「エヴァレーの舞台」
通勤の人の流れでいっぱいのラミア列車に乗り、エヴァレーはリルルの屋敷がある高級住宅区画から二区画を東に向かった。平民層が住む住宅地をまたぎ、列車は
が、エヴァレーは知っている。高層住宅の陰になっている景色は、まさに
南北に走る系統の列車と接続する大通りの交差点、その
それから十五分後、リルルとフィルフィナも同じ停留所で列車から降り立った。
「……フィル、私たち、これからどこに行こうとしてるの?」
「いってなかったですか?」
「全然」
「面白い所に連れていってあげますよ」
「お嬢様ももっと社会勉強をしなければいけません。まあ、このフィルにお任せください」
「フィルと付き合っていたら、本当にどんどん
「お
北から走って来た南北系統のラミア列車が止まり、得意顔のフィルフィナが先頭に立って、
◇ ◇ ◇
歩く
それでも、目的の廃劇場の前にたどりつき、全部の気力を使ってエヴァレーは居住まいを正した。――大丈夫、胸から血もにじんではいない。
正面の玄関と裏口は見張りが固めている。玄関から突破するのに、エヴァレーは
「おはよう」
顔見知りの見張りににこやかに
「よう、あんたか」
見張りの男は特に顔色を変えることもなかった。
「シャダはいる?」
「奥にいるぜ。今大事な客が来てるんでな」
「……客?」
首筋に氷を当てられたような嫌な予感に、エヴァレーは震えた。
「入ってもいいけど、邪魔はしないようにな。重要な
「そう……じゃあ、そうしようかしら」
内心の動揺と傷の痛みを隠しながら、エヴァレーは廃劇場の中に入る、足元がわかるくらいに落とされた照明が
この
密談に適している部屋は、支配人の
扉が外れた
『――この段階で、そんな話を信じることはできない』
「――――!」
『いいのか? そんな
これはシャダの声に
『じゃあ、第一撃は
『待て! 王城に持ち帰って会議にかける。それまで
『待てるわけないだろ。お前たちの時間稼ぎに付き合えるかよ。会議は一発目の被害を知ってからやるんだな。――話し合いは終わりだ。おい、客人のお帰りを見送れ』
隣の部屋の扉が開く音がした。エヴァレーはとっさに物陰に隠れ、廊下の方に視線を向けた。
「……お父様……!」
半ば背中を押されながら歩いていく男――貧民街の中でその印象が浮かんでしまわないために、平民の姿に変装しているその人影にエヴァレーは口の中で
「言葉だけの
「いくらに引き上げるんです?」
「五百億エルってところだな」
取り巻きの一人にシャダが応えるのが聞こえる――脅し? 取引? 要求額?
いったいなんの話をしているのだ、いや、なんの話をしていたのだ。
密談の相手は、今まさに革命を仕掛ける体制の側だというのに!
「革命を未然に防げるんだったらそれくらい安いもんだ。払い
「警察も警備騎士団も軍隊も、あちこちに上がる火の手の
「というわけだ、早速最初の
「っ!?」
楽屋の中に投げかけられた声に、エヴァレーの心臓が
「放して! 放すのよ!」
「お前がのこのこ舞い戻ってきたのに、こちらが気づいていないとでも思ったのか、馬鹿にするなよ」
男を両側に従えたシャダが楽屋の中に入ってくる。無理矢理にひざまずかされたエヴァレーに
四人の男に両腕両肩をつかまれ、首しか動かせないエヴァレーが必死ににらみ返す。
「――今まで話していた相手は
「聞き耳を立ててたんだろうが。なら、内容もだいたい想像がついてるだろ?」
「……貴方たち、革命をする気なんて最初から……!」
「ねえよ」
ハッ、とシャダの鼻が鳴る。
「そんなものが成功するはずないだろ。こっちは向こうの軍隊を押さえる手立てなんてなにもやってないんだ。幸運に幸運が重なって王城を
シャダがエヴァレーの前で
「衛星都市は出城なんだよ。たとえ本丸が落ちても、首脳部さえ生き残っていればいくらでも
「貴方たちがやりたかったのは、
「世界で最も富が集中する街を、火事場泥棒するんだ。胸がときめくだろ」
低い忍び笑いがエヴァレーの耳を打った。
「……
「お前みたいな頭でっかちの
海上で
「あいつが
「…………!」
少女の頭に衝撃という名の重しがかかり、その目が地面しか見つめられなくなった。あの男が腹話術の人形なら、自分はなんだ。自分の意思で動いていると思い込んでいる
「――さて、お嬢さんをお絶望させて差し上げるのはこれくらいでいいか。
◇ ◇ ◇
シャダの指示どおり、エヴァレーは肩と腕を四人がかりで固定されたまま、劇場の舞台の上に引きずり出された。その舞台の真ん中でさっきと同じように押さえつけられ、
これから行われることがわかっているのか、その舞台を見上げるようにして数人の男が立っていた。
「お前で遊んで景気づけにしたいところだが、時間がなくて
「わかりました」
シャダの隣に
「そ……それは……」
シャダの手にそれが手渡される。
「魔法のお注射さ。とてもとても気に入ってくれると思うぞ」
予想から少しも外れていない答えが返ってきた。
「何日か前だったか、お金持ちの奥様にこれを射って差し上げた時は、
「や……やめて……」
空気を押し出すために注射器が押され、針の先端からわずかに中の液体が
「お前もこれを射ってもらえるならなんでもするようになるぞ。この注射のことしか頭になくなる。よかったな、
「た……助けて……」
エヴァレーを押さえつける力が、
背骨の
「助けて……ニコル……ニコル、お願い、助けて……」
「ニコルだ? お前が助けを呼べるような相手か。お前があのガキにどんな仕打ちをしたのかはみんな知ってるんだよ。馬鹿娘が」
白い肌に浮かんだ青い血の
「今まで世話になったな、
見たくない、と心は思っているのだが、少女の目は自分の腕にゆっくりと迫ってくる針の先端に釘付けになった。
歯の根も合わない
「ニコル……ニコル、助けて……!」
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