「エルフメイド・フィルフィナの華麗な一日」(夕方・その一)
陽気は秋だというのに、まるで春のようなさわやかな風をまとって金色の少年――ニコルは、隣のエルフの少女に
「
「ええ……」
警備騎士団での勤務の帰りなのだろう。私服に着替え、剣を腰に差したニコルの問いにフィルフィナは生返事で返した。どういう理由で流れたか自分でもわからない涙を
「リルルは? お屋敷なのかな?」
「さ、さあ……。サフィーナと今日は一日お出かけという話で、いつお帰りになるかは、わたしは具体的には……」
「そうなんだ。サフィーナ様のところにも二人、フィルとそっくりなメイドの
「え、ええ……」
「話しかけようとしてもなんか
「い、いいえ、ニコル様を嫌うとか、そんな失礼なことはわたしがさせません。その、ふたりとも、人見知りをする方ですから……ニコル様に
「そうかな。そうならいいけれど」
「は……はい」
何故か
車両を下から突き上げる震動の調子が
今、ラミア列車は王都の大運河に
「フィルは、なにか用事で出かけていたの?」
「は、はい。お嬢様がいるとできない用事がまあ、色々ありまして……」
「リルルは
「……そうですね」
会話が、今ひとつ弾まない。
いつもなら自分から冗談のひとつでも出して少年の方をからかうくらいなのに、気の利いた
列車は鉄橋を渡り終え、元の石畳に
今、この状況で話せること、話さねばならないこと、話しておきたいこと――それを頭の中で並べても整理できない自分にフィルフィナが混乱しているうちに列車は再び動き出し、数分の走行を
「フィルはここで降りるんだね」
リルルの屋敷の最寄り駅など
「リルルが帰ってきたら、よろしくいっておいてね。僕も顔を見せたいんだけれど」
「――あの」
ラミア列車は完全に停車し、ここで降りる何人かの客が座席から腰を上げた。手を離すと閉まる半自動の扉を開けて客が降りていく。その流れに乗るはずのフィルフィナはまごついていた。歯車の歯がいくつか欠けてしまったかのように今の自分はどこかおかしいのだ。
「ニコル様、その……ここで降りませんか?」
「フィル?」
ニコルの
「その……お茶を」
お茶。
「お茶を付き合っていただけませんか?」
「えっ?」
「そうです、お茶です」
事態を上手く飲み込めていないニコル。フィルフィナはそんな少年の腕を考えるよりも先につかんでいる。
お茶をしたいなんていうのは完全にその場の思いつきで口から出任せの言葉だったが、それは最適の切り札だと思えた。
「お茶を飲みましょう――確か、駅の近くに
「うわあ」
ニコルよりも背が低いはずの少女の細腕は、その細さに似合わない力でニコルを立たせていた。たとえ弱い力であれど、女性の力にかなうわけがないニコルは無理矢理に席から
◇ ◇ ◇
それは、フィルフィナがほぼ毎日目にしながらも、一度も入ったことのない喫茶店だった。
当たり前かも知れない。お茶ならそれなりのものがいつでも屋敷で飲めるし、こんな近場でお茶をするくらいなら遠くの出先でいい店を探すだろう。
そんな近場にも、いや、近場であるからこそ穴場があるのかも知れない――
香ってくるのは木だけではない。どこに視線を移してもさりげなく目に入るよう計算されて配置された
「わたしは紅茶を。ニコル様は?」
「僕も同じものを」
「おすすめの焼き菓子を二皿下さい――以上で」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
若い
仕事で疲れた人々が一時の
「ニコル様、ケーキくらい注文してもいいですよ、わたしの
「帰ったら夕飯なんだ。そんなに食べられないよ」
「たくさん食べないと。ニコル様ももっと背を
「うーん……」
途端に期待通りの困り顔をしてくれるニコルの反応に、フィルフィナは懐かしい心地を覚えていた。
この少年と初めて出会った時、今と変わらぬ明るい金色の髪を輝かせて母・ソフィアのスカートの後ろからひょっこり顔を出した時の照れた顔と、その天使のような愛らしい姿に一撃でときめいてしまった想い出がエルフの少女の胸の中でよみがえる。
この王都に来て運命が繋がった瞬間。それはフィルフィナの心の中でふたつある。
そのひとつがリルルで、もうひとつがニコル。
年齢が十歳上乗せされても、その心根は全く変わらない少年。
フィルフィナにとって、無くすことができない宝物である少年――。
さほどの時間を空けずにお茶が運ばれてきて、向かい合うふたりでそれぞれのカップに口をつける。いい葉を
「フィルとこんな風に二人でお茶をするなんて、ひょっとしたら初めてかも知れないかな」
「いつもお邪魔虫がいるからですか?」
「ひ、ひどいなぁ、リルルをお邪魔虫だなんて」
「冗談ですよ――ふふ」
「まったく……でも、いい機会かも知れないな」
「はい?」
襟に手をかけ、居ずまいを正したニコルにフィルフィナは思わず首を傾げていた。
「フィルに聞きたいことがあったんだ。今ならちょうどいいと思って」
「聞きたい……なんの事でしょう」
本当の本当に、
「うん、それは――」
フィルフィナは、今日の自分が油断しきっていたことを次の瞬間、少年の口から出た言葉で思い知らされることになった。
「――リロットのことなんだ」
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