「ベクトラル邸、炎上」
夕闇の薄暗い空が、
「……私、見てくるわ!」
「お嬢様!?」
フィルフィナが声を上げた時には、リルルは右手首の腕輪から魔法のメガネを取り出していた。
フィルフィナが止める間もない。そのメガネはリルルの目に
「いけません! 危険です!」
「フィルは屋敷に帰っていて!」
光がおさまったと同時に、魔法の
快傑令嬢リロット――リルルの体は、
「お嬢様!」
もう小さな点になってしまった主人を追おうか、とフィルフィナも魔法の傘を取り出そうとするが、自分の服装を思って
「まったく……本当に考えがないんですから……!」
路地から飛び出し、フィルフィナは空を見上げた。薄桃色のドレス姿は空のどこにも確認することはできないが、目的地はだいたいわかっている。
「コナス様の身になにかあったと心配になられたのでしょうが……これはちょっと、追うのはきついですね……」
コナスの屋敷まで、
「あら?」
「――――あ」
足を止めるに
「こんな時間に、こんな所でどうしたの?」
「あなたは――」
フィルフィナの切れ長の鋭さを気配をうかがわせる目が、細められた。
◇ ◇ ◇
リルルは自分の勘の鋭さを
リロットの姿で魔法の傘を広げて飛べば、王都の
王都の北西の区域を
そこに差し掛かる
「ベクトラル
その一角が、地獄を思わせる
広い庭、
周辺の邸宅の人間たちが飛び出し、自分たちの屋敷の塀に水をかけている――ベクトラル邸を消火しようとする者たちはいない。消火できるとは思えない
「コ……コナス様はいらっしゃるの!? い、いいえ、留守であっても誰かがいるはず!」
コナス・ヴィン・ベクトラルが
窓という窓から、無数の腕のように
左腕の銀の腕輪の力を意識しながら、扉が焼け
「――誰か! 逃げ遅れている方はいませんか!」
ものすごい密度の炎と煙は、わざわざ自分から飛び込んでくる
「な……なんて熱さなの…………!」
体を焼きにくる熱気で邸内は充満している。魔法のドレス、その効力を増幅させる銀の腕輪の力で熱を払い
「っ!」
眼前、高熱の前に崩れた建材が、割れたビスケットのように降って来る。その直撃も、リルルを包む見えない壁が弾いた。
「けふっ、けふっ…………!」
少しずつではあるが次第に息が苦しくなってくる。見えない壁の内部の空気が、あっという間に不足してくるのがわかる。
早くしなければ、と
「しっかりして! 大丈夫ですか!」
身だしなみがしっかりしている、執事らしい初老の男。腕を伸ばしながらうつ伏せに倒れ、身じろぎもしていない。その体を抱き起こそうと手を触れたリルルは、見開いた目で見た。
「っ…………!!」
その体の背中に短剣が、まるで自分を見ろとばかりに深々と突き立てられているのを。
「ひぅっ……」
この手で触れる見知らぬ他人の死体に、寒気がリルルの神経の全てを震わせる。リロットの姿で死体を見るなど、
「みんな……みんな、殺されている……!?」
他に倒れている十数人も同じだった。全員が深い刺し傷を急所に受け、命を
何者かによって
「だ……誰か! 誰か生きている人はいませんか……!」
救いを求めるように声を上げると同時に、激しく
このままでは、誰かを助けるどころか、自分が焼死する前に
「くぅぅ、う、うう……!」
メインホールの階段を上り切れば、尖塔に出られる。そこから飛び立てば脱出できる――息苦しさに喉を
「――――誰っ!?」
尖塔の最上部の物陰でうずくまっている人間の丸まった背中が見え、反射的に体を
「う、うう……」
細い息が
「――あなた!?」
「き……き、君は……」
覚えがある小太りの中肉中背の体形、これも印象にある黒い髪――それだけで頭の中の像と一致した。
「リ……リ、リロット……?」
「ああ…………!!」
リルルは思わず声を上げていた。尖塔の端、隠れるように体を
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