「エルフの女王、もう一つの顔」
「エルフの女王だと!?」
圧倒される場の中で、いち早く正気を取り戻した
「なにをとんでもないホラ話を! 確かにエルフのようだが、女王のような立場がこんな場所に現れるわけがない! この
「まあ、本当に物分かりが悪い一般兵さんだこと」
「なんだとこの女! ずいぶん大きな胸、いや、ずいぶん大きな顔をしてくれおって!」
「……あ!」
リルルの頭の中で記憶が掘り起こされた。確か――フィルフィナが転移鏡で屋敷に戻って来た時に、一緒にいたエルフの女性!
それを裏付けるように、後ろからついて階段を上がってきた全身黒ずくめの小柄な姿が、ウィルウィナと名乗った女性の前に盾のように立つ。
「フィル……!?」
リルルも知っているその
「そこの
ウィルウィナが視線を振る。リルルやコナス、もちろんシェルナ侯にではない。この場において最も奥にいた、その人物に切れ長の目は向けられていた。
反応は早かった。
「ウィルウィナ様!!」
玉座の裏、絵画の前にいたイェズラム公爵が、バネで弾かれたように
周囲の目が一斉にギョッと
自分が満足に歩けないということも忘れているかのような走りだった。
「ま……ま、ま、
「あら、あらあら。無理をしないでよアデルちゃん。あなた、もう体が相当悪いんでしょう? 私のために死なれたら責任を感じちゃうじゃない」
軽く腕を組んで
「私がそれ以外の誰かに見える? あなたはよくご存じのはずよね――私のこと。それはもう、
「そ、そ、それには
両手を
「じょ……女王陛下におかれましては、本当に
「そういうあなたは、真に変わっちゃったわね。私の前に使節として初めて膝を着いた時はもう、それはそれは可愛らしい
「も――も、申し訳ございませぬ……!!」
「謝ることないじゃない、
「私にはわかるのよ。あなたにはまだ、あの頃の
女王の白い手が、老人の
「あの日――もう何十年も昔の話だけれど、あなたと膝を突き合わせてお話したわよね。覚えているかしら?」
「は……は、もう、それは、それは、昨日のことのように覚えております……」
「そのあなたがあんまりに可愛らしいから、他にも
「は、あ、あ、ああ……」
血が引いていたはずの老人の顔が紅くなる。
「あ、あ、あの夜のことは、このアデル、一生の想い出でありまして……ですから、どうか、どうか、この場では、その話の続きは、どうか、お
「昔の手紙箱を
胸の谷間から、ウィルウィナは何十通もの手紙の
「ど、どうかおやめください! ご、ごご、
「私も何千通と
想い出を抱きしめるように手紙の束を胸の谷間に
リルルやコナスやシェルナ候、その他の兵士たちに言葉はない。まだ開いた口が閉じるには時間が足りなかった。
「教養があって、
「せ……せめて、公表だけはお許しを……いえ、た、たとえ、なさるにしても、私の死後百年間は、なにとぞ、なにとぞ……」
「わかったわ。でもね、アデルちゃん――十年前の
「――――っ」
イェズラム公の顔色が、
「いくらあの
「申し訳ありません! 申し訳ありません! 申し訳ありません! 申し訳ありません!」
イェズラム公爵の額がきっちり四回、赤い
「あの時はもう、他に手段がありませんで、私としても陛下になんとか連絡を取ろうとしたのですが、母君に
「ああ、もういいわ。一国の宰相閣下にそれだけ頭を低くされれば、
「はい!」
一秒とかからない動作で、イェズラム公爵は真後ろの車椅子に飛び乗った。
「いい子ね」
宰相のシワだらけの額に口づけをし、ウィルウィナはまるで自室にいるような気楽さで玉座に向かって歩を進める。車椅子に戻ったイェズラム公のうなだれた顔から、
「それにしても、本当に
「お――おま、お待ちを!」
王権の
「あ……あなたが、エルフの女王であるということには
「半世紀ちょっとしか生きていないようなハナタレ小僧は、黙っていなさい!!」
ウィルウィナの
「無礼なのはあなたよ。自分が誰と話しているのか、まだよくわかっていないんじゃないの?」
絵を守るガラスに手を当てた女王の目が、ふっと細く、柔らかくなる。過去を
「ああ……こうすると、一番大事な想い出がよみがえるわ……。
描かれている英雄の一人、
「ヴェルの奴……最後の決戦前に私が
「…………なにを、
思考能力が四十年は低下したシェルナ侯が聞き返し、それにウィルウィナは微笑み返した――本当に物分かりの悪い
「この
背中で波打つ長い緑色の髪、その
「――――ああ!!」
「そ……そ、それでは、あなたが……!!」
「人間の世界での通名よ、ウィリーナは」
「ウィルウィナじゃ、名前の響きから、地位がバレてしまうからね――」
「あ、ああ、あなたが地上最強の射手とうたわれた、あの伝説の英雄の!」
「なんですって!」
シェルナ侯が文字通りに腰を抜かしてその場に尻もちを着き、フィルフィナの口が
歴代の王族の中でも、最低の射手といわれていた母が、人間界でそんな
エルフに特異なその
五百年も昔の話だ。
「……そんな話、聞いてなかったですよ…………!!」
家出の間に世界を救っていた母に、フィルフィナはこれからどういう態度で
「と、いうことよ」
全てを勝ち
「――ほら、あなたたちの王国を建国するのに
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