エピローグ
「その一」
王城は燃えなかった。
その美しく白い
一夜の夢であったと
幸運にも彼等は知らなかった――少しでも動乱の気配があれば、都市の東の城門が開け放たれて重騎士部隊が突入し、特定の区域の市民たちを、無差別に攻撃する計画があったことを。
◇ ◇ ◇
その一連の逮捕劇において
「いえ、これは自分一人の
快傑令嬢サフィネルのことに関し、ニコルは報告書にその存在を証明するものは、一文字として残していなかった。
命を助けてもらった彼女に
「……それにしても、快傑令嬢サフィネルの正体はいったい誰なんだ」
ニコルがいくら首をひねっても、その答えは得られなかった。
「なんか、とても親しい人のような気がするのだけれど……」
そもそもが快傑令嬢リロットの正体さえ心当たりがないのだ。ニコルにとってはいまだ材料が少なく、それは永遠の謎であろうとも思えた。
◇ ◇ ◇
今回の事件で逮捕された者たちは、その収容場所を海の上に割り当てられた。
一隻の
そこで突発的な事態が起きた。事件の翌日の早朝未明、沖合に
局地的な暴風雨が海面を荒れ狂わせ、船の乗組員もその全員が陸に
この大失態について、特に
◇ ◇ ◇
そのザージャス公爵の元に、ひとつの包みが何者かによって投げ込まれたのは、沈没事件の
軽く一抱えはある包みには、一通の手紙が
『――真に残念なお知らせを届けることになりますが、
鮮烈な文面で開幕した手紙に、それを受け取ったザージャス公爵の手は震えたものだった。
『不幸なことではありますが、無視できぬ事情により
小包の中には金品、
「……そうか、エヴァレーは死んだのか。だが、
「あなた……」
検分のためにそれをテーブルの上に並べたザージャス公爵と、その夫人は言葉を交わし合った。
「情報屋に調べさせてわかっていた。エヴァレーがあのバズやマハ、シャダとかいう今回の
「ああ、私たちの娘が……」
ザージャス公爵はそれ以上に心配することがあった。一人娘のエヴァレーが死んだ後、このザージャス家をどう存続させるべきか。
「今回は我が家も大いに傷ついた。屋敷の建て直しにいくらかかるかわからんし、副宰相の職も手放し、分家から養子を迎えるとなると
「あなた、エヴァレーの
「娘は火事で焼け死んだのだ。髪の毛すら残さず、な。これを送りつけた者たちも我が家を
それは
「エヴァレーのことは忘れろ。私も忘れる。私たちには娘などいなかったのだ、いいな」
数日後、エヴァレーの墓はひっそりと小さいものが建てられた。
何も
◇ ◇ ◇
「ねー、スィル」
「……なに、クィル」
フィルフィナをほんの少し幼くちびっこくした、エルフの少女のふたり、双子の少女たちは、ゴーダム家の炊事場で大量の皿相手に、
「なんであたしたち、こんな格好でこんな所で働いているんさ?」
「……フィル姉様がそうしろっていったから」
フィルフィナに無理矢理着用を命じられたメイド服は脱ぐことを許されず、しかもなんということだろう、そのままサフィーナに
「あたしたち、エルフの王女だよ? それがなんでこんな所で皿洗いしなきゃいけないの?」
「……フィル姉様がそうしろっていったから」
クィルクィナは大いに不満の声を上げるが、スィルスィナはまだ素直に従っていた。実際のところ少し楽しかったというのもあったかも知れない。
「嫌だあたしは。こんなのエルフの王族としての
「……フィル姉様に殺されても知らないし、フィル姉様に追えといわれれば私が追う」
「……なんでこんな所で下働きしなきゃいけないんだぁ……」
「ほらほら、口ばかり動かしていないで手を動かすのです、手を」
二人が振り向くと、いつの間にかサフィーナがそこに立っていた。
「早くそのお皿を洗って片付けてしまいなさい。お出かけをしますよ」
「ついてこいっていうの? やだよぅ、面倒くさい……」
「文句をいうのではありません。帰りにカフェ・デル・アーモデアで
「ええっ!? それってお嬢様の
「当たり前ではないですか」
「スィル、早く皿を全部洗っちゃおう!!」
「……エルフの王族としての
スィルの小さな皮肉も無視して
◇ ◇ ◇
その年の王都の夏は、それほどの大事件もなく
やがて、実りの秋が来た。
それは、この王都に快傑令嬢リロットが現れて、ちょうど一年が
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます