「騎士のキズナ、ニコルとラシェット」(その二)
黒い弾丸が自分の胸にまるで吸い込まれるようにして命中したのを、ラシェットは、
体重の重さを感じさせずに、その体があっけなくも
俺は、死んでしまったのか。
マヌケな顔をして民家の屋根の上で転がっている自分の体を足元にして、ラシェットの意識は半ば冷静にその事実を認めていた。
身を
ニコル、行くな。俺は、お前を守ったんだぞ。
頼むから、俺に気づいてくれ。俺がやったことを
行くな、ニコル――――。
◇ ◇ ◇
「ニコ……!」
布団を
「ぐはっ……!!」
「先輩!」
側の
「先輩、無茶しないでください!」
「……う……ぐ、ぐ……」
天の国にいるという天使そのままの顔をした少年を、何とか自分の視界に
「……ここは、どこだ。天の国か、それとも病院か」
「軍病院ですよ。天の国なんて、
「そうか、よかった……」
自分が生きていることを知って、ラシェットは深く息を
「天の国がこんな
「冗談はよしてください。……でも、よかった。先輩が気が付いて」
ニコルが布団を掛けようとするが、ラシェットはそれを首を横に振ることで
「俺は、どれだけ眠ってたんだ……」
「ここに運び込まれたのが昨夜遅く。すぐ緊急手術が行われて、今は次の日の夕方です」
ニコルの言葉通り、病室の窓が赤い光を反射していた。やや
「運がよかった。胸甲のいちばん厚いところに弾が当たったんです。弾はそこで止まったんですが、裏側で割れた胸甲の破片が胸に突き刺さって、それが肺の一部を傷つけたと聞きました。――もう大丈夫ですよ。
「どれだけひどいケガをしても、最高の治療を受けさせてもらえるっていうのが、警備騎士のただひとつのいいところだな……」
「
「いい、痛みはそんな強くない」
「先輩……どうしてあんな無茶なことをしたんですか」
ラシェットの目がひとつ、
「
「……それが、俺の役目だからな」
ラシェットの
「お前が前進するといって前に進んだんだから、お前の後ろを警戒するのは、相棒である俺の役目なんだ。お前が前を向いている
「ですが!」
「俺はやるべきことをやった。それがこの結果だ。お前は気に
「…………」
涙がにじんでいた目を、ニコルは指で払った。
それからしばらくの
ニコルの中で切り出されるべき言葉は、もう
「……すみません。命を助けていただいたのに、生意気なことをいってしまって。ありがとうございました、ラシェット先輩……本当に感謝しています」
「いいっこなしだろ。俺だってお前にたくさん助けられてるんだ。お
その言葉とは裏腹に、ラシェットの顔には喜びの色が乗っている。この少年の心からの感謝が
「これで、少しは借りを返せたかな……いや、まだ足らないか……」
「借りって……あの時のことですか?」
「ああ。俺の一生の不覚ってやつだ」
「そんなことはもういいんですよ。僕も気にしていません。先輩も早く忘れて――」
「気にするなっていう方が、
小さい
「初めて会った印象は、もう、最悪の最悪だったからな。お前も、嫌な先輩に当たったと思ったよな」
ニコルの手が無意識のうちに
エルカリナ王国でも
ある意味それは、ニコルとラシェットの
「できるもんなら、俺はあの過去を消しに行きたいよ……いてて」
「先輩」
ニコルが痛み止めの
錠剤が食道を通り、胃まで運ばれて行くまでの間を無言でつなぎ、ラシェットは再び口を開いた。
「……お前と
「はい」
「あっという間だったな。色々あったからかも知れないが……」
「……そうですね」
「半年前……」
首をひねる余裕ができて、ラシェットはニコルがいない窓の方に視線を向けた。
一日の終わりを
過去を想起させるのにこれ以上もなく
◇ ◇ ◇
「
それは、王都がまだ春の盛りの陽気に包まれている頃だった。
「ニコル・アーダディス准騎士、本日をもちまして、王都警備騎士団遊撃隊に配属になりました。どうかよろしくお願いいたします!」
背筋が
訓練用の運動場で整列した他の警備騎士たちの顔にも、頼もしい新人が来たという
それだけなら、まだよかったのかも知れない。
問題は、ニコルが襟につけていた
貴族の
それに最初に反応してしまったのがラシェットの不運であり、不幸だった。
「お前が、ゴーダム公爵の縁者だっていうのか?」
名前に貴族の所属を示す『ヴィン』もついていなければ、身なりも平民相応。しかしその襟についている徽章だけが
貧乏平民のチビが、なにを大それたものを身につけやがって――それが本物であるかどうかを
「自分はゴーダム公爵騎士団で騎士修業を積みました。ゴーダム公には大変
王都の南を守護するように広大な領地を持つゴーダム家を知らない者はまずいない。その当主であるゴーダム公は実直で政局には関心を示さず、おおらかな人柄で知られている。
そんな公に、このチビが特別な厚意を受けているというのは、
「どうやってゴーダム公に取り入った?」
「自分はただ、父上に対して誠実に仕えていただけです」
ニコルが口を
「父上だと? お前、ゴーダム公の隠し子かなんかか?」
「……ゴーダム公は自分を息子だとお呼びになり、自分はそれに対して父上と呼ばせていただくことを許されました。それがなにか問題でしょうか」
周りの騎士たちは直接には
「ふん。そんな大それた嘘を
「自分がいったい、なにを隠しているというのでしょうか」
「正直にいったら解放してやる。――お前、ゴーダム公の
ニコルの瞳が震えた。
「この可愛い顔と、いい形の
ぽん、とラシェットの手がニコルの尻を軽く
「さぞかし公に可愛がられたんだろ。なあ、俺にだけ教えてくれよ。やっぱり、お前が組み
「やめろ」
再び尻を触りに来たラシェットを、ニコルの手がその手首をつかんでいた。
「僕をどういおうがそれはかまわない。が、父上を
「へぇ、どう許さないっていうんだ?」
それが最後のダメ押しだった。
「決闘」
ニコルが左手に
「――このニコル・アーダディスの名において、貴様に決闘を申し込む! 受けて立て!」
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