「フォーチュネット伯爵誘拐事件」(その六)
一夜が明けた。
人質を無事救出して解決を見た『フォーチュネット伯爵
「お嬢様の活躍がばっちり
朝市での買い出しついでに号外の一部を買ってきたフィルフィナが、
「……快傑令嬢リロット、
「……半分やっつけたのはフィルだし、お父様は流れ弾を警戒して頭を
布団に潜り込んだままのリルルが、半分眠っている声で答えた。
命を
いい加減寝不足が
「要するに、ほとんどお父様の口から出任せじゃない……新聞記事がそんなので本当にいいのかしら……」
「いいんじゃないですか? どうせ
最後の一口を
「旦那様は本当にしっかりされていますね。目撃談を載せている新聞社はひとつに限っていて、それの
「……それはずいぶん広告費が浮いたことでしょうね。ただでは起きないお父様らしいわ……」
リルルはますます深く布団に
「……フィル、私、お昼まで寝る。もう、眠くて眠くて……」
「お嬢様、いい加減生活が夜型になっています。その内、昼夜逆転するのも近いです。少しはお
「悪者さんたちにいってよ。私だって好きでこんなことを……」
「半分好きでしているのではないですか?」
「…………」
リルルは答えるのを
「――ですが、旦那様は今頃どうされているのでしょう。あれから警備騎士団と共に王都に戻り、事情聴取などの応対で、寝る間もなかったものだと思いますが――」
壁時計が重い鐘の音を鳴らしたのは、そんな
「来客ですか。こんな朝にどなたでしょう」
「……フィル、私は眠ってることにして……」
「お客様がニコル様でも?」
「……起きるに決まってるじゃない」
やれやれ、と
一分と少しし、リルルがうとうとと眠りにつき始めたのと時を同じくして、急ぎ足のフィルフィナが寝室に戻ってくる。
「――お嬢様、起きてください!」
「んあ?」
「旦那様のお帰りです!」
「……ふへ? お父様が?」
顔の上の枕を
転がるように寝間着姿の体を布団から
「――お父様!」
リルルの視界の真ん中で、ログトがソファーに顔から突き刺さるようにして突っ伏していた。ほとんど行き倒れ同然のその姿にリルルが
「リ……リルルか……」
首だけがひねられて、目の下に濃い
「フィルから聞いていると思うが、誘拐されてから帰ってきたばかりなのだ。広告掲載の指示と、新聞の取材と、事情聴取で
そこで気力が
部屋の小物の全部を微震動させる重低音のいびきが
「……寝ちゃったわ」
「ここでお休みさせて差し上げましょう」
毛布を運んできたフィルフィナが主人の体にそれをかける。
完全に
「――この何ヶ月かの間、今回の騒ぎで、いちばんお父様と話したような気がするわ……」
「わたしも側でお話は聞かせていただいていました。旦那様も強引なようでいて、色々と悩みを抱えていらっしゃるのですね」
朝の庭を歩く。フォーチュネット家の庭はそれほど手がかけられていない。定期的な手入れが必要な植木は数が
庭の目立たぬ隅に二人は足を運んだ。そこには誰にも知られぬ暗号のようにひっそりと
「――コナス様の、
「はい」
「私、お父様が持ってきた新しい
「……旦那様も人の子、色々な感情の表し方があるのでしょう」
フィルフィナはふたつの石の前で小さく礼をして
「旦那様は旦那様の論理で、お嬢様の幸せを祈っているはず。しかし親子といえど、違う人間です。人間の違いは、考え方の違いであり、そこにすれ違いがある……」
「いつかお父様と、本当の意味で対決しないといけない日が来るのね」
今は色々な理由をつけて先送りにしていることも、このままにすませ続けることは許されない。
この
「お嬢様も旦那様も、それぞれにお優しい。……しかし、時にその優しさが
フィルフィナは、その言葉だけは自分の口の中で聞こえるものにした。
ふたりの優しさを見ているから、愛しているから自分はここにいる。故郷よりも居心地のよいゆりかごとして、この屋敷を第二の故郷、そして最後の故郷と定めたのだ。
そのふたりに、どちらかが、それとも両方が残酷になれ、とはいえない。
「――ふたりが、ふたりともお優しいことが、ふたりにとってなによりも残酷なことである。……なんという皮肉なのでしょうね……」
その優しさの
いつかでいい。この優しい親子が本当にわだかまりなく笑い合える、そんな日が一日も早く訪れてくれるように――と。
「フォーチュネット伯爵誘拐事件」終わり
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