「亜人街の組事務所」
スィルスィナが幼児のように泣き叫ぶシャダの髪の毛をつかんでずりずりと引きずっていく――行き先は
快傑令嬢サフィネルはそれに少し首を
「エヴァレー、気分はいかかですか」
エヴァレーの側に
「……どうして、ここを突き止められたの」
クィルクィナが
「何故あなたからリルルたちが目を放したのか、おわかりですか?」
「……そうすれば
「私があなたを
「しかし、
「うふふ。私、少し前から快傑令嬢の
「よく許可したものだわ。まあ、
奥の方から絹を引き裂くような男の悲鳴が空気を貫き、同時に鈍い音が鳴り響いた。
いきなり聞こえて来た声に全員の肩がそれぞれに跳ねる。クィルクィナが自分の
「……貴女、逃げ出して双子と合流していたのね」
「な、なな、なにか文句ある?」
一時は双子の妹を人質に取られて
「ないわよ。貴女に興味はないの。勝手にしなさいな」
「いわれなくたってそうするわよぅ」
またも奥から甲高い悲鳴がひとつ
「……待たせた。色々聞き出してきた。結構素直に
「そう、それはよかったです」
短く数行にまとめられた内容に目を通し、サフィーナがふう、と小さな息を
「――これは、早くリロットの
サフィーナが立ち上がる。再び青いメガネをその目にかけた。
「クィル、あなたはエヴァレーの側について、彼女を見ていてあげてください」
「えええ……嫌だぁ……」
「命令です。いいですね?」
「ううう……」
エルフの里の王女たる自分が、何故人間などの命令を聞かねばならないのか――その反発心は体いっぱいにあったが、サフィーナの背後に見える姉の気配に
「……
「エヴァレー」
サフィーナが微笑みかける。エメラルドグリーンの瞳が、
「快傑令嬢の使命は、この王都を守ること。この王都とは、この王都に住む人々のこと。そしてその中にはエヴァレー、あなたも含まれているのですよ」
サフィーナの手がエヴァレーに差し出される。その真っ白な手袋に包まれた手をエヴァレーは見つめた。
その先にある、ダメを押すようなサフィーナの再度の
「……本当に、お
「ふふ」
白い手袋を
◇ ◇ ◇
王都の南東部に位置する
いや、高層の住宅を建築しないと、あふれるほどに集まった
王都に住む者としては
表向きは王都に住むことを許されないが、
そんな彼等を象徴するかのように、彩りのない街並みもどこか乾いた空気を
「懐かしいな、二年ぶりだぜ――全然変わってないな、この街は」
黒っぽい灰色のフードを頭から
「日程としてはギリギリだったわね」
「あのまま順調な船旅でしたら、今日の朝が明ける前には港につけていれたんですけれどねぇ」
マハとデルモンがぼやく。
取りあえずは落ち着ける場所が欲しい。どうせすぐに落ち着けないことになるのだが――。
「で、その相手は信用できるわけ?」
「二年前にこの王都で一緒に仕事をした時、たっぷり
記憶を頼りに高層住宅が並ぶ
「ここだ」
「……ここで合ってるの?」
表から見ればなんの
「周りの建物、みんな同じよ。はっきりいって区別がつかないわ」
フードの奥の顔を不安に染めたマハが周囲を見渡す。さすがに同じ色の同じ形をした建物に囲まれれば、迷い込んだような気持ちになるのかも知れなかった。
だが、そんな外観にも意味はある。建物の色を消すことで個性も消し、この中にいる住人の個性も消してしまう。外から特定されることを望まない――この界隈の人間たちは、おおよそ皆がそういう
「同じように見えて、わかる奴には区別がつくようになってるのさ。目立たないように看板が出てるだろう」
「……看板?」
看板とは入口の脇に張り付けられた、建物と同じ色の文字が書かれた建物と同じ色のこの小さな板のことをいうのだろうか。マハもいわれるまでその存在に気が付かなかった。
「バズ」
建物の扉を開ける前に、二メルトと少しはあるはずのその入口を腰を
が、その迫力ある
「よう、
「……今日は組員が全員忙しくてな。事務所を出払っているんだ」
公的機関が決して認めない、この亜人街の非公式な統率者である虎獣人――ティーグレが野太い声をか細い調子で出した。建物の看板には『ティーグレ観光案内株式会社』と
「なんだなんだ、去年組長になったっていうのに、
「……まあ、そんなところだ。取りあえず事務所に入ってくれ。会わせたい人もいる」
「会わせたい人?」
ティーグレはそれにはすぐに答えず、三人が入ったのを見届け、出入口の扉を閉めた。
「別組織と
「いや、俺が組の頭になってからは平和なもんだ……その会わせたい人の協力があってな」
「その人っていうのは、顔役かなんかなのかよ」
「まあそんなもんだ。――
「ふぅん」
階段を上りきった十階は全体が組長の住居兼事務室だった。抗争相手に襲撃された時、ここが最後の
「
「ご苦労様です」
通された部屋の中央には、十何人が楽に座れるほどの大きなローテーブルにソファーといった、応接のための設備がある。観葉植物の一つもない殺風景な部屋は、何故かしきりになっている板が何枚も置かれていたが、飛び道具を防ぐための盾にもなるのだろうか。
その部屋の壁際に、これまた巨大な机が鎮座していた。八人ほどでかからねば持ち上げることができないほどの大きさ、よくこんな階までそれを運べたと思えるほどのものだ。
机の奥で、立っている人間の姿を隠すほどに背の高い
「女だ?」
バズとマハは
「長旅お疲れ様でしたね、客人たち」
「……あんた誰だ?」
「バズ!」
ティーグレの声が飛ぶ。
「姐さんに失礼だろう。本来お前が気軽に声をかけられる方じゃないんだ、
「ティーグレよぉ、名乗りもしない相手を信用しろっていっても無理だぜ。名乗りもしねえ顔も見せねえ、
「バズ、別にいいじゃない。こっちは早く旅の汗とホコリを洗い落としたいわ。半日くらい仮眠もできるんでしょう」
「面倒くさいですねぇ。
「よかねえよ!」
仲間二人の不満声をバズが
「こっちは一度足を
「……仕方ないですね。あなたたちを
ティーグレが片目を
「まあ、名乗る必要はないと思います。顔を見ていただければ、誰かはわかりますからね――」
微かに
その瞬間、バズとマハの文字通りの悲鳴が、事務室内いっぱいに響き渡った。
「げええぇぇぇぇ――――ッッ!?」
「どうも、昨日ぶりですね。ようこそ王都においでなさいました。お疲れのところ大変申し訳ありませんが、これからあなたたちをじっくりと
軽く
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