「廃劇場に紫陽花色の風が吹く」
エヴァレーの白い腕、浮き出る血管を
血を吸うのではない、精神を
その鋭利な先端にエヴァレーが顔の全部を
カッ!
「ぐぅっ!?」
注射器を握るシャダの手の甲に、一枚のカードが突き立った。
「だ……誰だ! こんなものを投げやがったのは!」
「どこから投げられた!?」
「入口の辺りから――」
舞台上以外に照明が当てられていない劇場内は暗く、舞台の反対側に
「照明を向けろ!」
舞台を
が、怪しい人影はそこには浮かび上がらない。人の気配がない光景があるだけだ。
「誰もいません!」
「じゃあ、このカードは誰が投げつけて来たっていうんだ!」
エヴァレーを
「どこだ――いるんだろう! 出てこい!」
「――こんな暗い半地下の、
カビ臭さに包まれた空間には、とても似合わぬ
今は
明度の高い青白い光を受けたそれは、夜の地上に影を投げかけるくらいに明るい満月の光ほどの
広い
「何者だ、お前!」
それぞれに長さの違う短剣を握った男たちが少女を
「――
「私の名は、
「
青いアンダーリムのフレームに収まったレンズの向こうに輝くエメラルドグリーンの瞳が、笑いながらも挑戦的な色を帯びている。が、その素顔が男たちにのぞかれることはない。エルフの魔法のメガネに
手品のように現れた一本のレイピアの
「快傑令嬢サフィネルだと――!?」
甲が血を流す右手と剣を、布で巻き付け固定したシャダが
「また偽快傑令嬢か! もう
「偽ではありません!」
亜麻色の長い髪を揺らして、快傑令嬢サフィネルは叫んだ。
「私は快傑令嬢リロット公認の相棒! 立派な
「頭のおかしいのが、またおかしい格好してやってきやがって! お前ら、さっさとその小娘を
「へ……へい!」
妙ちくりんな娘の乱入に、半ば思考を失わされていた男たちが気を取り直す。よくはわからないが、目の前にいるのはたった一人の小娘だ。
男が寄って
「お嬢さん、大人しくしてるんだ。今そのドレスを綺麗に切り刻んでやるからな。俺たちもその下の綺麗な肌には傷なんてつけたくないんだ」
サフィネルの正面に立った男が一歩、前に進む。これから行われる予定の
「じっとしていろよ。その方がケガをしなくて――」
「こんな風にですか?」
男は風を吹き付けられた、としか思わなかっただろう。
「は――――」
一歩前に踏み出されたサフィネルの足が戻された時、自分を的にして吹き抜けていった風の鋭さに男は震え、次には実際の肌寒さに震えることになる。
男の上半身を
「はぁ――ッ!?」
下に着ていたシャツまで端切れにされて吹き飛ばされた男が、自分のあられもない姿に目を
「あら、私としたことが、はしたないことを。それに、服を
腰を抜かした男が尻もちを着き、目の前で見せられた魔術か奇術の
「えでっ!」「ぐあっ!」「んなっ!?」
少女を中心にして渦を巻く紫陽花色の旋風が
「いてぇ、いでえ! 腕が折れたぁ!」
「誰か、誰か医者を呼べぇ!」
「まあ、折るつもりはなかったですのに。ごめんなさい、まだ快傑令嬢一日目なもので」
関節がひとつ増えたような腕を抱えてのたうち回る男たちの姿に、サフィネルは素で謝った。
「力の加減というものは難しいものですね。リル……リロットはさすが
「ふざけやがって!
「あら、飛び道具ですか」
十数本の矢に
「この劇場に何人詰めてると思ってるんだ! もういい、殺してしまえ! 撃て!」
「撃っていいんですか? とんでもないことになりますよ?」
「とんでもないことになるのはお前だ! お前ら、狙いを外すなよ!」
「本当にしちゃうんですか? 今ならまだ引き返せますよ? 明日から
「ごちゃごちゃわけのわからんことを! 早く撃て!」
「――仕方ないですね」
なんて
自分の責任ではないぞとサフィネルは心の中で
「やっておしまいなさい」
劇場出入口にふたつの人影が飛び込んできた瞬間、空気を
「ぐぁっ!」
ボウガンを構えていた男二人がその場に
「な――なんだ!?」
遠距離武器を持った十数人が、全て薙ぎ倒されるまで五秒とかからない。ひとりでに倒れていく配下、その苦痛に引きつった顔の数々にシャダは心の底から
倒れている全員の膝小僧の骨、医学的には
人間の膝がそんな目に
「――だからいいましたのに。警告は一回目でちゃんと聞いてくれないと困ります」
人を矢で
「……どうして
「いけないの! お姉ちゃんにもキツくいわれてるし! お姉ちゃんもこの王都に来てから一人も殺してないって!」
舞台に立っているのが短剣を握りしめたまま足が震えて動けない男、シャダ一人であるのを確かめ、出入口で矢を速射した二人の影が、早足でサフィネルの元に駆け寄る。
「……息を吸って吐く間に十人は殺してた姉様が? あり得ない……」
「とにかく殺しちゃいけないの! お姉ちゃんのお仕置きが怖くなかったら、
「……素直に怖い」
深い紺色のエプロンドレスに身を包んだメイド服姿の二人――
「……それに、どうして私たちがこんな格好で」
「あああ、いいの! 考えなくて! お姉ちゃんに着ろっていわれたら着るの! このお嬢様にメイドとして仕えろっていわれたら仕えるの! わかった!?」
「……わからない……」
理解はしていないが逆らう気もない、エルフの少女ふたり。フィルフィナの妹であるクィルクィナとスィルスィナは納得していない心を抱えつつも、姉に逆らうという
「と、いうわけですわ。エヴァレー、大丈夫ですか?」
にっこりと微笑みかけられ――いや、その表情は全く認識できなかったが、とにかくも相手に敵意のかけらもないことを知ったエヴァレーの顔から、緊張が抜けた。
「
「あなたの想像通りの者ですよ。――さてと」
脇の階段からサフィネルがゆっくりと舞台に上がる。無防備に近いその少女が自分に近づいてくるのに、シャダはなにもできなかった。下からはエルフの少女ふたりの絶対必中な
「あなたがここの頭目らしいですね。さぞかし色々なことをご存じでしょうから、今からそれを詳しく聞かせていただくといたしましょう。時間がないので少し荒っぽいお茶の席になるとは思いますが、まあ、ご
「……口を割らせるのは任せて。色々方法を知っている」
「任せるよぅ。あたし怖いの嫌いだぁ……」
「あまり
「……
クィルクィナが顔をしかめる側で、スィルスィナは弓をしまった。サフィネルのレイピアの刃がその腹でシャダの膝を裏から軽く叩くと、それだけで支えを折られたように脚を
そんなシャダの前髪を遠慮なくつかみ、上を向かせたスィルスィナが真正面からアメジスト色の瞳でその顔をのぞき込んだ。
「……どうせ洗いざらい吐くことになるんだから、早めに
うなずいていいのか首を横に振っていいのか迷ったから、シャダは
「……歯医者っていう
顔の全部で脂汗を
全身に
「……なるべく早く
「や――やめろ!」
スィルスィナが取り出したペンチの
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