「フォーチュネット伯爵誘拐事件」(その五)
「――半年前か、娘を
そうは思ってはいるのだが、
「娘やメイドから聞いている。その悪漢はよりにもよって、私が呼び寄せたようなものだということも。私の不手際の始末をしてもらったようなものだ。礼をいう」
「いえ……」
「私の娘と親しいようだな」
これはニコルにもいっていることだ。嘘を
リルルとリロットは、無二の友人。一心同体の
「――
「できたら娘に近づかないでほしい、といいたいところだが、こうして命を助けてもらった身では強くもいえんか。――娘は、私のことをなにかいってなかったか」
「……はい?」
「月に何回か、生きているのを確認するように顔を合わせるくらいにしか話をせん。そんなに深い話もしないし、な。――親しいのなら、私のことも話題には出ないか」
「……気になるというのなら、ご自分で聞かれたらいかがですか?」
「そんな
ログトが
「あいつに
「フォーチュネット郡の土地を取り戻すため、ですか」
「やはり色々と聞いているようだな」
小屋の外から差し込んでくる淡い光が、親子の語らいを支えているわずかな光だった。
「我が旧領は、実り豊かな
「あきらめることはかなわないのですか。あなたはご商売でも成功された身。それをあきらめてしまえば、後は楽になれるだけ――」
「金なんぞ、私にはそれほどの価値もない」
疑いようのない本心を語る顔が、そこにあった。
「私にとっての金は、旧領を取り戻すための手段に過ぎない。先代が、売春宿のツケを払うがために
ログトの目が伏せられた。
「その旧領を買い戻すだけの金は、
「……
「娘が成人してから何度か
胸に走った痛みに、リルルは顔をしかめた。表情が認識されていればそれだけで
「私のツキのなさもあるのだろうが、いいところまで話が進んで相手の都合だけでいきなり
「…………」
「領地を持たない家とはいえ、フォーチュネット家は腐っても貴族だ。その娘がそこらの
「……そうかも知れませんね」
「娘からなにか聞いてはいないか」
「……
ログトの目が上がった。言葉を待つ目だった。
「あなたのことを恨む――」
ログトの目が
「――気にはなれない、――それだけを、いっていました」
「…………そうか」
ログトの中で一瞬、心臓を針金でキリキリと
「私を見捨てるという選択肢は、お前の中にはなかったのか?」
「……何故、そんなことをお尋ねになるのです?」
「問題の構図は理解しているのだろう。私が死んでしまえば娘は自由になれる。娘が好いている男と結ばれることに、なんの
「父親を失う、そんなことを彼女は望んでなどいません」
リルルは、いいきった。
それだけは確かだった。
だから、自分はこうしてここにいる。
「そして同時に私も、罪なき人々が傷つくのを望んでいない――それが快傑令嬢リロットなのです。フォーチュネット伯爵様、あなたとお話しできて楽しかった。
スカートの
「待ってくれ、もう少し話を」
「あなたのお嬢様によろしく! またお会いいたしましょう!」
父親の声を振り切り、少女の姿はログトの視界から消えた。ログトが追って小屋を飛び出した時には、もう薄桃色のドレスの気配はどこにもなかった。
「――リロット……」
「
背中にいきなり張り付いてきた声に、ログトの肩が面白いくらいに
振り返ると、
「フィ……フィルか。
「お助けに上がりました。お身体の方はご無事でしょうか?」
フィルフィナの背中の向こうでは、数人の男たちが残らず地に伏せて動いたり動かなかったりしている。まだ意識があるものも膝に突き刺さった矢がもたらす激痛のために、今が昼か夜かを確かめる余裕もないのだろう。
「おかげで一度も
「彼女に連絡する
「何故あのリロットを引っ張り出したのだ。お前ならば一人だけでも十分どうにかできた事態だろう」
「これからやってくる警備騎士団に、フォーチュネット家のメイドが暴れて
「……なるほど」
すまし顔のメイドが淡々と並べた言葉に、ログトは
「快傑令嬢がやってきて、わけがわからないうちに誘拐団が
「はい、警備騎士団には
「で、お前は誰にも会わずに消えるというわけか」
「左様でございます」
「なるほど、見事だった。お前に高給を払ってる
「昇給を期待しております」
「身代金を払うよりは
二人、小さく笑い合った。
「フィル、ご苦労だった。礼は後で必ずする」
「――では」
フィルフィナは一礼し、闇の中に体を溶かす前に
『双子の鈴』と呼ばれる魔法の
エルフのメイドが気配を森の中に消し、あちこちでうめき声の小さな
「――旦那様!」
魔鉱石の明かりを首元にぶら下げて走る
「おお、ニコルか」
「ご無事ですか!」
「旦那様がここに
抜きかけた剣を
一人残らず戦闘不能に
「なんだ、全滅してるじゃないか」
「手配書で見る顔がゴロゴロしてるな」
「半分は歩けないのか。
気絶している頭目にも
「快傑令嬢リロットのおかげだ」
「リロットが来たんですか?」
「私は直接に見ていないがな。頭目に聞くといい。私はそこの小屋の中で震えていただけだ」
「旦那様がご無事でよかった。胸を
「……ニコル。お前は、私が……」
「はい?」
「……いいや」
質問をつなごうとして――ログトは、少年の
「……なんでもない。それより腹が減った。昼飯を食い
「
「食べられるものなら文句はない。ニコル、頼む」
「わかりました。旦那様、こちらにお越し下さい」
人質を保護しました、と
そんな少年の背中を目で追いながら、ログトは考えた。
自分がいなくなった方がよかったのではないか、などとこの少年に
それが、幼少の頃からニコルという少年を見てきて、多少は人を見る目に自信を持っているログトの結論だった。
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