第03話「封印都市・エルカリナ」
「炎の予感」
夕日が地平線の向こうに沈み、夜の
ニコルが無事に戻って来たこと――まさかリロットとして取り戻したとは伝えられない――をどこにどうやって報告しようか、リルルは迷った。
そして、迷った末に。
「この話の流れで私が足を向けるとすれば、病院が自然かなぁ……まだ警備騎士団の皆さんもいらっしゃるだろうし、
予想通り、病院には警備騎士団の関係者がまだ詰めていて、リルルはニコルが戻って来たことを伝えた。取りあえずは、これで一安心だろう。
その足で病室に顔を出したリルルに、
「そ、そうですか……ニコルは、ニコルは無事でしたか……」
目を開けることすら
「それにしても、どうしてリロットが、あなたのお屋敷にニコルを……?」
「えっ」
リルルが言葉につまったのを、後ろのフィルフィナが速やかに拾った。
「リロットは、ニコル様がお嬢様と幼少のころから親しい
「そう……なのですね……。ふ、ふふ……リロットも、警備騎士団に直接、顔は出しにくいものでしょうから……」
言葉をひとつひとつ口にするのも
「おかげさまで、ニコル様の手当の手配も
「それは……よかった……」
寝台の上で、ラシェットが弱々しくはあるが微笑んだ。
「
「はい」
「まことに、お手数ですが……ニコルに、伝えてください……
リルルが、目を
「操られていた時のことを知ると、きっとあいつ、自分を責めると思うのです。でも、それは
「ストラート様……」
「これで……あいつへの借り、全部、返せました。自分は、あいつのことを、かつて、
話す中で、ラシェットがわずかにうめいた。
「それでもあいつは、私のことを、少しも
やがて、自然にストラートのまぶたが下がり、動いていた口は、その
「――ストラート様、ゆっくりお休みください……」
そんなラシェットの肩にまで布団を引き上げ、まだ病床からは動けない騎士たちに一礼し、リルルは部屋を
「お疲れのようですね。無理もないでしょうが」
「帰ったらお風呂に入りたいわ。……疲れが、全部抜けきるくらいに熱いお湯で」
「すぐにお
今日、やるべきことはやり終えた。どこでもいいから横になりたい――そんな気持ちをこらえながら、屋敷への
列車は政庁街の区域を南下し、商業区域に入る。夕暮れから少しの時間が経っているのに街は明るく、人通りは多い。無数の窓をきらめかせている
何も考えず、リルルは流れる景色に目を向けている。今は何も心配したくはなかった――考えてしまえば、王城の直下で目の当たりにしたあの光景を思い出してしまうからだ。
闇しか存在しない空間でうごめいていた、竜の形をした城――いや、城の体をした竜、というべきなのか?
「あれは……何を意味しているの?
わたしが適切に処理をします――フィルフィナはそういっていた。悪いとは思いながらも、今は任せきりにしたかった。
対向して走ってくるラミア列車の気配を音で
「――――えっ?」
頭の先を引っ張られる感覚に、リルルは首を振っていた。
目の前を高速で行き違っていった窓のひとつ、それに意識を引きつけられたのだ。
「コナス様……!?」
「お嬢様?」
唐突なリルルのその声に、隣でつり革につかまっていたフィルフィナが顔を上げた。
「今、コナス様が乗っていたような」
「あの行き違いの列車に、ですか?」
フィルフィナが目で追おうとするが、
「まさか……帰ってこられるはずがないわ……」
自信があったわけではない。見たかも知れない、というあやふやな認識があるだけだ。
そんなはずがない、という理屈がその自信をますます
「コナス様だって、今、自分が王都にいることが危ないということを知っているはずなのよ。わざわざ帰ってこられるはずが」
「――それが……」
思考を言葉にしようとして、フィルフィナは口ごもった。周囲の目を気にしているのがその顔色からわかった。
「……まだお嬢様には
「報告書?」
「色々あってお嬢様にお話しする
できれば口をつぐんでおきたかった、とその顔がいっていた。どこか
「――それにもうこれは、王都に生きる人間の誰しもが、
そう語るフィルフィナの顔を、リルルはわずかに顔を上げて見つめる。決意と迷いの中で揺れているアメジスト色の瞳が
◇ ◇ ◇
東方向に走る列車への乗り換えをするのも面倒で、秘密のアジトに設置してある
沿岸に面した地域は明るい街灯や照明に照らされ、あたかも昼のような明るさだ。その光が半分も
もういい加減
十数分歩き、もうアジトが目前という廃工場の密集地域にまで足を運んだところで――リルルはざわ、と肩を毛で
建物と建物の間の
「いったい、なんの赤……」
「火事の色ですね、あれは」
フィルフィナが
「まさか…………」
まさか、あれは――――。
「コナス様の、屋敷の方……!?」
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