「玉座の間の英雄たち」
リルルが自分の屋敷に戻ると、三枚の
『用事があって外出します、なるべく屋敷にいてくださいね。フィルフィナより』
『
『ベクトラル家のことで重大な
三枚の書き付けにそれぞれ、読んだという意味の印をつけてリルルはため息を
ニコルは動けるようになって警備騎士団に戻ったのだろう。無理をしていなければいいが。
父・ログトの用件は……わかる。
王都の空を染め上げたほどの大火災だ。それも伯爵家の屋敷が炎上したとなると、きっと新聞にも
屋敷にいるように、という指示は……守れるか、どうか……。
「フィル……こんな時にいて欲しいのに……」
ニコルたちに読まれることを念頭において内容をぼかしているのだろうが、彼女が不在の理由が気になる。あるいは、リルルにもわからないようにしているのか……。
無人の屋敷を確認してから、リルルは裏の庭に出た。
いったんは普段着に戻していた服装を、再び快傑令嬢リロットのドレスに戻し、リルルは魔法の
コナスの元に、戻らなければならない。
◇ ◇ ◇
「やあ、気を
リロットの姿になってノワールの
「みっともないところを見せてしまったかも知れない。君の年齢の二倍はあるいい大人だっていうのにね」
感情を吐き出しきったのだろうか、コナスの表情は
「……あんた、無理をしない方がいいぞ。脇腹の傷は強引に血を止めて傷口は
「ありがとう。でも、今は無理のしどころなんでね。ああ、
「……布地と布地の間に、たくさん宝石が
「すまないけれど、それでお代の代わりにしておいてくれ。足りればいいけれど。――さて」
胸の前でベストのボタンを止めることをあきらめたコナスが、リルルに
「世話になりっぱなしで本当に申し訳ないね、もう一つだけ用件を頼まれてほしいんだ」
「用件……ですか?」
「なに、君ならあまり時間は取らせないよ。ちょっとひとっ飛び、っていう感じさ」
「ひとっ飛び?」
「ああ。大丈夫、この王都の中の話だから。――そう、ちょっと飛んで欲しいんだ。王城までね」
◇ ◇ ◇
小高い丘の上にそびえ、九つもの階層を持つこの世界
その最上階、この街で最も高い階層に位置する玉座の間に
部屋の広さは相当なものだ。階段を除けばこの階層は玉座の間だけで占められている。
北面以外の三方が全てバルコニーに面した大きな窓で囲まれ、外からの光がこれでもかというくらいに差し込んできて、実に明るい。転落防止のために手すりが高く
その部屋の北面、玉座の背中の壁に掛けられている一枚の大きな絵画の前に
エルカリナ王国創建の物語を描いた絵だった。
遠く暗雲に包まれた巨大な城を背景に、五人の人物が描かれている。
それは五百年前、この世界に現れた魔王を
蒼し
朱き
白い
闇の
それは、この世界に住む者なら、皆が知っている物語。
魔王を
「イェズラム公」
階段から上がってきたシェルナ侯が背後から声をかける。イェズラム公は少しだけ頭を向けてそれに応じた。
「アーダディス准騎士が姿を見せました。リロットによって救出されたという話は、事実のようです」
「……話を聞いてみたいな。どうやって救出されたかという
「それが、本人は
「それは残念だ。操られている間は何も覚えていないということか……リロットの口から話を聞きたいが……無理だろうな」
「全焼したベクトラル伯邸の調査も進めていますが、どうもただの火事ではないようで。焼け跡から多数の遺体を発見しました。数が多すぎます。脱出に成功した生存者がいません」
「殺害された後に、火を放たれた……戻ってきたベクトラル伯が狙われたな。注意をしておくべきだった……」
「リロットらしい人影が、ベクトラル伯を救出したらしいという情報もあります。目撃者の数だけは多いのですが、確認が取れていません。ベクトラル伯が今、どこにいるのか――」
「ベクトラル伯なら、ここにいますよ」
宰相と副宰相の目が、同時に同じ回数、
シェルナ侯が振り返る――バルコニーに出られる大きなガラス戸が開いて風が吹き込み、人の気配が玉座の間に侵入してきた。
「イェズラム公、シェルナ侯。ご
「そなた……いや、そなた
玉座の間にも十数人の
「緊急事態のようなので……
まだ痛む傷に顔をしかめつつ、コナスはその表情に
「ああ、やっぱり痛み止めくらいもらえばよかったかな。でも、飲んでしまえば眠くなってしまうし、これから
「ベクトラル伯、無事だったか……そこにいるのは、リロット……」
仕事熱心な衛兵たちが任務を思い出し、リルルを
「
静かだが強い力の声に衛兵が震え上がり、機械仕掛けの人形のような動きでリルルと交替した。
「
「椅子だ! 早くお持ちしろ!」
もう一人の衛兵が
「イェズラム公爵様、シェルナ侯爵様、初めてお目もじかないます」
コナスがようやくは落ち着けたのを見て、リルルは車椅子の宰相と、その彼を守るように側に立つ副宰相に体を向けた。片足を引いてスカートの
「
薄桃色のドレスが大きな
「ほう……顔が覚えられないという
「こちらの顔を拝見してはいただけないこと、ご承知のほどをお願いいたします」
「残念だ。きっと
「――この王城の真下のことでございましょうか?」
「そうだ。
「…………」
ニコルが元気になった、という知らせがリルルの心を軽くしてくれる。よかった、と思う。
「この王城の下にあることは、できれば一般人には知られたくないことだ。本当なら貴女を
「秘密は、必ずお守りいたします」
リルルとイェズラム公爵との視線が
「…………わかった」
イェズラム公爵は大きな息を吐き出した。もしもの時は、自分が責任を取るしかないと思って。
「貴女を信じよう。貴女が信じられる、他人を見る自分の目に私は
宰相が考えを巡らせるように視線を揺らしたその時だった――玉座の間の
「待て……待て、止まれ! 止ま……うわっ!」
「その二人を上に行かせるな! 誰か、誰か!」
兵士たちの声――いや、悲鳴。それがもう、階段のすぐ下まで迫ってきている。人が倒れ転がる音が響き、階段を上る歩みのように耳に伝わって来た。
この玉座の間には到達させまいと、階段の先に
「ああ、
階段を上りきったその人物――波がかかった豊かな美しい緑の髪を背中まで
「まあ、
背中を向けていたその人物がこちらを向く。リルルの目がその姿を映し、その
どこか、
髪を押しのけるようにして後ろに向かって
「みなさま、ごきげんよう。…………あら、お返事は? わざわざエルフの女王の一人であるこの私、ウィルウィナが自ら足を運んだというのに、ご
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