人の警備騎士たちが重い装備の姿で走る。屋根に上ってのがれようとするぞくを追い、自分たちも家々の屋根から屋根に飛び移り、足元でミシミシと頼りなくきしむ音に神経をけずられながら走るのだ。


 警備騎士団団員が身につける特注の白い胸甲きょうこうは、固い防護能力の割には軽量化がなされている――とはいえ、胸と胴体をおおうだけとはいえ、金属のかたまりを着込んで激しく運動する、というのは相当の力を要求される。


 ニコルとラシェットは、今、その意味を最も強く噛みしめて走る者たちだった。


 この一週間、人々が寝静まったころを見計らって王都の各地で出没しゅつぼつする強盗団、その跳梁ちょうりょうなやまされた警備騎士団が、ようやく連中の尻尾しっぽつかまえたのだ。

 地下下水道にアジトを作って潜んでいた首魁しゅかいは昨夜、快傑令嬢に捕捉ほそくされ、撃滅ぶちのめされた。


 ニコルとラシェットが追うのはその残党――自分たちの親玉がつぶされたことに気づかず、のこされた命令のままに一般市民の家に押し込んだ連中だ。らえた首魁の供述きょうじゅつからおそう予定の大まかな場所が判明し、あみを張っていたところにノコノコと現れてくれた数人の男を追っている。


 屋根に上ったのは二人、地上にも二人か三人が散ったはずだ。地上の連中は仲間に任せ、自分たちはとにかく屋根の二人を追う――屋根も無限に続いているわけではない、どこかで途切れて地面に降りるはず。自分たちはその位置を捕捉ほそくし続けて仲間に知らせ、その先で待ち構えさせるのだ。


 ニコルと一組のはんをなしたラシェットはそう頭の中で考える。自分よりも小柄で俊敏しゅんびんなニコルは、屋根を飛び回ることに特化したような賊の背中を確実に追跡してくれている。任せていれば取りのがすことはないだろうが、どうしても自分が遅れ気味になっていることにはあせりを感じていた。


「止まれ! 止まらないと攻撃を加える! 止まれ!」


 ニコルがさけぶが、サルかなにかのように屋根をつたっていく黒ずくめの男たちの足は止まらない。三十メルトは優に距離きょりいているこの追いかけっこでどう攻撃するというのか、たかをくくっているにちがいない。足場も悪く、たがいに走りながらの拳銃の発砲など当たるはずがない、というのは常識だろう。


「――まったく……!!」


 一撃必中の手段を持つニコルとしては、それが歯がゆかった。なるべく直接的な攻撃にうったえずに、事をおさめたかったのだが……。


「……仕方ない!」


 ニコルは、屋根に足を突き刺す覚悟で立ち止まった。背後から迫る脅威きょういが止まった気配をさっし、先を逃げていた二人の賊が振り返る。追跡するのをあきらめたか――そんな推測すいそくが見せる笑みを裏切るように、ニコルはレイピアを握る右手を水平に振りかぶった。


 月光を受けてきらめいた刃が、矢の速度でんだ。


「うぐっ!」

「ぐぇっ!」


 三十メルトの距離を一秒とかけずに切り裂いたニコルの剣は、二人の賊の背中を撃ち、砲弾を食らわせたように吹き飛ばして宙を舞わせた。


「ニコル、やったか!」


 数秒遅れてニコルの背中に追いついたラシェットが叫ぶ。つかからぶつかって賊を打ち倒したレイピアは、ニコルの頭上に戻って親しい鳥のように円を描いて飛び、そこが戻るべき場所であると主張するかのごとく、少年の手に収まった。


「ちょっと加減ができたかどうか……手応えが怪しいですが、足は止められたようです」

「相変わらず、その魔法のレイピアはかごいもんだな」


 ニコルは恥ずかしそうにはにかんで、やいばさやに戻した。

 数ヶ月前にフィルフィナの母、ウィルウィナから授けられたエルフの魔法の品。使い手の意思のままに空を飛び、集中した精神力と引き替えに、爆発的な威力いりょくの一撃を振り落とす稀少きしょうな剣だ。


 これに頼り切ると、本来の剣のかんにぶらせてしまうために普段ふだんはできるだけ使用をひかえてはきたが、遠距離の敵を剣でほぼ確実に仕留しとめられる利点は絶大なものがあった。

 これを使わずに広がる損害のことを思えば、使いしみはしていられない――。


「ウィルウィナ様に感謝しないと。これを僕が持ち続けることを許してくださったのですから」

「相変わらず、お前は色んな女性方にモテまくるな……」


 ラシェットは思うのだが、それは口にはしない。それを聞けば、この弟分の少年が少し困った顔をするのがわかっていたからだ。


 この少年が想いを寄せる女性は、ただひとり。

 アイスブルーの瞳と、かすかに青みがかった銀の髪を持つ少女――。


「さあ、あの二人を拘束こうそくしましょう」

「そうだな」


 二軒先の屋根の上で倒れている賊に向かってニコルが歩き出す。モテるという属性も、本人にその気がなければただ邪魔なだけの特性なのだな――ラシェットが肩をすくめるようにしたその時、青年の視界のはしで動く気配があった。


「――――!」


 影のようなものが盛り上がるようにして屋根に上り、それが人の形であるとラシェットが認識すると同時に、人影の腕がびた。

 その手ににぎられている短銃・・輪郭りんかくが、月明かりの下にあらわになる。

 拳銃よりわずかに長い銃身が少年の背をし、引き金にかけられた指にキリキリと力が込められる気配に、ラシェットは走った。

 考える間などなかった。


「――ニコル、危ない!」

「せんぱ――」


 ニコルが振り向き、賊の手に握られた短銃の銃口が火をく――そのまさに間一髪かんいっぱつの直前に、両の手を広げたラシェットの体が射線をさえぎるように立ちはだかっていた。

 無慈悲むじひな響きをともなった発砲音が夜の闇に弾け、青年の胸甲が火花と鉄片、そして鮮血をほぼ同時にき上げた。


「づぅぅっ!」


 胸に押し込まれてくる熱い痛み、体の全部に波紋はもんきざむような強烈な打撃、全身の細胞を個々につらぬく痛撃に、ラシェットの意識が脳から引きがされる。足の裏が地から離れ、胸を貫通かんつうした衝撃に体の全部が流れて、視界が家並みから夜空に一瞬で転換した。


 背中を打ち付ける時には、ラシェットの感覚は神経から全て遮断しゃだんされ――少年が自分の名を叫んだような予感だけをわずかに残して、全てが無に消えた。

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