「寂しき戴冠」

「ま、まことに、真にご無礼ぶれいをいたしました。ここに、心からの陳謝ちんしゃをさせていただきます……」


 最後まで抵抗ていこうしていたシェルナ侯がついにくっし、その場に膝を着いた。首を差し出すようにこうべれ、ウィルウィナに最大限の謝意しゃい敬意けいいを表する。


「ウィリーナさ……いえ、ウィルウィナ女王陛下、どうか、どうかご容赦ようしゃのほどを……」

「ああ、そんなに恐縮きょうしゅくしてもらわなくていいのよ。別に昔の栄光をひけらかそうという気はないし」


 嘘吐うそつけ、というささやきをリルルは聞いたような気がしたが、誰の言葉かはわからなかった。


「……それで、女王陛下、この場にどのような御用ごようでいらっしゃられたのか、それを……」

「私の娘がこの地下で、とても大きなもの・・・・・・・・を目撃したの」


 イェズラム公の目が見開かれる。下を向いていた視線が、ね上がるように水平に戻った。


「アデルちゃん、とても興味があるでしょう? あなたならそれが何かは、わかっているのではなくて?」

「は……は……。先代の宰相さいしょうから、申し送りは、得ております……」

「まあ、くわしいお話は、お茶でも飲みながらゆっくりとしましょうか」


 北面の壁から離れ、ウィルウィナは赤絨毯じゅうたんの真ん中を歩く。そのまさしく女王の貫禄かんろくに、誰もが無言で道を空けさせられた。


「取りあえず座りたいの。落ち着けて歓談かんだんができる場所に案内していただけるかしら。お茶はそうね……アリディム山の早摘はやつみの葉を発酵はっこうさせたやつがいいわ。いミルクとたっぷりの砂糖も用意してね。私、甘い紅茶が大好きなの――あ、そうそう。――毒は、入れなくていいからね?」


 肩で風を切りながら目の前を行くウィルウィナの姿にリルルも反射的に頭を下げようとし、さりげなく手に触れてきたウィルウィナの指の感触に、思わず体のしんねさせた。


「ウ、ウィリーナ様……!」

「ちょっと、お願い」


 少しも強引ではないのに、ウィルウィナのみちびきに逆らえずにリルルは連れられて歩く。並んでいたコナスとの距離きょりが離れた。


 自分とコナスが入ってきたバルコニーにまでリルルは引っ張られる。ささやき声が届かないのを確認してからウィルウィナは微笑ほほえみ、リルルの手から指を離した。


「いつもフィルちゃんがお世話になっているわ。――フィルフィナの母の、ウィルウィナです」

「――フィルの、お母様…………!!」


 思わず大声を上げてしまいそうになった口を手でふさぐ。おどろいてしまいはしたが、言われてしまえばフィルフィナの母親以外には見えなかった。体格は別にしても、その顔はフィルフィナの面影おもかげをはっきりと写していたからだ。


「きちんとご挨拶あいさつをしないといけないと思っていて、遅くなってごめんなさいね、リルルちゃん・・・・・・

「――あ――は……はい……」


 正体を知られていると一瞬緊張きんちょうしたが、次にはそれがとてもとても無駄な行為だとさとり、リルルは細く息をいた。

 そんな、戸惑いとまどいを隠せないリルルの顔を、微笑びしょうを浮かべたウィルウィナが正面からのぞき込む。娘と変わらない色と輝きを放つアメジスト色の瞳に、リルルの心が吸い込まれた。


「あなた、本当にきれいな眼をしているわ……」

「え――――」

「きらきら輝いていて、み切っていて、どこかはかない――。フィルちゃんがゾッコンになるのも無理ないでしょうね」

「あ……ありがとうございます、女王陛下……」

「ウィル、でいいわ。お母さん、でもいいのよ?」

「あ…………は、はい……」

「そのメガネ、とても似合っているわよ。でも今度、それをかけていないところもよく見せてね」

「は、はい――」

「いつまでコナをかけているんですか、早くせてください!」


 その眼に殺気をにじませ、フィルフィナが低い声でうなる。


「はいはい。焼きもち焼いちゃって。もう、可愛いんだから」


 フィルフィナに背中をつつかれ、またね、とリルルに手を振ったウィルウィナは兵士に先導されて階段を下っていった。


「――あんなエルフのことは、すぐに忘れてください。馬鹿が感染うつるといけませんから」

「……フィルのお母さんなのよね? あの人」

「まことに遺憾いかんではありますが、そういうことになっています」

「――さて」


 珍客ちんきゃくが去ったのを見届けて咳払せきばらいをし、今まで沈黙ちんもくを守っていたコナスが場を仕切り直した。


「イェズラム公爵。本日こうして参上いたしましたのは、現在この王都が危機にひんしていると判断してのことでございます」

「ということは、ベクトラル伯、あなたも先代から申し送りを……」

「ええ。王都に重大な危機あれば、ベクトラル家を元の格式に復帰させる、という盟約めいやくについても、あわせて承知いたしております」

「……本来であれば、これは、陛下の決裁けっさいあおぎたい案件ではあるが……」


 イェズラム公爵が背中の玉座に眼を向けた。空席の玉座――いや、その座面にひとつの王冠が載っている。エルカリナ王国の王権の象徴である、赤と金の色に彩られたそれ。


「……しかし、陛下が不在の間、代行の立場ではあるが、権限は確かにこの手に移譲いじょうされている。法的には問題はない……」

「では、認めていただけるのですね。ベクトラル大公家・・・の復活を」

大公家たいこうけ……!」


 その響きにリルルは息を飲んだ。王族の流れを強く引き、王家に準じる大貴族にのみ、与えられる格式。今現在、エルカリナ王国にそれに該当がいとうする家は存在しない。

 そう。今、この瞬間においてまで、は。


「……正式な手続きは、後々あとあとで……。緊急きんきゅうのことであり、手続きは省略し、この宰相イェズラムの名において、承認を行う――ベクトラル伯爵殿」

「はい」

「三十年前の盟約に従い、ベクトラル伯爵家を、大公家の地位に復帰させるのを認める……。同時に現在、国王不在につき、憲法第二十二条第二項を適用し、コナス・ヴィン・ベクトラル大公・・を臨時国王代理とすることを、ここに承認するものである――それでは、ベクトラル臨時国王代理殿下・・

うむ・・、ご苦労、イェズラム公」


 コナスの前にイェズラム公が頭を下げ、シェルナ侯がひざまずく。リルルも思わずそれにならってしまいそうになったが、それはフィルフィナが制してくれた。

 今まで体を支えてくれていた椅子から立ち上がり、傷をかばいながらゆっくりと玉座に歩み寄ったコナスが、座面に置かれている王冠を手に取る。


「……まさか……」


 現国王の不在時に有事が発生した際、事態に対処するために任命される臨時国王代理の地位。現国王が復帰するまでの間ではあるが、その権限はまさしく、現国王の力そのままに振るわれる――できないのは、現国王の罷免ひめんくらいのものだった。


「まさか、実際にこれを被る日が来るとは、ね……」


 王冠の重量を手ではかっていたコナスが、様々な感情をため息という形にして押し流し、自らの手でそれを自分の頭にせた。


 宰相と副宰相の二人、後には衛兵が十数人とこの場には関係のない人影が二人のみの、国王代理の就任しゅうにんが行われるにはさびし過ぎる、玉座の間。


 地味な服装に不似合いな王冠をいただいたコナスが腰を玉座の座面に下ろし、背もたれに背中を寄せて深々と座った。

 権力の移譲の完成だった。


「――ふぅん」


 十秒の間眼を閉じ、全ての感慨かんがいを吐き出すように大きな息をらしてから、コナスはいっていた。


「この椅子玉座、あんまり座り心地ごこち、よくないね……」

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