「さよなら、エヴァレー」
「……リルル、本当?
「死にゆくあなたに嘘をいってどうするの」
リルルの手に
「私と戦って、私に殺されたいんでしょう。望み通りにしてあげる。――剣を取りなさい」
「――ああ!」
エヴァレーの顔が喜びに弾けた。まるで、一滴の光もない世界に、脱出の
「ありがとう、ありがとうリルル!」
「ありがとう、リルル。
「礼の言葉なんて、無用よ」
打ち震える瞳を向けてくるエヴァレーに、どこまでも冷静なリルルの目が細く
「武器はレイピアのみ。決着は、どちらかの命が絶たれるまで――作法は、それでいいのね」
「ええ、それで結構よ!」
「いいわけがないわ!」
声を
「リルル! やめなさい! 相手は怪我人なのよ!」
エヴァレーのドレスの胸元には、今も巻かれた包帯がのぞいている。昨夜に撃たれて
本来は、こうして立っていることさえ不思議なほどの重い傷だった。
「こんなものは、まともな勝負ではないわ! ただの
「あなたは
「リル……!!」
リルルの声の鋭さに、サフィーナが
「これは私とエヴァレー、ふたりの友人同士の話なのよ。部外者は引っ込んでいなさい!」
「リルル……!」
「サフィーナ、お願い、リルルを責めないであげて」
エヴァレーが剣を構える。その動きだけで胸の傷には
荒い息の中には、歓喜の色さえ混じっていた。
「リルルは、
「エヴァレー……!」
またも身を乗り出そうとするサフィーナを、フィルフィナがその背中と水平に
「さあ、リルル、始めましょう。手加減はしなくていいわ――
「心配しないで、エヴァレー。貴女を殺してあげる」
「――ありがとう、本当にありがとう、リルル!!」
二人の同じ形をしたドレスの少女が
そして、戦いが始まった。
◇ ◇ ◇
薄桃色と真っ赤なふたつの風がそれぞれに吹き、荒れ狂い、渦を巻く。
その手に
風と風――嵐と嵐が交わって金属音の
「……不思議だわ……」
もう、それを見ているだけの
「本当の真剣で今、命のやり取りをしているのに、殺し合いだなんていう感じがしない……不思議ね……」
それは
真剣であるのに、互いを尊敬し合う
この結末がどちらかの死でしかないのは、約束されていることなのに。
「私、あの二人の学校生活なんて知らない。でも何故か、制服姿のあの二人が仲良くしている光景が目に浮かぶのよ……」
まだあどけない少女たちが、
楽しい一日を笑顔で振り返りながら、夕日の赤さに照らされながら二人で
そんなものはサフィーナの
しかし今、サフィーナの目の前で、
「リルル、
「なにを!」
傷の痛みを抱えているとは思えないような鋭いエヴァレーの踏み込み。呼吸を合わせて
いや、たとえそれで反撃の刃を胸に受けても
「貴女と一緒に学校に通っていたころ、貴女に変な反発を持たずに、素直に心を
「エヴァレー、私たちは友達なのよ」
脚の、背の、腕の全てを
海を背にした舞台で、少女たちの
「どちらかの命が
「嬉しい! リルル、
リルルの肌を
「……どうしたの! 貴女は受けるだけではないでしょう! こちらは
「
「誘いなんてかける余裕はないわ! 来なさい、リルル! 貴女の本当の剣を見せて!」
「行くわ、エヴァレー」
今まで防戦に
そのひとつひとつが体を傷つけ、時には
「これよ! 楽しいわ――こんな楽しいこと久しぶり、いいえ、初めてよ! リルル、もっと! もっと打ってきなさい! こんなものじゃないでしょう、貴女は!」
心からの喜びを発してエヴァレーはさらに踊る。重い打撃を弾く
が、全てのものには、限界があった。
二十の手数と二十の手数で打ち合っていたものが、やがてエヴァレーが十九になり、十八になり、十七になる。
「く、うう、う、う……!」
その足りない物を気力で
「は、うっ、ううっ……!!」
元々乱れていたエヴァレーの息が上がり始める。リルルの剣を受ける動きが
――その時は、もう、目の前にあった。
戦う二人の本能がそれを知り、魂が呼び合った。
「――リルル!」
「エヴァレー!!」
最後の
それを迎え撃って突き出された、リルルの剣。
刃の腹と刃の腹を激しく
「くうっ!!」「つぅぅぅっ!!」
それは互いの
一本の剣が、もの
「あうっ!」
それが重力に引かれて落下に転じ、まっすぐ下に向けた切っ先をアスファルトの大地に刺して突き立ったと同時に、リルルのレイピアがその腹でエヴァレーの肩を打っていた。
肩を
「リ、ルル……!」
「勝負、あったわ」
鋭い光を
「さ……さすが本物の快傑令嬢ね……!
もう片方の膝も
「さあ、なにをしているの……。
「わかっているわ、エヴァレー」
リルルの剣がエヴァレーの肩から離れた。その
「心配しないで。今、あなたを殺してあげるから――」
「――リルル!!」
「やめなさい! どんなことがあっても、快傑令嬢はその手で人を
剣を抜いてサフィーナは
「――腕ずくが、なんですって?」
地から空に落ちる雷光のような
「私を
「リルル……!」
「エヴァレー、首を差し出しなさい。手を組み、祈るのよ」
「ああ……!」
膝を合わせたエヴァレーが喜びの声を上げて素直に
リルルはその
「――フィル!!」
痛めた手を押さえかがみ込みながら、最後の望みをつかむようにサフィーナは叫んだ。
「どうしてあなたは
「わたしはリルルを信じます」
目を開いて一切
「わたしはリルルがすることを信じます。それだけです」
「フィル……!」
サフィーナは、絶望した。その手を他者の血で
「――リルル」
ひざまずき、組んだ腕に力を込めたエヴァレーが、うつむいたままの姿勢で問いかけた。
「最後に、本当の最後の最後に、ひとつだけお願いがあるの……」
「なに」
「……ニコルのことよ」
高々と剣を
「
「――それで?」
「だから、彼が欲しかった。
「――その望みは、
「あなたが生まれ変わって、あなた自身の口から伝えなさい」
「生まれ変わる……」
生まれ変わる。
「……生まれ変われるかしら、
「生まれ変わろうと思えば、何度でも生まれ変われる」
リルルはいった。迷いもなく口にした。
「あなたがどう望むのか、全てはそれにかかっているのよ」
「……そうね……」
「あなたは、どう生まれ変わりたいの?」
「どう…………」
十数秒の、空白。
「次は、もう少しマシな自分に生まれたいと思う……」
「祈りなさい」
エヴァレーは目を閉じた。
その唇が少しの間動き、祈りの言葉らしきものを小さく
「時間よ――覚悟はいいわね」
リルルは宣告した。
サフィーナが目を閉じ、顔を背ける。これから起こることを直視する勇気などはとてもなかった。
スィルスィナまでもが目を閉じる中、フィルフィナだけが、これから起こることをその強い瞳で見届けようとしていた。
「さよなら、エヴァレー。今、あなたを神の元に送るわ」
リルルの剣が、まっすぐに振り落とされた。
金色の髪が、ほつれた糸のように舞った。
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